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2010年8月12日 (木)

吉田修一 「東京湾景」

 吉田修一の「東京湾景」は久しぶりに泣かされた小説である。崇高な愛を信じなくなった男と、これまで愛を信じられなかったが崇高な愛に覚醒した女とが、ある瞬間に交差する。そこに生れる悲しい行き違い。しかし、そこで終わらない。品川埠頭からお台場まで約1km、海を渡って泳ぎつけば亮介と美緒の愛は成立する。物語はその結果を待たずに終ってしまう。亮介は東京湾に飛び込んだのだろうか。読者の目には、まっすぐ美緒に向かって抜き手を切る亮介が浮かんだことだろう。
 新潮文庫で269ページ以降の部分。泣かせるねぇ。なんで泣けるのか。美緒の亮介の過去に触れて心を動かす純粋さにか。それとも世の不条理さに触れて自分に火をつけた亮介に感情移入してか。どちらかは分からない。いや、両方であるかもしれない。また、日本を離れて上海のホテルでこの本を読んでいたことも影響したのかもしれない。そんな自分をふり返って、俺にもまだこんな感性が残っていたのかと驚いたのだった。
 
 ひとつ印象に残るくだりがある。そこを抜き出しておきたい。新潮文庫の182と183ページにある。

「私が諦めなきゃ駄目かな?」
  真理は誰に言うともなく、そう呟いた。
  亮介は顔を伏せたまま、「ごめん」と小さく謝った。
「二股・・・・・・、二股かけてくれればいいじゃない!」
  とつぜん真理が声を荒げたのはそのときだった。これまでに一度も聞いたことのない真理の怒声に、亮介は慌てて、「そ、そんなことできないよ」と言い返した。
「どうして? とつぜん分かれてくれなんて残酷なこと、平気で言えるくせに、どうして二股かけるくらいのことができないのよ!」
  摑みかかってくるかと思ったが、真理はすっと立ち上がり、「・・・・・・これ以上、何か言っても、亮介くん、ますます私のこと嫌いになるだけなんだよね」と言った。
「どうしてだろう・・・・・・。私って、いつもは思ってることの半分も言葉にできないのに、どうして男にフラれるときだけ、こんなに正直にいろんなことが言えるんだろう」
 真理はそう言って、自分で笑った。ひどく乾いた笑い方だった。

 真理が一人はじき出されることになる。亮介と別れからげっそりと痩せてしまうほど彼のことが好きだったのである。ここに出てくる若い男女は皆まじめで、やさしく、仕事もおろそかにしない人達だ。そして現実の人間もほとんどがそうであるに違いない。ただ、実際の生活はもう少し平凡なだけなのである。

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