« 強みは弱みに転化する | トップページ | やはり普天間は忘れ去られてしまった »

2010年7月11日 (日)

おふくろ食堂のこと

 学生時代に、キャンパス近くのおふくろ食堂でアルバイトをさせてもらった。今国立民族学博物館で研究を続けているS君の紹介だった。夕方5時から8時半までで、週3回ぐらい働いた。主に皿洗いで、慣れてきたらウエイターもやった。7時半ぐらいになると片付け始め、8時に店を閉める。そして片付け終えたら皆で夕食をとる。腹をすかせた学生にとって、ここで腹いっぱい飯が食えるというのはお金以上に価値があった。
 アルバイトは学生だけではなく、近所のご婦人(年齢から言えば、老女と言っても失礼ではない方々)も来ていた。あまり会話もなかったが、大雨が降ると神田川が溢れて浸水するので心配だと語っていた。学生の仲間では、文学部のA君とK君がいた。A君は明るい性格で、今はおそらく教師をしているだろう。K君は奈良県の出身で、兄が学生運動の闘士だったらしい。そんな仲間と楽しくやっていた。われわれは店主である奥さんをおふくろさんと呼んでいた。おふくろさんは食堂を始めてから長く、古くから学生を見ており、俳優の加藤剛がよく来ていたと話していた。
 ときどき、この食堂に不似合いな貴婦人が手伝いに来ていたが、この女性は東北の中学を卒業したあとおふくろ食堂に住み込んで働いていた。おふくろさんと親しくしていた学生にこの女性を紹介すると交際が始まり結婚した。当時専務夫人とのことだったが、おくふろさんに向かって私は本当に幸せ者だと語っていたのが記憶に残っている。そんなドラマが昔はあった。
 卒業してからも数回店を訪れ歓待してもらったが、その後店をたたんでしまった。今存命であれば90歳は優に超えている。思い出多き人であり、場所である。

« 強みは弱みに転化する | トップページ | やはり普天間は忘れ去られてしまった »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 強みは弱みに転化する | トップページ | やはり普天間は忘れ去られてしまった »