« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月の投稿

2010年8月31日 (火)

日テレの24時間テレビを観て

  もともとテレビは観ない方なので、食事の時などに目に留まる範囲で、断片的に恒例の24時間テレビを観た。あれだけの長丁場になれば出演者にも増して、番組のスタッフの準備と当日の進行は大変な苦労だ。それだけにあまり否定的なことは言いたくないが、すんなり入り込めない世界がそこにある。
 民放の番組企画であることの制約があって、より劇的に伝える工夫や操作が行われる。その枠の中でも伝えたいことを真面目に考えている人がいるのだろう。しかし、われわれが生きる世の中は、淡々としていて、ある意味実に冷酷である。たまたまテレビのスイッチを入れたために見せつけられる世界はそことは随分かけ離れている。その場は感動して涙を流したとしても、スイッチを切ったらすっかり忘れて、またもとの生活に戻る。そこが福祉とは縁のない世界であれば、その後の一年間は、画面で見た人達のことを忘れて生きるのである。家族に障害者がいて、片時も目を離せない状況に置かれた人も大勢いる。施設で、過酷な労働条件で働いている人もいる。後者であれば離職もできないことはないが、前者はどこにも逃げ場はない。そういう世界とスイッチを押すだけで見える世界とが同じであるはずがないだろう。
 盲目の少女が、スケートリンクをふらつきながら滑っている姿を見て、「見世物にされている」と感じてしまう私は、あまりにもひねくれた人間なのだろうか。85km走りきった性同一性障害のタレントを見て、どこに彼女を走らせる意味があるのだろうかと考えてしまう私はあまりにも冷ややかな人間なのだろうか。なるな愛を批判しているのではない。椿姫彩菜と並んで、そのような障害を持ちながらも頑張っている彼女を応援したい。だからこそ余計にその人に走らせる企画に疑問を抱いてしまう。伴走しているスタッフは当然ながら足取りがしっかりしている。それと比べるとはるな愛の姿は無残だ。訓練の不足を露呈してる。ただそれを見せるために走っているようなものではないか。テレビのスイッチを入れた人々を番組のフィナーレで感動させるために仕組まれた、安っぽい芝居に過ぎないのではないか。

 福祉の世界を支えるのは地道に頑張っている人達である。世の中を変えるには、そこを土台にしながら、制度などを現実的に変えようとする行動が必要である。そういう動きを引き出すために24時間テレビが少しでも役立ってくれたらよいとは思うが、実のところあまり期待をしていない。スイッチを切った瞬間、それぞれがまたこれまでと同じことに同じように時間を費やすのである。

2010年8月30日 (月)

ペンネーム

 大佐古賢治はペンネームである。だから、実の名は別にある。なぜ実名を使わないのか。ブログには自分の過去についても触れることが多い。そのなかには、いくらか恥ずかしい話も含まれている。私が何者かを知って読んでくれている人には隠しようもないが、そうでない人にはプロフィールに書いている、大阪に住む知らないおじさんだと思っていただければよい。もっとも、実名を上げてもただのおじさんには違いないのだが。
 大佐古は、住んでいる大阪との語呂を意識した。賢治は宮沢賢治の賢治だが、特にそれにこだわったわけではない。大佐古に続けた場合に音の響きがよいからである。姓名判断のソフトで検索すると、すこぶる運勢のよい画数のようで、運気抜群とあった。

 素人がペンネームを持ってどうするのかと言われそうだが、別の名を持ちたいという願望はある。さらには、別の顔を持ちたいという気もある。人間は、別の人格を演じることができる。詐欺師には必須の条件だが、普通の人でもそれが出来るし、実際にしている。家では寡黙で家族とほとんど会話を交わさない人が、勤め先では饒舌だったりする。基本的には私的な部分が素であって、公的な部分で演じているのだと思う。

 ペンネームを使って、素の自分とは違う人間になってものを書こうという意図はない。しかし、いくらか虚勢を張って主張している自分がそこにある。

 

2010年8月29日 (日)

いつまで続くのかこの暑さは

 8月の初めに行った時の上海に比べたらましだが、記録的な猛暑が続いている。温暖化で気温のベースが上がっていることに加え、ジェット気流の変化など短期的な変動要素が加わってこの異常気象が生れているらしい。大阪ではこのまま9月に入っても猛暑日が続くという。
 夏は暑い方がよい。暑いからこそ、海水浴があり、プールがあり、ビアガーデンがあり、冷えたスイカがある。しかし暑すぎると、ものによってはブレーキがかかってしまう。海水浴やプールに向かう人は例年より少ないそうだ。あまりに暑いので、熱中症を心配して避けているのだろう。大勢集まる場所では日蔭のスペースが確保しにくい。逃げ場がないのである。若くて元気ならよいが、幼い子供や婦人、高齢者には厳しい。逆にビアガーデンは歓迎される。日が落ちてからも暑さは残るが、冷えたビールは喉に心地よい。家庭でのビール需要も旺盛である。

 それにしても大阪は暑い。主要都市の平均気温を新聞で見たが、大阪が一番高かった。ありがたい記録ではない。勤め先でクールビズを実施しているが、この分だと10月に入ってからもしばらく続けた方がよいかもしれない。

2010年8月28日 (土)

女性の作家たち

  私は男性にしては女性の作家の作品を読んでいる方かもしれない。女性は男が書いた小説を普通に読んでいるが、その逆は少ない。いや、少なかったと言うべきだろう。昔に比べて女性の作家は増えているし、出版されている本の数もおびただしくある。そのほとんどすべてを女性の読者が読んでいるのではなかろう。男性でも私のように好んで読む人間がいる。
 私が読む理由は、ひとつは社会を構成するのは男性だけではないという基本的な事実に基づき、女性の見方や感じ方も知りたいということがある。ふたつ目は、それ以上に、女性だからという理由ではなく、作品そのものが面白いという理由による。三つ目は、これはややこじ付けかもしれないが、女性の表現には性描写などに行きすぎた面がなく安心して読めると無意識に思っているからだろう。

 桐野夏生、唯川恵、山田詠美、宮部みゆき、恩田陸、江國香織、よしもとばなな、角田光代、川上未映子、綿矢りさ、を読んできた。読んだと言っても、たった一冊だけの作家もいるから本の数としては全然多くはない。また、主だったところでは小池真理子、林真理子、山本文緒が読めていない。とはいえ、私は根っからの文学愛好者でもないし、ましてや研究者でもないので読まなければならない理由はどこにもない。ただ、好奇心との相談だけである。
 基本的には面白いから読むのであって、面白くもないものを我慢して読むほどそれをワークにしているのではない。しかし、後付けかもしれないが、社会で今起こっていること、進行しつつあることを知る手段になると思っている。小説に出てくる人物は、こんな人は実際にはいないだろうという人が大半であるが、強調されているにしても一定の傾向あるいは兆候を表現しているのだと思う。それが、どれほどリアルで、必然性をもっているか。そこで作家の力量が試されるのだろうが、私自身にそれを評価する力はない。もっとも、読んだからには感想なり意見なりが生れるのも事実で、それをブログに書いたりするのだが、その中身の妥当性を判断するのは私自身ではできないことなのだ。

