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2010年7月25日 (日)

夏休みの文学論 私が影響を受けた小説

 文学が与える影響にはどれほどのものがあるだろうか。私自身を振り返ってみると、その影響力は決して小さくはなかったと言える。しかし、ものの見方や感じ方を大きく変えてしまったというほどではなさそうだ。
 人間はまるっきり白紙の状態で文学に触れるわけではない。幼児が絵本を読み聞かせてもらう場合はより白紙に近いけれども、基本的には一定の考え方、感じ方を持った人間が文学に向き合うのである。したがって読む作品を選ぶ段から自分の傾向が影響を与えているし、傾向に合わないものを手にとっても心に響かない場合が多いだろう。それでも大きな衝撃を受けたとすれば、それはよほど秀逸な作品に違いない。
 内向的な人間は内向的な作品を好む。そのことによって内向的な傾向がより強化される。そういう関係にあると思う。楽観的な人間は深刻な小説に手を伸ばさないだろう。きゃぴきゃぴのギャルがドストエフスキーを読むことはなかろう。もっとも、これは性向の問題ではなく、知的水準の障壁かもしれないが。
 さて、自分が過去に影響を受けたと思っている(それが客観的事実かどうかはここで証明できないが、少なくともそう思っているのは事実である)作品をいくつか上げてみたい。それは決して自慢にはならないし、自分というものを曝け出すことになるので逆に恥ずかしいことである。

 ① 「次郎物語」「路傍の石」
  非常にストイックな小説である。踏まれないと成長しないという、いわば麦踏み理論的な考えが土台にあるのではないだろうか。戦後しばらくの間、エリートもしくはエリート予備軍の若者に好んで読まれたのではないかと推測する。私は夏休みに汗をかきかき読んだ覚えがある。そして自分も頑張ろうと思ったものだ。実際、そんなには頑張れないのだが。
 ② 「十五少年漂流記」
  私のお薦め図書の一つである。話の内容はご存知の方が多いことだろう。特に印象に残るのは、この漂流という災難を引き起こす原因を作ったジャック少年の苦悩とそれに寄り添う兄ブリアンの思いである。読み手によってそれぞれ興味を覚えるところは違うだろう。いろいろな読み方が出来るように仕掛けが施されている。そこがこの小説の優れた点であろう。
 ③ 「第三の新人」と呼ばれる作家たちの作品
  上記の二作品よりも時代は下るが、主に高校から大学にかけて読んだ作品群である。吉行淳之介の「砂の上の植物群」「 驟雨」など。安岡章太郎「海辺の光景」「愛玩」など。遠藤周作「白い人」「黄色い人」など。吉行淳之介と安岡章太郎には彼らのエッセイも含めて抵抗感がなく、自然に受け入れられる傾向があった。遠藤周作もエッセイは面白いが、作品は他と異質なものであった。読者に対して鋭い問いかけがあり、それをかわして読み続けることはできない。先に上げた二作は、内容については未熟な点など指摘をされているが、秀作には違いないだろう。

 他にもいろいろ読んだが、やはり若く未成熟な時期に読んだものは影響力が大きいようだ。とにかく若者には読書をお薦めしたい。何もすることがないなら本を読め。勉強するよりリターンは大きいぞ。

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