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2010年7月 8日 (木)

人の歴史を知る 

 新聞の教育欄に書いていたが、例えば中学校の教師は生徒が小学校で何を勉強してきたかを知らないという。ましてや、一人ひとりが小学校の課程を、何が分かり何が分からずに通過してきたか知る由もない。そういう状況で、現到達点に合わせた教育が行われるはずはない。
 教壇に立ったことがないので確かなことは言えないが、教科書というものは、それまでのことが理解できているという前提に立っているのではないか。しかし、分数が分からないまま上がってきた子もいれば、九九さえ覚えきれない子もいるに違いない。もちろん、これを教師の責任にすることはできない。基本は、一人で何十人も教えなければならない制度にあるのだろうし、指導のシステムを十分に考えてこなかったからだろう。
 ひとの育ってきた履歴を知ることは指導にとって必要なことだ。あまり細かなことをほじくり出すのはプライバシーにかかわるが、弱み強みを知ることで対応の仕方も高度化できるであろう。

 あまり難しいことは別にしても、基本的なことは誰にでも理解できる。しかし、誰にでもつまずきはある。つまずきに上手く対応できれば、日本の学生の学力はうんと上がるのではないか。素人考えだろうか。

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