 さて、女性の作家について書き始めたので、女性作家の特徴なりについて触れなければならない。先ほど、性描写などが緩やかだと書いたが、それはあるだろう。基本的には受け身の立場で生きてきたのだから、攻撃的な表現にはならない。逆に、受け身の立場でのリアルな表現は女性にしか書けない部分がある。また、女性の描く女性は、冷ややかな目で見ているから、ある意味あっさりしていると思う。男性の描く女性は、男というフィルターを通しているので、イメージに願望あるいは偏見が上乗せされている。それが、作品の効果を高めることに役立っている場合もあるだろうから、それを一概にマイナス材料として捉えるわけにもいかないのだが。
 一般化してよいのか迷うが、他にも人間の描き方が違うように思う。それは松本清張と宮部みゆきとを比べると感じることである。書いている時代の違いがあるので、男女の差と解するべきかはっきりしないところだが、松本清張の描く人間は、地位や金や性に対する欲望が著しく大きい。よくここまで人間を悪くすることができるなと感心する。男の作家のなかでもそれは目立つ。こういう描き方が女性には出来ないだろう。宮部みゆきも清張と比べるとあっさりしている。しかし、最初にも触れたようにそのあっさり感が安心して読める要素でもあり、そこに女性作家の特長を認めるべきだろう。

2010年8月27日 (金)

眠気

 私は夜の眠りが浅く、その反動で昼間眠たくなる。これは私の十数年来の悩みであり、年々ひどくなってくるから厄介だ。寝つきはすこぶるよいのだが、1時間から1時間半の周期で目が覚める。これを何度か繰り返して朝に至る。起きた時にはさほど倦怠感はない。まず眠気が襲ってくるのはお昼前だ。そしてそれを乗り切ると、午後にもう一度眠気のピークがやってくる。決して不摂生をしているわけではないのに居眠りをしてしまうことは精神衛生上よろしくない。そして眠気を我慢することでエネルギーを使うし、その上我慢すると頭痛が起こる。この頭痛も性質が悪くて、薬では容易に治らないのである。

 最近不眠治療が流行りだそうだ。それだけ悩んでいる人が多い。不眠にもいろいろ原因がある。一つは無呼吸症候群というもの。結構知られているので説明はいらないだろう。マウスピースを使ったり、チューブを差しこんで酸素を注入したりして対処する。後者は面倒ではあるが、効果は絶大らしい。会社にもやっている人がいるが、目覚めはすこぶる良いそうだ。私の場合なにが原因か分からないが、眠りに癖がついてしまっていることは間違いないだろう。睡眠薬も試みたが、緩めの薬だと効き目がない。あまり常用するのはよくないので避けている。いずれにしても、対処療法なので根本的な解決にはならない。
 とりあえず出来ることとして、早めに横になることで睡眠をワンサイクル増やす。また、疲れが溜まったら休日に昼寝をすることにしている。それから実行できていないが、軽い運動が必要だろう。平日はオフィスにこもりっきりなので、休日には日を浴びて汗をかくことが体にいいのは分かっている。
 最近もあったが、50代で急に倒れて逝ってしまう事例が散見される。他人事ではなさそうだ。
 

2010年8月26日 (木)

褒めて育てる

 「褒めて育てよ」は最近よく言われる指導における考え方だ。このことだけを取り上げればもちろん誤りではない。褒められることでやる気が出ることは、皆経験的に知っている。加えて、特に若者は叱られることに慣れていないので、叱るときは要注意だという警告も含ませていると思われる。

 おそるおそる対応しなければならないという現実も考えものだが、事実としてある以上考えに入れなければならない。問題があれば理詰めで説明し、間違いを納得させ、次からの対応を自覚させる。これは、誰にでも適応できる普遍的な指導方法であり、異論を差し挟む余地はない。まともにものを考えられる人間ならこれだけで十分だが、現実にはこれだけでは済まない。もっと根本的なところで、弱点が見られるからである。
 それは、基本的なマナーや人に対する態度に関することで、いわゆる「」の対象になる領域の問題だ。あいさつが出来るだとか、人の話が聞けるだとか、ルールが守れるだとかいうことについても理由は説明すべきであると思うが、あまりに基本的なことだと返って説明するのが難しい、そうだからそうなのだとしか言えないようなものが多い。それは繰り返し言うことでそういうものだと観念させなければならない。その過程で、つい声が大きくなることもあるだろう。それが叱るということだ。
 指導のベースにはがある。これが土台にあって、次は褒めるだ。この位置づけを間違えてはいけない。

 土台が出来ていて、考え方がしっかりしている者は褒めるだけで育つだろう。そうでなければ、躾のために叱ることが欠かせない。

2010年8月25日 (水)

唯川恵 「肩ごしの恋人」

 唯川さんの小説は初めてだ。恋愛小説の名手と言われるからどれほどのものかという興味で読む。読むなら無難なところで直木賞受賞作の「肩ごしの恋人」だ。
 
 読んでいくと、面白い。面白いけれども、最初からそう言ってしまっては身も蓋もないが、この一冊で十分という感じがした。中年のおじさんにとっては、ここに出てくる女性はよく言えば奔放だが、悪く言えばわがままであり、手に負えないのである。もちろん、これは娯楽小説であり、まじめて規律正しい人間ばかり登場させたのでは「お話」にならない。こんな女性って、ここまではっきりした女性っていないよねという感じで、一度こんなに奔放に振る舞ってみたいという願望を一時的に満たしてくれるのであろう。
 読者は大半が若い女性ではないか。他の作品を読んだことはないが、主人公は女性だろうし、その主人公に男性たちは翻弄されるのだから男としてはしっくりこないものがある。「肩ごしの恋人」でも、出ている大人の男性はまじめで気弱なところがある。これが少々傲慢でぐいぐい引っ張っていく男だったら、萌やるり子の出る幕がなくなってしまう。そういう設定がベースにあるのだったら、男としてはやはり飽きが来るに違いないのだ。

 この作品自体はよく出来ていると思う。なかでも崇という名の家出少年が話を面白くしている。実際にこんな賢い15歳はいないと思うが、そのみずみずしさが少しくたびれかけた女性に力を与えている。また最後の結末もこの少年が準備をすることになる。
 面白い小説でも、最後はなかなか難しものだ。途中は充実していて、次はどうなる次はどうなると読み進んでいくのだが、その割に最後があっけない小説は意外と多い。書き手はいろいろ悩み迷った挙句に結末を創りこむと思うのだが、読者を納得させるのは容易ではない。そんななかでは、これは比較的上手く終わらせている。萌が崇の子を身ごもったこと。そして萌が崇に内緒で生もうと決意するところに意外性があって、唯川さんの巧さが出ているところであると思った。

2010年8月24日 (火)

オレワンスペシャル放映中止

 近頃のテレビ番組は質が低下したと言われている。広告収入が減少したために、番組の制作コストを抑制する必要が生じ、出演者のギャラ等の費用が安くつくお笑い、バラエティー、クイズ番組を増やしているのだ。そういう種の番組そのものが悪いわけではない。あまりに数が増えすぎると、やはり飽きがきてしまう。また作り方が雑になってしまい、斬新なアイデアも出なくなるのである。いい番組を作るために、現場でどれだけの努力と工夫が積み重ねられているか疑問に思ってしまう。こう言っては失礼かもしれないが、あれぐらいの企画だったら自分でも立てられるだろう。

 オレワンスペシャルという文字通りのスペシャル番組があり、以前部分的にではあるが見たことがある。新しく考えた競技をいくつか行って芸人たちが優勝を競うのである。転倒したり、海に落ちたりと、かなりリスクの大きな競技があったと記憶している。芸人たちは、日頃から特別に体を鍛えているのではないだろうから、リスクを背負いながらも体をはった仕事になる。そして、今夏の収録では「我が家」の杉山と「ハイキング・ウォーキング」の松田の二人が骨折したというのだ。本人の不注意なのか、安全を考えない競技環境があったのか、そもそも人が競技するには無謀な企画だったのか、詳しいことは分からない。しかし、続けざまに怪我人が出るということは、番組を制作する側に大きな問題があったと考えざるをえない。こういうものは、毎年放映していると、視聴者の興味を高めるためにどんどん難易度がエスカレートしていくし、運動能力のないタレントを出場させて失敗するところをあえて収録する考えも出てくる。見ている方は面白いかもしれないが、やっている方はたまったものではない。いや、見ている方だって、限度を超えれば危ないと思うだろう。そうしたら見ていても笑えなくなってくる。
 安易に視聴率を稼ごうとするとこんな無策な考えが先行してしまう。これからはテレビを娯楽とする人の割合がますます減っていくだろう。そうするとテレビに広告を頼む企業も減ってくる。そしてまた、質の低下が拍車をかける。この悪循環を断ち切るには、結局は視聴者が満足する番組を作るしかないのだ。予算の問題が大きいことは事実だが、制作関係者の能力と危機感の大きさに左右される問題ではないかと思うのである。

