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2010年7月 9日 (金)

定数減は本当に必要か

 最近、政党の選挙公約に議員定数の削減を上げることが多くなった。これは行政のスリム化の流れから出てきている。厳密に言えば、議会は立法の機関であり行政機関ではないから、分けて考える必要があるのだが、まず自ら範を示さなければならないという理屈で主張されている。
 しかし、このことが単純に国庫からの支出を減らすという観点だけで捉えてよいのか考えなければならない。確かに議員に支払われる歳費は高すぎるという批判があるが、政治活動にはお金がかかるという弁明も根拠のないことではない。事務所を構えたり、秘書など人も使わなければ事務的な仕事が処理できない。行動範囲が広くなるから交通費などの経費がかかる。そういう事情を踏まえて定額の給与に加えて諸手当が支払われている。もう少し減らしてもよいという議論には反対しないが、鳩山のような財産家ならいざ知らず、少なくともわれわれと同じ給与ではやっていけないだろう。あんなくだらない議員に税金が使われるのは歯がゆいと思う気持ちはわかるが、そうなるのは選ばれた人間の資質の問題であり、選んだ人間の見識の問題でもある。制度自体に大間違いがあるのではない。目を向けるべきは、存在目的の曖昧な行政法人や特定の業者を食わせるために税金が使われている問題であろう。
 問題は定数であった。国民の代表は、各地域から、また各階層から広く選ばれるべきである。定数が減ることにより、その趣旨が損なわれないだろうか。小選挙区制は、階層から代表を送るという考え方を抹殺した。比例代表制を並立させることで最悪の事態を免れたが、少数意見が活かされる道は狭まった。定数減は大政党に有利に働くだろう。大政党の政策が必ずしも国民の利益を代表しているとは限らない。定数を減らすと言うと、なにか立派なことを言っているように受け取りがちだが、中身をよく考えてみよう。一面的な捉え方に発する誤った判断を危惧する。

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