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2010年8月 8日 (日)

魯迅公園に行く

 地鉄を乗り継いで、外灘の北にある魯迅公園に行ってきた。公園の西の端には近代的な造りのサッカー場がある。公園には木立が多いけれども、暑さで涼めるような状況ではなかった。人も多くはなく、近所の人と思しき老人たちがベンチに腰を下ろしている。売店の近くには胡弓を弾いている初老の男性がいた。
 公園には結構広い池があって、ボートにも乗れるようになっている。休日にはもっと大勢の人で賑わうに違いない。池のほとりで対岸を眺めていると、杖をついた片足のないおじさんが近寄ってきた。何か言っている。片手には一元硬貨を数枚握りしめ、人差指で足を指さす。こんな体で生活が大変なので恵んでくれというのだ。私は、いったん躊躇したが、一元硬貨を渡した。するとおじさんは親指を立って感謝の気持ちを表した。
 その後、魯迅記念館へ。チケット売り場らしきところへ行くと、チケット・フリーと英語で書かれている。チケットだけもらって入口へ行くと、例によって持ち物検査だ。地下鉄に乗る時も必ず持ち物を機械に通さなければならない。慣れてしまえば当たり前だが、日本とは違う用心がある。鞄を通すと機械が反応を示したが、いいよ入れと促され入場した。いつもそうしているのか、私がまじめそうだったから特別そうしたのかは分からない。ちなみに、上海から出国するときに空港でボディチェックなしで通してくれたが、私は危険な空気を持たないのかもしれない。
 入場すると、左手の魯迅の像がある。それをデジカメで撮っていると、職員の女性が来てあなたを撮りましょうと言ってくれる。魯迅の像と一緒に映ったのだった。こういうサービスは国が運営に携わっているからできるのだろうか。それとも、この様な国を代表する偉大な人物に興味をもって来場する人間はおろそかにできないという考えがあるのだろうか。
 2階が展示室になっていおり、書籍と写真中心に展示物がならんでいる。なかには映像もあって、魯迅の小説を原作にした映画が放映されていたり、映像をバックに魯迅の作品が朗読されていたりする。少ないながらも、熱心に耳を傾ける青年がいたことがうれしかった。大体、中国人でもこんなところには滅多なことでは来ないのだろう。国では生誕何十年記念という形で大会を開いているようだが、多くの大衆にとって魯迅の功績など元々頭にないのかもしれない。特に今の若者にとっては、魯迅て誰?という程度の認識だろう。学校ではそれなりに教えているはずなのだが。
 魯迅は日本軍国主義の傀儡政権による圧政に対し抵抗する力を失った大衆を励まし、民族の政治的精神的独立を獲得する戦いを先導した。1936年に志半ばで倒れたが、その業績は今なお永く讃えられている。記念館でその戦いの足跡に触れ、涙が目に滲んだ。彼の英雄的な行動は、中国人とか日本人とかいう区別を超えた、自由を蹂躙するものへ向けられた普遍的な闘争の精神を根拠としたものである。もっともっと目が向けられるべきであると思うが、残念ながらあたかも標本のようにして保存されている感じがした。

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