2010年8月23日 (月)

本末転倒Ⅱ 海外短期ボランティア 

 就職活動を前にして、短期で海外にボランティア旅行に出かける学生が増えていると言う。ボランティア活動を行うこと、海外旅行に出かけることは、それ自体よいことだと思う。しかし、就職の時期を目前にして駆け込み的に行くというのは、面接で自分を売り込むための手段として考えているのではないかと疑ってしまう。全部とは言わないが、おそらく大半がそういう意図を持って行われているのだろう。
 旅行会社のプランを見ると、地元の子どもたちとの交流や老人施設での介護の手伝いなどが含まれている。悪いとは言わないが、そういうことは日本でも出来る。高齢化で、手を借りたい施設はいくらでもあるだろう。なぜ海外でなければならないのだろうか。見聞を広めるというのも一つの目的だろうが、それなら日本とは発展の度合いに差があり、文化的な差も大きい地域を出来るだけ広範囲に回るスケジュールを組むほうが合理的だ。旅行にボランティア体験をセットしたお気楽な企画だと見れなくもないのだ。
 大学を一年単位で休学し、長期の海外ボランティアに参加する学生もいる。卒業した後、そういう道を選択する若者もいる。大変腰の据わった立派な選択だと思う。とはいえ、さすがにそこまで覚悟を決めるのは大変なことだ。私は、そこまでは出来ないという若者にはぜひ日本国内でボランティアに参加することを期待したい。おそらく受け皿はたくさんあるだろう。難しい問題もないとは言えないが、簡単なことばかりであれば勉強にはならない。自分がやらなかったことを勧めるのは気がひけるが、勤め先で面接を受け持つ機会のある者として、そういった地道な活動を行ってきた人を評価したい気持ちがあるから言いたいのである。
 活動のなかで、厳しい現実のあることを知る。それは企業で仕事をする上で、何らかの影響を与えるだろう。直接は関係なくとも、企業活動は社会のなかで行われるのであるから、環境問題などとともに高齢化に伴う介護の問題も、経営を考える際に外に置いてよい問題ではない。

 行かないよりは行く方がましだとは思うが、本末転倒ではないかと思わされる現象だ。

2010年8月22日 (日)

私は「商品」か 市場経済の浸透力を恐れる

 経済学では、人間を労働力という特殊な商品を保持するものとして扱っている。労働力市場という言葉もある。そのように扱うのは、現実の市場経済における現象がそれによって上手く説明できるからであろう。そして市場の原理が生活のあらゆる場面に入り込んでくると、私自身、私の人格があたかも商品であるかのように思い込んでしまう。
 「自己啓発に努め、自分の付加価値を高めよう」とか「自分自身に投資しよう」などという文句がビジネス雑誌のあちらこちらに見られるし、会社でもそんなことを社員に向かって話していることもある。しかし、よく考えてみると間違っているのではないかという気がしてくる。自己啓発はよいことだが、そのことでひたすら自分の商品価値を高めようとしている。少しでも高く売ろうとしているわけだ。その場合、「自分」しか視野に入っていないのではなかろうか。そのことと仕事(目的や生きがい)、そのこととと会社(自分と会社との関係)、そのことと社会(自分と社会とのつながり)などが考慮されいるだろうか。
 どうやってこの厳しい時代を一人のビジネスパーソンとして生き抜くかという問題設定。それが大前研一や勝間和代を売れっ子にさせた。ビジネス雑誌がこぞって生涯賃金の企業別ランキングを特集するのもそういう競争にとらわれているからであり、逆に競争をあおり立てる効果をもたらしているとも言える。仕事が自分のためでしかないという考え方も同じ文脈で進んでいるように思われるのだが、それでは「職業倫理」なるものは成立しえないし、まともな経済ルールが通用する安定した社会は望むべくもない。行きつく先は、この間に反省が行われたばかりの市場原理主義がまかり通る弱肉強食の社会である。
 会社のためという考え方が滅私奉公的な歪みを生じるならば、社会のためという考えに軸を置けばよい。そういう考え方はどの企業にも見かけは備わっている。あとは経営者が本気でそう思っているかどうかである。本気なら経営判断に表れ、従業員にも伝わるだろう。個々人の倫理観の確立が将来の日本の社会構造にどれだけの影響を及ぼすのか予測できないが、それがいろいろな形で変化の方向性を決定づける要素にはなるであろう。もちろん、政治や経済の在り方を直接論じ政策決定することが重要だが、そのレベルになると難解な問題も含まれるから、多くの人が参加するのは難しい。しかし、何のために仕事をするのかという問題であれば意見を持つことが出来るだろう。自分本位の考え方が顕著であるなかで、それを変えるのは容易でないことも事実だが、いつまでもそういう状況では社会が実質上持たないのではないかと危惧される。

2010年8月21日 (土)

恩田陸 「ユージニア」

 恩田陸さんは1964年生まれ。宮部みゆきより4歳年下であり、角田光代より3歳年上である。(ちなみに、江國香織、よしもとばななと同年生まれ。)作品のジャンルは幅広いが、受賞歴を見ると宮部みゆきと重なり合う部分が多い。吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞を受賞し、直木賞候補に名を連ねる。違うのは恩田陸がまだ直木賞を受賞していないことだ。宮部は最初に候補に挙がってから5年かかっているが、恩田も5年だからそろそろ来てもよいころだと思う。

 宮部みゆきの「理由」を読破した後、続いて恩田陸の「ユージニア」を読む。日本推理作家協会賞受賞作であり、彼女の代表作の一つに数えられる作品だ。感想を言えば、読んでいて「理由」よりもずっと面白かった。こういうものは好き嫌いの問題であろうから作品の優劣という次元とは一緒にできないが、読書の目的から言えば面白い方が良い。
 これは北陸のK市で起こった、医師家族とその縁者および近隣の人々17名が毒殺されるという事件を描いた作品である。当主の還暦祝いと母親の米寿の祝いが重なった祝宴があり、当主の知人を送り主とする酒とジュースが届けられる。出席していた人びとはそれを何ら不審を抱くことなく飲んでしまい、大惨事となる。犯人は毒入りの酒とジュースを配達した黒い野球帽と黄色い雨合羽の青年と見られ、捜査が続けられたが大きな進展はなかった。ところが発生から二カ月を経過したある日、近くのアパートで首つり自殺が発生した。そして死亡した青年の部屋から、犯行に使われたものと同じ農薬と黒い野球帽およびオートバイのキーが発見された。さらには、彼の指紋が犯行現場に残された手紙とコップにあった指紋と一致したことが判明し、彼の犯行への関わりが決定的となった。警察でも周囲の人々の間でも、共犯者がいるのではないかという説が流れたが、けっきょく警察は単独犯で事件を片付けてしまったのである。
 事件の内容とその背景についての空白を関係者の証言が次第に埋めていく。その過程で医師一家でただ一人生き残った緋紗子という少女が主犯ではないかという強い疑いが読者に伝えられる。緋紗子は古い年代の男性が描くであろう典型的な美少女であるが、小学校に上がる前に起こった事故がもとで視力を失う。理由は最期まで明らかにしないが、この少女と先に自殺した青年と申し合わせて犯行を計画したのであろうと強く思わせる筋書きになっている。
 K市の湿って暑い夏の気候、旧家の人間関係、精神の病み、目の見えない者が持つ世界のイメージなどが重なり合っておどろおどろしい世界を構成していく。関係者が創ったそれぞれの事件像を足していっても正確な事件の姿は見えてこない。物理的に誰がどう動いたということは客観的事実として確定できたとしても、人間関係や個々人の思惑や動機はなかなか客観的には捉えられないものであるという考えが作者にあるように思う。とはいえ、この小説のなかにも刑事が登場しているが、捜査においては小さな事実を積み上げてより正確な事件像に迫る努力が必要であることも重要である。
 
