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2010年7月 1日 (木)

持ち家か借家か これからの選択

 日本人の持ち家志向は強い。親から家屋敷を譲り受けた場合は別だが、親から独立した時に借家からスタートしても、いずれ自分の家を持ちたいという欲求が強い。都市部においては、江戸時代からそうであったように借家住まいが多かったはずだ。戦後の映画を見るとそういう境遇の人が多く描かれている。それが、次第に自分の住まいを手に入れていく。労働者は高度成長で所得が上昇し購買力を持った。それを当てにした住宅メーカーが洋風の家をPRして豊かさに追い立てていく。政府も税の優遇策を講じて、それを支援した。こうやって誰もが持ち家を手に入れることが当たり前に思うように政策的に演出されたのである。逆に、公的な賃貸住宅を安く供給する政策をとっていたらまた違った傾向が生れたのかもしれない。
 家はあわてて購入するものではない。持ち家は人生の自由度を減退させる。ある意味、保守的傾向の表れではないだろうか。意に反して現実はこれまでになく流動的である。借家ならいつでも転居が可能だ。転職・転勤や子どもの学校選びなども選択肢が広がる。しかし、持ち家だと簡単にはいかない。売却するにしても、しばらく人に貸すにしても煩雑な手続きが必要になる。また、日本の住居は中古になると急に資産価値が低下してしまう。売ってしまうと大きなロスを生じるのだ。地価が上昇している時代はまだよかったが、今後は期待できない。
 これからは都市部における生活は、借家で気楽にいくのが良いだろう。たまたま好条件の物件があれば考えればよいだろうが、自分から求めない方がよさそうだ。時代が変わったのだから、それに応じてライフスタイルも変えなくてはならない。子どもたちには、そういうことも伝えていきたい。

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