 この小説には、事件現場に居合わせ、後年事件の真相を探るべくK市で調査活動を行う雑賀満喜子をはじめ、著しく神経質で大衆的感覚からは距離のある人物が多く登場する。満喜子の次兄の順二もそうだった。最後からひとつ前の章で明らかにされるが、彼はジュースに毒が入っていることを皆が飲む前に知ったのである。しかし知らせなかった。このくだりが、この小説でどんな意味を持つのか測りかねる。事件を引きずって生きなければならなかった人物を登場させることで、この事件の奇怪さをより際立たせる効果があるのかもしれない。

 さて話は前後するが、緋紗子はなぜあのような犯行を企てたのか。そこは読者の想像に委ねられている。ただし、最後に暗示されているように母親との関係がキーになるのではないか。あるいはまた、失明の原因になった事故に秘密が隠されているのかもしれない。視力を失うことで外界に対する感覚が著しく肥大化し、自分以外のものは自分を否定する塊として迫り、それを振り払うために目の見えないことも利用して女王化していったのではないか。そして最後には、煩わしきものの抹殺を企てたのである。
 
 繰り返しになるが、大変面白い小説だった。事件を調査し書籍として内容を公表した雑賀満喜子があえて書かなかった中身が古本屋に関することであり、それが緋紗子へのメッセージであり、そのことがM書店の焼失につながる(という疑いが示される)のであるが、このアイデアなどは素晴らしい。ただ、細かいところでは疑問を持った部分もある。例えば、角川文庫の32ページにある、「けれど、押入れの中から、混入されたのと同じ農薬の残りと、黒い野球帽、オートバイの鍵が出てきたことで様相は一変した。」という記述だが、この時点では犯人と断定されていないのだから、混入されたのと同じ種類の農薬が出てきたとは書けても、「残り」という表現は書き過ぎではないか。「残りと思われるもの」程度でよかったのではないか。私の屁理屈かもしれないが、そう感じた。

2010年8月20日 (金)

曲学阿世

 辞書を引くと、「学問上の真理をまげて、世間や権力者の気に入るような言動をすること。」とある。学を曲げて世におもねるためには、そもそも「学」がなければならない。今の世に、学のある者がどれだけいるだろうか。

 若者には、すべてとはいかないだろうが、学問を修めてほしい。真理を極めることは至難の業であるが、少なくとも自分の信じられる考え方が持てる程度にまで勉強してほしいし、その環境が準備されるべきである。

 夏休みだ。本を読むには良い機会だ。学校の勉強だけが「学」を生むのではない。

2010年8月19日 (木)

養老孟司 「養老訓」より

 帰省列車のなかで読もうとこの本を買った。養老孟司の書いていることは、必ずしも同感する内容ばかりではないが、読みやすく肩が凝らない。この本は私が読むには少し早いのかもしれないが、落ち着いた口調で淡々と語る養老さんの話は自分の考え方や生き方を見直すのに強すぎない刺激を与えてくれる。

 PRも兼ねて、私の共感できる部分を一部抜き出しておこう。新潮文庫の65ページから69ページにかけての文章である。
 
  「仕事は自分のため」ではない
 もちろんある程度の能力が評価されるのは当然です。しかし、その評価方法(注:能力主義、業績主義)があまりに幅を利かせると、偉くなった人は「俺は能力があるから偉くなったんだ」と考えるようになります。そうすると、仕事が世間のために存在していて、あくまでも自分はそのお手伝いをしているのだという考えが消えてしまいます。本当はそれが肝心なことのはずなのです。

  仕事は「預かりもの」
 「仕事は自分のためにやっている」という考えが能力主義、業績主義の根底にはあります。「自分に能力があるから、会社の業績が伸ばせたのだ」「会社の業績が伸びたのだから、自分が偉くなるのは当然だ」という考えです。ここにはまず「自分」が先にあります。そのせいで世のため、人のためという気持ちがなくなるのです。
 しかし、仕事というのは世の中からの「預かりもの」です。歩いていたら道に穴が空いていた。危ないから埋める。たまたま出くわした穴、それを埋めることが仕事なのです。

 日頃考えていることに近い内容なので、抜き出した。

2010年8月18日 (水)

宮部みゆき 「理由」

 夏休みでたっぷりと時間があるので読書に精を出すことにした。まず手にしたのが宮部みゆきさんの「理由」。直木賞受賞作である。文庫本で700ページ近い大作だ。宮部さんの長編では以前「火車」を読んでいて、非常に面白かったので今回も期待しながら読んだのだが、正直言って「火車」ほどではなかった。専門家ではないので作品としての完成度は測りかねるが、単純に面白さでは劣っていると感じた。「火車」も直木賞候補作だったが受賞せず、間に二つの候補作を挟んで「理由」での受賞となった。直木賞は、数回候補に上がった後の受賞が多く、単一の作品だけでは評価できない面がある。

 本作品は、競売にかけられた高級マンションを巡るストーリーである。関係するいくつかの家族が登場し、それぞれの家族のなかでの出来事からこのマンションで発生した殺人事件の内容が次第に明らかにされていく。小糸家は夫婦と男の子が一人の三人家族である。夫婦ともに分を超えた贅沢な生活を志向しており、この高級マンションの購入にも無理があった。けっきょくローンの返済が滞り、金融機関の差し押さえが入り、競売にかけられることになる。買受人は大型トラックの運転手石田直澄であった。彼も資金に余裕はなかったのだが、財産がないことに日頃から負い目を感じており、息子からその点を非難されるに及んで分不相応な買い物に走ったのである。事件は、小糸家の主人信治が一起不動産の社長である早川に執行妨害を依頼したことに始まる。早川は占有屋を頼んで、石田に物件が引き渡されることを妨害する。占有に加わったのは、砂川信夫とその妻里子、息子の毅、母親のトメだったが、信夫と他の3人は互いに赤の他人だったのだ。それぞれ事情があって元の生活の場から姿を消して信夫と暮すようになっていたのである。
 早川の狙いは根負けして石田が立ち退き料を払うか、安く第三者に売り渡すかだったが、毅が抜け駆けして石田に占有屋を追いだすことを条件に1千万円を要求した。しかし、砂川に企みを知られた毅は「里子」「トメ」も含め3名を殺害するのである。そして、毅自身もたまたま現場を訪れた宝井綾子によってベランダから突き落とされてしまうのだった。綾子は、自分の子を身ごもらせたにもかかわらず結婚を拒否した相手であった。

 新聞を毎日見ていると、競売物件が多数公開されていることを知る。また占有屋を使った執行妨害についても報道で耳にすることがある。ここに描かれている世界は、身近に起こっている、あるいは起こっても不思議ではない事態である。そのことによって現実味に溢れた作品になっている。マイホームを購入してローンの返済に汲々としている者には他人事には思えないストーリーだ。そういう意味では読者の関心は高いだろうし、同時に教育的機能も果たしていると考えられる。
 残念ながら読んでいて面白さに欠けたのは、テーマに対する読者の理解を深めるために説明がくどくなりすぎている点に原因があるように思われる。関係する家族の人間模様と言うか、生の会話のやりとりなどをより重視すれば、背後にあるマイホームの取得を巡る社会問題をもっと際立たせることが出来たのではないかと思う。

2010年8月17日 (火)

熊野大花火大会

  花火大会は夏の風物詩である。この時期各地で催される。大阪で有名なのは何と言ってもPL教団の花火で、そのスケールはすごいらしいが、富田林まで行く気にはなれない。人が多いので、まだ行きはよいが帰りが困る。この近辺では十三の花火大会が賑わう。何度か見たことがあるが、河川敷にたくさんの人が集まる。終ったら一気に帰路に就くので駅に向かう道は人で埋まり、なかなか動かないのだ。
 さて、郷里の熊野大花火大会は全国的にも評判の花火である。毎年8月17日開催と決まっており、大抵休暇が終ったあとに行われるので見るチャンスが少ない。また、台風が発生し始める時期なので延期になることもある。
 鬼ヶ城をバックとするロケーションは最高だ。普段は暗い岩の塊も花火の光でその姿を現す。なかにはその岩の上で爆発させるものもあり、音が反響して大迫力である。この魅力を求めて多くの人が集まる。しかし、交通の便が悪く、一本の国道に車が集中するので渋滞がひどい。一年を通じこんなに人が集まることはこの地には他にない。たしか、フェリーから花火を見ようというツアーもあったはずだ。海岸とは逆の方角から観るのもきっと面白いに違いない。 

2010年8月16日 (月)

玉川スミの証言

 玉川スミさんがテレビのインタビューで戦争の経験を語っていた。玉川さんは戦時中に中国東北部を慰問で訪れている。玉川さんの芸は三味線で都々逸(どどいつ)を歌いながらの漫談である。私も新宿の末広亭で生の芸を見たことがある。庶民の生活感覚をベースにした漫談で、カラッとした笑いを誘う。経歴を見ると1920年生まれとあるから、なんと今年で90歳だ。それでもなお現役で舞台に立っている。
 インタビューでは、慰問先で見た斬首に触れていた。斬られた首の断面はレンコンの様だ。切ってもすぐには血は出ない、30秒ぐらいして噴き出してくる、と話していた。怖くなる場面だが、淡々と語っている。こういうものは直に見た者でないと知ることのできないものだ。30秒という時間は、実際はもっと短いのかもしれない。ショックで長く感じたのだろう。こんなことは、全部しょい込んだら生きていけないからねと言っていた。重たい経験だけれど、いちいち思いだしていたらとても生きていけないという正直な思いであろう。

 上海の魯迅記念館に斬首の場面の写真が展示されていた。中国人の見方と日本人の見かたとは違うが、その違った見方を対立させずに共通の思想に高めるには何が必要なのだろうか。

2010年8月15日 (日)

戦争によって失われたもの 

 歴史には、あらかじめ定まったゴールはない。もちろん、そういうものがあると信じる人は大勢いる。信仰のなかには、目的論的歴史観を含んでいる場合が多い。
 歴史は不確定なものである。完全な予測など出来はしないし、自分が思った方向に変えることも同様に困難なことである。しかし、歴史を素直に見てみれば(とはいえ、それは歴史学や哲学や社会科学の成果をもって眺めているのであるが)、大きな流れ、基本的な傾向があることが分かる。人間という動物が他の動物と違って著しいスピードで脳を発達させ、分業によって自然の大規模で高度な加工を可能にした。生産力は増大し、人口も膨張した。そのことは集団間の軋轢を生み、戦争を発生させ、また自然の破壊も進めた。自然の破壊とは、人間に不利益を生じる、修復が著しく困難な過度の加工を意味する。不利益を生じない加工は破壊とは呼ばない。
 歴史の推進力は、素朴に考えれば分かることだが、個々の人間の生きようとする意欲であり、そのことによるエネルギーの支出である。それは今後も変わらないだろう。仮に、本能的な部分も含めて生への欲求を喪失したならば、人類の未来は破滅的なものにならざるをえない。どんな形であれ生き続けることを欲し、その次には安全で楽しく暮らせる家庭を欲し、そこを起点にして意味ある社会への参加を欲する。また単に生理的物質的欲求の充足に留まらず、倫理的な欲求も欲するようになる。このことを多くの人間に保障できる構造や法制度を整えることが歴史の「進歩」なのであり、行きつくところは分からないにしてもその方向性を確認することは重要だし、異を唱える人は少ないのではないかと思う。もっとも、それだけの言葉面で合意できても、中身の解釈ではまた細かな差異が生じるのだが。

 戦争は、とりわけ全面的な戦争は先の「進歩」を押しとどめるばかりか逆行するものである。生き続けることの条件を破壊するだけではなく、「生」そのものの破壊である。この時期になると、十五年戦争においてなぜ負けたのかという議論がかまびすしいが、より大事なのはなぜ始めたのかという議論と分析である。この件についてはここでは触れない。それよりも思い起こすのは、戦争で失われた命のことである。戦死した人に対しては、あるいは「戦死」とも呼べないようなどさくさで不運にも亡くなった人も含めて残念に思う。大衆であろうが知識人であろうが特殊な才能をもった人であろうが、命の大切さには隔てはない。しかし、国家のレベルで考えるならば有能な人材の喪失は大きな痛手であることは間違いなかろう。戦後、第二の青春と称して活き活きと活動を始めた人達もいたが、生き残ったことへの悔恨からしばらく沈黙を守らざるをえなかった人達もいた。その苦悶は、証言や文学のなかに見ることができる。しかし、私にはそれを理解することができない。理解したくないのではなく、軽々に理解したと言えるような次元の問題ではないと考えるからである。
 私には戦争体験はない。私たちにできることは、死んでいった人びとの命を無駄にしないために二度と戦争を起こさないための努力を惜しまないことである。戦争の記憶を語れる人は数少なくなっている。そんななかで、毎年行われるヒロシマ、ナガサキでの式典は内外に向けて戦争の惨禍を呼び覚ますよい機会になっている。かつて、労働組合の関係で広島での原水禁大会に参加したり、原爆資料館を見てきたりしたが、そういう経験は貴重なものである。これは、とにかく見てくれば感じるものなので、難しい説教を垂れるより実に有効な手段だと思う。そんなことも通じて、多くの人を失ってしまった歴史的事実を民族の記憶として伝承して行かなければならない。

2010年8月14日 (土)

熊野市大泊海岸

 海水浴は、実家に帰った時に最寄りの熊野市大泊海岸まで行くのが恒例だ。大阪でもかつては須磨海岸まで足を伸ばしたが、人が多いのと海がきれいでないことから遠のいた。郷里でももう少し北上すると新鹿海岸があり、海水浴場としては評価が上らしいが、私は大泊海岸がよい。
 理由は行き慣れていることがあるが、海に加えて山あいを流れてきた川が流れ込んでいるところがよい。泳ぐことが目的でなければ、川に身を浸しているだけで涼が取れるし、海に入った後では塩を洗い流すことができる。

 地方の海は人が少ない。帰省客が多く比較的混むと思われるお盆の時期でも大したことはない。海はすこぶるきれいだ。子どものころからそれほど変わっていない。人口は減少しているし、近くに工場もないから当然かもしれない。民宿もあるので、ぜひ都会から夏休みを過ごしにやってきてほしい場所である。

2010年8月13日 (金)

王道を歩く

 上海の世界博覧会に行ったが、その時は知り合いの男性と会場を回った。その男性は現場の事情に詳しい人で、今回の博覧会でも待たずに入場できた。最初の入場門にも、各パビリオンにも特別の入場口があるのだが、そこで何か手帳らしきものを見せていた。それを見た係員はしばらく考えていたが、どうぞと通してくれる。同伴者一名までは入れるので、私も待たずに入れたのだ。後で、何を見せたのかと聞いたが教えてくれなかった。この他にも、空港でも並ばずにすぐに乗る方法があるらしい。
 しかし、その時に思ったのだが、この人はこんな手を使っているから大成しないのだ。その時は人よりもいい目をするのだろうが、手練手管を駆使するよりもまともな道を歩くべきだ。王道を歩いてこそ、実力が付くし、周囲も認めるようになる。これは結構大事なことなのだ。
 近道を見つける工夫は否定してはいけないが、地道に努力することによってしか身に就かない能力や信用があることを忘れてはならない。

2010年8月12日 (木)

吉田修一 「東京湾景」

 吉田修一の「東京湾景」は久しぶりに泣かされた小説である。崇高な愛を信じなくなった男と、これまで愛を信じられなかったが崇高な愛に覚醒した女とが、ある瞬間に交差する。そこに生れる悲しい行き違い。しかし、そこで終わらない。品川埠頭からお台場まで約1km、海を渡って泳ぎつけば亮介と美緒の愛は成立する。物語はその結果を待たずに終ってしまう。亮介は東京湾に飛び込んだのだろうか。読者の目には、まっすぐ美緒に向かって抜き手を切る亮介が浮かんだことだろう。
 新潮文庫で269ページ以降の部分。泣かせるねぇ。なんで泣けるのか。美緒の亮介の過去に触れて心を動かす純粋さにか。それとも世の不条理さに触れて自分に火をつけた亮介に感情移入してか。どちらかは分からない。いや、両方であるかもしれない。また、日本を離れて上海のホテルでこの本を読んでいたことも影響したのかもしれない。そんな自分をふり返って、俺にもまだこんな感性が残っていたのかと驚いたのだった。
 
 ひとつ印象に残るくだりがある。そこを抜き出しておきたい。新潮文庫の182と183ページにある。

「私が諦めなきゃ駄目かな?」
  真理は誰に言うともなく、そう呟いた。
  亮介は顔を伏せたまま、「ごめん」と小さく謝った。
「二股・・・・・・、二股かけてくれればいいじゃない!」
  とつぜん真理が声を荒げたのはそのときだった。これまでに一度も聞いたことのない真理の怒声に、亮介は慌てて、「そ、そんなことできないよ」と言い返した。
「どうして? とつぜん分かれてくれなんて残酷なこと、平気で言えるくせに、どうして二股かけるくらいのことができないのよ!」
  摑みかかってくるかと思ったが、真理はすっと立ち上がり、「・・・・・・これ以上、何か言っても、亮介くん、ますます私のこと嫌いになるだけなんだよね」と言った。
「どうしてだろう・・・・・・。私って、いつもは思ってることの半分も言葉にできないのに、どうして男にフラれるときだけ、こんなに正直にいろんなことが言えるんだろう」
 真理はそう言って、自分で笑った。ひどく乾いた笑い方だった。

 真理が一人はじき出されることになる。亮介と別れからげっそりと痩せてしまうほど彼のことが好きだったのである。ここに出てくる若い男女は皆まじめで、やさしく、仕事もおろそかにしない人達だ。そして現実の人間もほとんどがそうであるに違いない。ただ、実際の生活はもう少し平凡なだけなのである。

2010年8月11日 (水)

中国における仕事の質

 日本ではお客様のために仕事をする、あるいは、お客様から給料を頂いているという考え方が大事だと言われる。実際にそうできているかは別にして、そういう思想があることは事実だ。
 片や、中国の人に同じことを説いても分からないそうである。私の会社の中国人の部下がときどき中国の子会社に行って事務員の教育を行っているが、言葉の意味は分かってもその精神は理解しないという。このことが、仕事の質に表れてくる。まず目につくのは、宿泊するホテルの内装の雑さである。壁や天井の塗装やクロスがまだらであったり、浮き上がっていたりする。おそらく修行もほどほどの職人がスピード優先で仕事をするのでこうなるのだろう。引き渡しを受ける発注者もまた細かいことを言わないのだろう。
 食堂のウエイトレスにはサービス精神がない。呼んでもなかなか来ない。気がつくと、おまえが行けと押し付け合っている。日本のサービスに慣れているものにとっては不愉快だが、これが普通なのだそうだ。怒ってはいけない。
 世界博覧会に行ってきたのだが、会場では暑さのために飲料がたくさん売れており、補充のペットボトル飲料を頻繁に運搬していたが、それを小型のトラックから降ろす時に歩道まで放り投げていた。多少へこみが出来るのはいとわないようだ。丁寧にしていたら間に合わないという事情もあるのだろう。それにしても乱暴な荷扱いであった。

 これが実情である。悪いところばかり見てはいけないのだが、自ずと目についてしまう。

2010年8月10日 (火)

上海の若者たち

 上海の地鉄(地下鉄)に乗ると若者が多いことに驚かされる。大阪の地下鉄に老人が多いのとは対照的である。夏になると女性は肌を曝した大胆な服装になる。またカップルでいちゃついている姿も多く目にする。日本でも同じような傾向があるが、日本以上だと言ってもよい。中国国内では、市場経済の進展にともなって若者の道徳意識の低下が問題視されているようだ。しかし、これはそういう風俗を含んだドラマが流され、コマーシャルフィルムが流された結果であって、市場経済と外国文化流入と背中合わせの現象なのである。
 中国の人達は開けっぴろげだ。若い女性でも平気で大あくびをしている。特段周りを気にしている様子はない。列に割り込みをしてくることなど日常茶飯事で、大阪のおばちゃんが全土にいるようなものだ。しかし、否定的なことばかりではない。若者でも老人に席を譲ろうという気持ちがある。これは儒教の伝統がまだ残っているからだろう。また困った時には手を貸してくれる。地下街である店を探していたのだが、少年二人が案内してくれた、けっきょく店は見つからなかったが、そういう親切心がある。
 若者にも貧富の差がある。上級の学校へ進むものもあれば、輪タクの運転手をしている少年もいる。暑い中大人二人乗せてもらったが料金は6元だ。稼ぎはしれている。いい若者がそんな仕事に付いていることがもったいなく思える。タクシーがあるのだから、いずれそういう仕事自体がなくなってしまうのだ。

 若者が多い社会には元気がある。日本との大きな違いだ。中国を見ていると、もっと子どもを生まなければいけないと思う。子育て支援は大事な政策だ。子どもを持っていることが生きていく上で不利にならない環境作りが必要だと思う。
 日本に帰ってきて思った。大阪の街はあまりにひっそりしていて、死んだようだと。

2010年8月 9日 (月)

和歌山の高校野球はこれでよいのか 関係者の嘆き

 私の知人に和歌山の高校野球関係者がいる。この方から、地元の高校野球の情報をいろいろいただくなど大変お世話になっている。特に桐蔭高校と向陽高校にはつながりがあって、その立場から高校野球の在るべき姿と実態について意見を聞かせていただくことが多い。
 今年も和歌山代表は智弁学園だった。常連と言えば聞こえはよいが、見方を変えれば切符を独占していることになる。なぜこんなことになるのだろうか。他の地域にも野球部に特別注力している学校はたくさんある。特に都市部には多いのだが、複数存在しているために、例えば大阪で言えば大阪桐蔭やPLでも簡単には予選を勝ち抜けない。ところが和歌山の場合は有力な私立高校は今のところ智弁だけだ。他にもあるが、公立高校の方が頑張っている。智弁では年に10人余りの生徒を入部させるが、表向きは県内選手重視である。高校が40校しかなく、人口も百万人を割ろうかという県で、有能な選手を集められては他校の勝ち目は非常に少なくなる。また、練習施設、練習時間、指導者の面でもアドバンテージがあるのだから、これに伍して戦うのはあまりにハンデが大きい状態にある。しばらく前に報道ステーションで智弁の練習風景が紹介されていたが、打撃ケージを5つ並べての練習は壮観であり、プロのキャンプ並みだと思ってしまった。このような条件でトレーニングを積めば勝って当たり前であろう。
 公立高校の選手たちは、他の生徒と同じように授業を受け、限られた部活の時間に練習を行う。またグランドは他の運動部と共用の場合が多い。そういう条件で工夫をしてレベルを上げていっており、もちろん目指すは甲子園である。その時に越えなければならない厚い壁が智弁なのである。
 智弁は、指導者も選手たちも他とは違う恵まれた環境で練習が来ていることをどれほど有難く思っているだろうか。指導者は選手たちに何を教えているのだろうか。野球の技術だけではなく、高校生としてもっと大事なことを教えているだろうか。駅伝の強豪である西脇工業の渡辺監督がかつておっしゃっていた。「ちゃんと授業に出て、ちゃんと挨拶できるようにする。そこから指導が始まるんです。それができないと良い選手にはなれません。」真っ当な考え方であると思う。高嶋監督の60勝目が話題になっていたが、監督だけで勝てるわけではないことは自明のことであって、ファンも甲子園出場という結果の背景には何があるのか、その現実を見なければならない。

 私は甲子園が始まると今年の高校野球も終わりだなと思う。ここに至るまでの過程にこそ高校野球の本質があるのである。

 知人であるY先生の和歌山の高校野球に対する危機感を参考に書かせていただいた。

2010年8月 8日 (日)

魯迅公園に行く

 地鉄を乗り継いで、外灘の北にある魯迅公園に行ってきた。公園の西の端には近代的な造りのサッカー場がある。公園には木立が多いけれども、暑さで涼めるような状況ではなかった。人も多くはなく、近所の人と思しき老人たちがベンチに腰を下ろしている。売店の近くには胡弓を弾いている初老の男性がいた。
 公園には結構広い池があって、ボートにも乗れるようになっている。休日にはもっと大勢の人で賑わうに違いない。池のほとりで対岸を眺めていると、杖をついた片足のないおじさんが近寄ってきた。何か言っている。片手には一元硬貨を数枚握りしめ、人差指で足を指さす。こんな体で生活が大変なので恵んでくれというのだ。私は、いったん躊躇したが、一元硬貨を渡した。するとおじさんは親指を立って感謝の気持ちを表した。
 その後、魯迅記念館へ。チケット売り場らしきところへ行くと、チケット・フリーと英語で書かれている。チケットだけもらって入口へ行くと、例によって持ち物検査だ。地下鉄に乗る時も必ず持ち物を機械に通さなければならない。慣れてしまえば当たり前だが、日本とは違う用心がある。鞄を通すと機械が反応を示したが、いいよ入れと促され入場した。いつもそうしているのか、私がまじめそうだったから特別そうしたのかは分からない。ちなみに、上海から出国するときに空港でボディチェックなしで通してくれたが、私は危険な空気を持たないのかもしれない。
 入場すると、左手の魯迅の像がある。それをデジカメで撮っていると、職員の女性が来てあなたを撮りましょうと言ってくれる。魯迅の像と一緒に映ったのだった。こういうサービスは国が運営に携わっているからできるのだろうか。それとも、この様な国を代表する偉大な人物に興味をもって来場する人間はおろそかにできないという考えがあるのだろうか。
 2階が展示室になっていおり、書籍と写真中心に展示物がならんでいる。なかには映像もあって、魯迅の小説を原作にした映画が放映されていたり、映像をバックに魯迅の作品が朗読されていたりする。少ないながらも、熱心に耳を傾ける青年がいたことがうれしかった。大体、中国人でもこんなところには滅多なことでは来ないのだろう。国では生誕何十年記念という形で大会を開いているようだが、多くの大衆にとって魯迅の功績など元々頭にないのかもしれない。特に今の若者にとっては、魯迅て誰?という程度の認識だろう。学校ではそれなりに教えているはずなのだが。
 魯迅は日本軍国主義の傀儡政権による圧政に対し抵抗する力を失った大衆を励まし、民族の政治的精神的独立を獲得する戦いを先導した。1936年に志半ばで倒れたが、その業績は今なお永く讃えられている。記念館でその戦いの足跡に触れ、涙が目に滲んだ。彼の英雄的な行動は、中国人とか日本人とかいう区別を超えた、自由を蹂躙するものへ向けられた普遍的な闘争の精神を根拠としたものである。もっともっと目が向けられるべきであると思うが、残念ながらあたかも標本のようにして保存されている感じがした。

2010年8月 7日 (土)

中国における二重物価について

 出張で分かった上海の物価の二重性について。バスが2元。地下鉄が4元。タクシーの基本料金が12元。これが生活関連の物価水準であり、他の物価を測るときの指標になる。ちなみに上海の労働者の平均月収は3千元だそうだ。日本円で約4万円である。
 街を歩いていて、飲食店に「冷面」の張り紙があったので入った。セルフ方式で前払いしたが、7元である。日本円するとおよそ100円と安い。味は日本の冷麺とは全く違う。酸味はなく、辛いだけである。現地の日本人に聞くと、食べ物の価格は日本の3分の1と考えればよいそうだ。夜に飲んで食べて1200円から1300円あれば済むという。ところが、ものによってはその水準をはるかに超える価格がついている。マクドナルドでビッグマックのポテトとコーラのセットを頼んだが、26.5元だった。先ほどの冷面でいえば4杯分に相当する。またタクシーの基本料金の2倍以上である。それでも、店を構えているということは一定の売り上げがあるのだろう。かなり高い所得の人でない限り食べることはないに違いない。一日あたりの所得が100元だから、その価値が分かるだろう。また、ビジネス街の日本料理店で食べたかつ丼は45元だったし、日本人が経営するラーメン屋のラーメンは50元であった。高級日本料理店の広告では、夜のコースが750元だった。
 このように外国からやってきた飲食店の価格は本国のものと変わらない。本国の人間が食べるときには抵抗感は少ないだろうし、中国人のなかにも普通に食べられる人達がいるということである。すなわち、外国企業の労働者と同じ水準の層がいるということだ。中国国内での、賃金の二重構造すなわち労働者の二重構造がこの物価の二重構造から垣間見えてくるのであった。

2010年8月 6日 (金)

上海の風景

 この町の発展するエネルギーには圧倒されるものがある。2年前に観光目的で訪れたことがあり、その時にはチャーターしたバスで上っ面を見ただけだったが、それでも衝撃を受けることがあった。今回は、仕事で町の中を歩き回ったので現実の生々しい姿を直に見ることができた。
 前回も感じたが、この町の(国の)人達には交通道徳と言えるものがない。全くの無秩序であれば大混乱になるのだが、これだけ皆が思い思いに動いていて混乱しないのは、最後に防衛本能が働いて衝突を避けるからだろう。赤信号でも平気で渡る。車はやたらクラクションを鳴らす。しかし喧嘩にもならず、なんとか流れてしまう。とはいっても、タクシーに乗ったときに、単車が急に右折してきて危うくぶつかりそうにあった。さすがにその時は運転手もびっくりした様子だった。どんなことにも驚かないわけではなさそうだ。事故になれば被害を被るのだから他人事ではない。
 上海はとにかく暑かった。39.6度という気温は今までに経験したことのないものである。それでも、商業ビルや地下鉄の駅構内は冷房が効いていて涼しい。目に付いたのは、そういう場所に涼みに来ている人達だ。駅の通路や階段に腰を下ろしている人々。老人が多い。それからショッピングセンターの広い通路にゴザを敷いて昼寝をする家族。家にエアコンがなく、とても居られる状況ではない人達なのだろう。
 物乞いをする身障者もいるなど、発展の影で厳しい生活を送っている人たちがいることも分かった。下半身の自由を失った少年がコマの付いた板に乗り腕の力で移動していたのだが、足の指で樹脂製の小ぶりで深めの皿を挟んでいた。あの皿にお金を入れてくれということだったのか?これとは別に魯迅公園では、片足のない老人が近寄ってきてお金を見せながら何かを言ってくる。恵んでくれということだろう。雰囲気は昔の傷痍軍人のようだ。一元硬貨を渡したら、親指を立てて返した。
 

2010年8月 5日 (木)

中国から帰る

  5泊6日の上海出張から帰った。最初と最後の日は実質移動日であり、滞在したうちの1日はプライベートで世界博覧会を見たので、仕事は3日間であった。出張ではいろいろなことを自分の目で見て、考えること、感じることが多くあった。詳しい内容については何回かに分けて書いてみたい。
 滞在中を通して暑い日が続き、最高で39.6℃あったらしい。その過酷な条件のなかを営業で歩き回ったので、頭がふらふらした。おそらく軽い熱中症ではなかったか。そういう経験をしたのは、外勤営業をしていた若いとき以来である。現地の日本人の方にも無理をしないほうがよろしいよと注意された。普通ではやらないようなことだが、そういうことをやらないと分からないこともある。
 今会社に立ち寄っているが、これから帰ってそうめんを食べたい。中華料理はおいしいが、続けて食べるとのどを通らなくなる。4日目の昼食は日本料理にした。焼き魚定食だったが、最高においしかった。その晩はマクドナルドのビッグマックセットだ。中国の町や人は嫌いではないが、食べるものには慣れるのが難しそうだ。

 

2010年8月 4日 (水)

空間を奪われるということ

 人間だれしも同じだろうが、狭いところに閉じ込められると強いストレスを感じる。実体験はないけれども、映画で独房に入った囚人を見たり、潜水艦で長期間戦闘を続ける兵士を見たりすると、こちらも胸が締め付けられる思いがする。
 どちらも特殊な状況で、体験する可能性はすくないけれども、想像の世界でさえこの圧迫感だから、現実はどれだけ厳しい状況か分からない。身を律していればそんな目に遭わぬだろうとは言え、突然予期せぬ災難が降りかかる恐れもないとは言えない。実際、地震でしばらく崩れた家屋の下で生き埋めになっていた人を知っているし、誤認逮捕されて留置されたり収監されたりする人も報道で聞く。また、言論の自由がない社会になれば、まともな主張をしても引っ張られる恐れがある。
 人間にとって空間を奪われることは恐怖なのである。それは生理的に不自由を強いられるという意味において重大なだけではなく、意識の封じ込め(想像力を奪われる)という意味においても深刻である。罪を犯したことに対する代償としての苦痛は受けざるを得ないが、自分自身に起因しない災難は免れたいものだ。

2010年8月 3日 (火)

日本のサッカー

 結果次第で評価は大きく変わる。大会前の親善試合で、内容に見るべきものがなかったわけではないが結果を出せなかった日本チームだが、決勝トーナメントに勝ち上がったことで評価が180度変わってしまった。勝負事なので結果が問われることは当然であり、長丁場のリーグ戦なら内容を重視すべきだが短期の試合の評価ははあくまで結果次第である。
 状況を見て開幕前に戦術の転換を行った監督の英断があり、チームをまとめるために役割を果たした試合に出ない選手やスタッフの働きがあり、戦術を理解してプレーしきった選手の意志の強さがあった。特に、カメルーン戦で勝利したことが流れを変えたことは本田選手がしみじみ語っていたとおりであろう。とにかく結果を出したことで、選手たちは賞賛を浴び、解任の噂まで出た岡田監督は、しばらくサッカーから遠ざかることを表明したことに対し協会から待ったがかけられるまで評価を上げたのである。

 さて、このような結末にいたったのだが、今後の日本のサッカーはどうなるだろうか。全くの素人である私の関心事は、今後ヨーロッパや南米の強国と互角に戦えるチームになれるかどうかである。結論から言えば、その道のりは遠いのではないか。体格の差こそあれ走力では負けないように思うし、組織的プレーもできる。それでいてもう一歩レベルが上がらないのはチャレンジ精神の欠如に原因があるように思う。もっと海外に出てプレーすることが必要だし、周囲もそれを後押しする。ワールドカップの結果を受けてオファーが来ているようなのでチャンスである。日本のサポーターも予選を勝ち上がったことで満足しているように見えるが、これでよしとしてはいけない。もっとも、実際に戦った選手の方は現実を厳しく見ているのかもしれない。
 

2010年8月 2日 (月)

上海に出張中です

 このブログは出張前に書いています。公開される日には上海で仕事をしています。中国は今回で3回目で、上海は2回目です。前回は観光で来ましたから豫園などの観光スポットなどを巡って気楽でしたが、今回は仕事で暑い屋外を歩き回ることになりますから大変です。脱水状態にならないように水分を補給しなければなりません。あまり飲み過ぎてもお腹を壊すので要注意です。
 ついでに万博も観てきます。正直、炎天下の会場を回り、時には列を作ってパビリオンに入ると言うことは楽しいことではなく、とても観光気分ではおれません。これも仕事のうちです。とはいえ、プライベートでは経験できないことですので、雰囲気は味わって土産話にしたいと思っています。
 中国の経済成長はすさまじい。そのなかでも上海はもっとも先進的な地域で、ある意味世界の常識が通用するところです。ですから、人間関係抜きでもある程度商売ができると言うことでしょう。私は中国語が全然できませんが、同行の日本人は私同様に話せないけれども筆談などでコミュニケーションをとってしまう才能の持ち主なので安心です。上海の一般の住民は尋ねると親切に教えてくれるそうです。そういうところは、どこの国の庶民も同じなのかもしれませんね。

2010年8月 1日 (日)

組織の病

 組織が病に侵されたような状態になることがある。全体に病根が回っている場合もあるし、一部の部署に留まっている場合もある。前者の場合は致命的であり、解体的な出直しが必要になる。後者の場合には症状に合わせて治療法を選択する必要がある。
 腐った林檎は早く箱から出して他への腐敗の広がりを止めなければならない。箱を一つの部署、腐った林檎を困った社員に例えることが可能だ。しかし、この例えは少し間違っているかもしれない。林檎は放っておけば皆腐るが、人はそうではない。捨てるという発想はよくないだろう。兆候があればすぐに指導するなどの対応をとれば問題解決は困難ではない。難しいのは一つの組織が全体に病んでいる場合だ。現実的にはメンバーを総入れ替えすることはできない。そこが、全体のなかでも重要な機能を担っている部署であればなおさら難しい。
 治療法にはいくつかある。①生活習慣を立て直す。②運動して体力を付ける。③栄養と休息をとって体力を回復する。④投薬する。⑤外科手術を行う。⑤の極みは全摘出手術である。以上は病気の治療とのアナロジーであるが、分かりやすい。ここで問題にしているのは部署全体が病んでいる場合であるから、①②③は遅きに失している。④として劇薬を処方するか、⑤の外科手術を施すしかないのである。
 劇薬とは、一定の条件を提示し、それが叶わぬ場合には大幅な異動あるいは組織変更があることを宣告するのである。外科手術とは幹部(患部)の総入れ替えである。トップのすげ替えだけで急速に快方に向かう場合もあるが、症状がひどい場合はそれでは追いつかない。

 こんなことは滅多にないことであるが、時に英断も必要になる。こういう問題は一般論では進まない。早めに手を打たないと、組織全体が壊死するのである。

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »