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2010年7月の投稿

2010年7月31日 (土)

『七人の侍』と現代 四方田犬彦

 『七人の侍』という映画が好きなので、この岩波新書を迷わず買ってしまった。この本はいろいろな角度からこの映画に対して検討を加え、改めて黒澤明という監督に対する再評価も行っている。私は単に一映画ファンとしてこの作品を何度も鑑賞し、よく出来た映画として評価してきた。ところが、評論家にかかると不完全な点も明らかにされるし、観る立場によって評価が分かれることやその評価が政治の状況に大きく揺さぶられることも分かる。ここでは特に印象に残った点にのみ触れることにしたい。

 1 農民は武装していた
  舞台は秀吉が天下を統一する前夜である。戦乱が続き農村は荒れ果てていたが、この時代は自衛のために農民も自衛しており映画の農民像と異なっている。また浪人となった武士と野伏せ(集団化し、農村を襲って食料などを略奪する武士)との区別も曖昧であった。 → それは指摘の通りだが、観る側はフィクションとして受け取っており、この設定があるからこそ物語が成り立つのではなかろうか。

 2 この映画を歓迎したのは当時の自民党だった
  当時は極東アジアにおける共産主義の成長を受けてアメリカの対日政策が転換しつつあった。再軍備の動きが強まっており、この映画の野伏せから村を守るという設定が国防と置き代えられて解釈された。逆に進歩的な層からは農民を蔑視しているなどの批判も加えられた。 → 黒澤は自民党のそういう受け方を狙って作ったのではない。敵を何に見立てるかは勢力によって異なるし、時代によって様々変化するのだから固定した解釈はできない。先進国からの抑圧が強かったり、隣国との紛争が絶えない国においてはナショナリズムを鼓舞する内容を高く評価された。また、これを原型にして当地で同じ型の映画が制作された。

 3 戦争の記憶がこの映画をリアルにしている
  大陸からの引揚者や南方からの帰還兵が数多く存在していた。そのなかには正業に就くことができず社会から遊離した人達がいた。そのイメージが野伏せや浪人の姿と重なっている。また、農民が落ち武者狩りで手に入れた刀や槍、鎧などを隠し持っていたことに対し命からがら逃げのびてきた浪人たちがいきり立つ場面では、南方の戦線でゲリラの追討に苦しんだ敗残兵の記憶がオーバーラップするという。 → 大衆に全体としてそういう空気があったことは事実だろうが、一つひとつの事象がどれだけ影響しているかは測りかねる。 

 4 武士と農民との関係は知識人と大衆との関係を表している
  知識人は大衆の利益を守るために大衆を組織して闘争に導くことを自らの使命にしている。大衆もその運動が自分の利益になると確信すれば積極的に戦う。しかし、戦いが終れば知識人は最早疎遠な存在として扱われるのである。そこに知識人の諦念が生れる。生き残った武士にもそのような虚無感が漂っている。これは黒澤自身の持つ感覚かもしれない。

 私は、これまで主に組織論の観点からこの映画を評価してきた。すなわち、リーダーがいかに集団を統率し目的に向けて力を結集させるか。その方法論の問題である。その内容は、今や経営学の本は五万と出版されているからここかしこに記述されているはずだが、映画の動きのなかで観るとより説得力がある。四方田氏の本を読んで、時代背景からのアプローチや黒澤の問題意識(歴史観や大衆観など)からのアプローチなど自分にはない切り口を知り勉強になった。基本的には評論家ではなく映画ファンなのだから、観て楽しめばよいのであるが。

2010年7月30日 (金)

小説のアイデアについて

 今、小説のアイデアを一つ思いついている。仮にタイトルを付けるなら、「社長のケータイ」である。あるとき社長の秘書役のAが社長から携帯電話を託される。しばらく病気の治療のために病院に入るが、そのことは公表したくない。しばらく海外へ視察旅行に行っていることにしたいが、その間会社とのやり取りは君に任せたい。私の考え方は分かっているだろうから、幹部への指示はそれに従って思うようにやってくれたらいいというのである。
 Aの尊敬する幹部もいれば、評価しない幹部もあるが、いずれも会社のために上手く動かさなければならない。叱ったり、おだてたりの毎日が始まる。苦労しながらも最善の指示を考え実行するなかで、いつしかメール上であるが上下の関係が構築されていく。そして一ヶ月後には打算で動いていた一部の幹部連中も本気で仕事をし始めるのであった。ところが、社長は容態が急変し死亡する。さすがにそれは隠しておくことができない。すると、メールが死亡後に発信されていることが発覚する。死ぬ前でもまともにメールを打つことは大変だが、死んでから打つとは幽霊の仕業か。けっきょくAが社長の命で行っていたことが分かる。しかし、幹部連中はAを叱ることはなく、逆に感謝し、Aを社長の後任に推挙するというのが結末だ。

 こう書くとネタとして盗られそうだが、私自身が書く技量に乏しいのでこだわらないし、このブログを読んだ人に書き手がいる可能性も少ないだろう。

2010年7月29日 (木)

既成概念にとらわれない思考

 既成概念にとらわれてはいけない。大事なことなのだが、日常生活の大半は、無意識に動いているということも含めて既成の概念に従って動いているのである。習慣となっている行為はすべて既成のルールに従っているし、何かが発生した時の反応も過去のパターンに従っている。これは明らかに自己防衛本能が働いているのである。まず、ゼロベースで考えていたのでは対応が遅れてしまう。決まったように反応しておけばリスクを抑えることができる。少し違った反応を見せると軋轢を生じるから避ける。これは、社会を安定的に再生産したいとする統治する立場からの仕掛けなのだろう。それに従って従順に生きることが大衆の知恵でもあるのだ。
 ところが、世の中が大きく変わり始めるとそうも言っていられない。変化のなかでは昨日と同じことを繰り返しているとどんどん生活が窮屈になっていく。そのことを他人から言われなくても分かる人は、今までと違った行動をとるようになる。もちろん、それで結果が上手く出るとは限らないが、少なくともそういう類の人のなかから生き残る層が形成される。
 このような状況では、意識的に「変える」ことが大事なのだ。内容よりも変えること自体に価値があるというぐらいの考え方に立たないと、いくらかでも変えることにはつながらない。Changeこそ変革期の精神である。変えてやってみる。やってみてダメなら、また違うことをやる。失敗にロスは付き物だが、やらないロスはもっと大きい。このことを徹底しないと組織は変わることができない。

2010年7月28日 (水)

健闘した向陽高校と藤田投手を讃える 

 夏の高校野球、和歌山大会は智弁学園が優勝し甲子園行きの切符を手に入れた。対戦した向陽高校は惜しくも夢破れたが、私立の強豪校を相手に堂々と戦い抜き、高校野球の持っている魅力を存分に見せつけてくれた。

 智弁は強かった。能力のある選手が集い、恵まれた環境と優れた指導者の下で鍛えられれば強くて当然とも言えるが、絶体絶命のピンチを凌いだ気力を評価しよう。高嶋監督が、「選手たちには、敗れ去った39校の選手の気持ちを思って甲子園でプレーしてほしい。」と語ったように、野球にかける思いは智弁の選手も他のチームの選手も変わりはない。いや、強豪に挑んでいく普通の学校の選手の方が気持ちの上では一枚上かもしれない。
 向陽の藤田投手は素晴らしい投手だ。野球だけではなく、学業も怠らず学生としてあるべき姿を見せてくれている。体格には恵まれないが地道に努力をして、強豪相手にも堂々と投げられるレベルまで力を着けていった。もっとも高校生らしい投手であろう。

 向陽高校の3年生たちの夏は終った。次は高校生らしく大学入試に向かって頑張ってほしい。

才能は授かりものという思想

 優れた才能をもって生れる人がいる。才能の種類には様々あるが、それを持っていることを生きる上においてどう解釈するのかという問題である。
 才能を伸ばすには本人の努力が必要で、それは正当に評価すべきである。しかし、才能のあるなしは自分の成果ではない。科学的に見れば、遺伝子の働きと言えるのかもしれないが、父と母の出会いにしても偶然が左右している。すなわち、才能豊かに生れたことは偶然だと言いたいのである。その偶然を、活かすも殺すも本人次第ではあるが、それを授かったものと解釈し、他人よりも多めに頂いた分は自分の生活や地位や名声のために使うのではなく、社会ために使うという思想がもっとあってもいいのではないかと思うのである。
 しかし、このような発想は今の社会には人生観としてほとんど見られないのではないだろうか。何かを成し遂げた時に周囲の人に感謝する姿勢は、スポーツ選手のコメントなどで学ぶことがあるが、そもそも努力するのは人のため社会のためとは考えない。それどころか自分のために頑張りなさいと言うのが昨今の風潮である。凡人はそれでよかろう。しかし、いくらかでも人並み外れて才能を持っていると認識したならば、それを自分以外のために役立ててほしい。自分の要求を満たすためにはさほど大きな才能を必要としない。愚直に頑張ればできる。人の分まで頑張るには才能が必要だ。才能は、大きな目的に向かうべきである。そのことを教え、支える社会にしようじゃないか。

2010年7月27日 (火)

埋め合わせる人生

 人生は全くのゼロベースでスタートするのであろうか。ある者は恵まれた家庭に生まれ、不自由なく生きる。別のある者は平穏に生きるにいくつかの条件を欠いて生れる。身体的な重荷を抱えて生れる者もいれば、精神的なハンデを負っている者もいる。人間様々、人生いろいろである。
 初めからマイナスから出発するのは辛い。まずはひたすらマイナスを埋め合わせるためにエネルギーを消費しなければならない。これは他責によるものに限らず、自責による場合もある。若い時になんらかの罪を負ってしまった場合に、法律上は償いを終えたとしても道義的な負債は解消せず死ぬまで抱え込まざるをえないことがある。もちろん、これは人によるだろうが。
 日本人にははっきりと形にできる信仰心はなく、「原罪」なる意識は希薄だと思うのだが、そういう信仰とは別に過去の罪や失敗を忘れることができず、それを埋め合わせるために生きている人も少なからずいるのではなかろうか。前向きの人生とは言い難いが、それもまた一つの精神の在り様である。個人的な記憶に留まらず、民族的な記憶として忘れ難く背負っていく場合もあるし、それが広範囲に存在するものであれば民族の精神と言ってよいものだろう。戦争のことを言いたいのだが、もはやそんなものはどこにもありはしないのかもしれない。人間嫌なことは忘れたい。とはいえ、忘れられないこともある。どういう精神のメカニズムか分からないが、あるのは事実だ。それを消滅させず、何らかの思想の形まで昇華できれば素晴らしいが、実際には難しく、個人的な教訓の範囲を出ないのであろう。

 ネガティブかもしれないが、私の場合も、生きながら成果を積み上げていると言うよりは、穴を埋めているイメージが強いのである。

2010年7月26日 (月)

プロにも上手い下手がある

 人間には能力の差がある。これは身体の大きさに個体差があるのと同じことである。皆一様ではない。
 芸術やスポーツの世界でも同じである。プロの世界は能力が一定の水準を超えた人達で成り立っている。一定の水準を超えた範囲でひとり一人の力はばらついている。また同じ人間であっても能力は常に同じように発揮できるわけでもない。その他の外的な条件や人の組み合わせ、本人の調子などで勝敗が動くのである。
 プロの歌手の歌を聞いていると、ひとり一人歌い方が違い個性を感じると同時に上手い下手もはっきりと感じる。そして、子どものころから流行歌には特に関心を持ってきただけに、上手い下手を聞きわける自信がある。
 ところで、最近クラシック音楽を聴き始めたところ、楽器の奏者にもそれぞれ弾き方に個性があり、上手い下手もあることが分かってきた。私は、歌の上手い下手よりも楽器の上手い下手は差が小さいと思い込んでいた。それは生の肉体から出す音は、楽器よりもストレートに出来不出来が表に出ると考えていたからである。このことが正しいか間違っているかは今もって分からないが、意外にも楽器の演奏は個人差が大きいことを感じている。最近主に聞いているのはピアノであり、ヴァイオリンも聞き始めた。ピアノの場合は技巧の問題があるし、別に体格の問題もあることが分かった。これは弾いてみれば分かることだろうが、体の小さい女性は特に弾くのが大変そうなのだ。低い音の鍵盤をたたく時など手だけではなく身も乗りださなくてはならない。また手の大きさも影響して、当然大きな手が有利である。
 上手い下手を聴き分けるには、同じ曲を聴き比べるとよく分かる。ピアノだったら、スクリャービンのエチュードなどを聴き比べる。バイオリンだったらツィゴイネルワイゼン。ギターだったらアルハンブラ宮殿の思い出である。バイオリンは人によって音色の違いを感じる。私は素人だけれどもそれだけ感じるのだから、専門家は微妙な違いもはっきりと聞きわけるのだろう。それでこそ批評のプロである。

2010年7月25日 (日)

PLに打ち勝った履正社 2010年夏の大会大阪府予選

  今日も暑いので家でじっとしているつもりだったが、舞洲での好カードが見たくて出かけることにした。舞洲スタジアムの第3試合は、PL学園対履正社高校の対戦である。
 大阪駅からJR桜島駅直通の電車に乗る。そこからはバスだ。満員の状態で出発。今日は舞洲周辺でトライアスロン競技が行われていて、球場から少し離れた場所で下ろされる。しばらく歩いて球場に入ると、第2試合の上宮対上宮太子の兄弟校同士の対戦中であった。近年は太子の方に力のある選手を集めているので実績も残している。結果は8回コールドで太子が順当に勝利した。
 続いて優勝候補同士の熱戦が始まった。PLが先制。エースの難波もまずまずの立ち上がりかと思われたが履正社が5回に追いつく。同点とした2点目は難波のボークで3塁走者を還してしまった。その後は、文字どおりのシーソーゲームとなったが、結果的には履正社が打ち勝って1点差で勝利を手にした。難波の後を継いだ多司も本調子ではなかったが、それよりも履正社の積極的な打撃を評価すべきだろう。殊勲は何と言っても7番バッターの出口君だ。小柄な左バッターだが、腰の据わった力強いスイングでセンターオーバーの3塁打とレフト線の2塁打を放った。ともに勝敗を分ける場面での長打だったので、その勝負強さが圧巻であった。履正社にとったら出口君様さまだろう。

 最期に。PLの選手は例年通り動きがスマートでバランスが取れていたが、攻撃力に迫力を欠いた。さすがに才能抜群の吉川は鋭い打球を飛ばしていたが、4番の勧野はタイミングが合わず、打線が切れてしまった。逆に言えば、多司が本調子ではないだけに難波がもう少し踏ん張りたかったところだ。

夏休みの文学論 私が影響を受けた小説

 文学が与える影響にはどれほどのものがあるだろうか。私自身を振り返ってみると、その影響力は決して小さくはなかったと言える。しかし、ものの見方や感じ方を大きく変えてしまったというほどではなさそうだ。
 人間はまるっきり白紙の状態で文学に触れるわけではない。幼児が絵本を読み聞かせてもらう場合はより白紙に近いけれども、基本的には一定の考え方、感じ方を持った人間が文学に向き合うのである。したがって読む作品を選ぶ段から自分の傾向が影響を与えているし、傾向に合わないものを手にとっても心に響かない場合が多いだろう。それでも大きな衝撃を受けたとすれば、それはよほど秀逸な作品に違いない。
 内向的な人間は内向的な作品を好む。そのことによって内向的な傾向がより強化される。そういう関係にあると思う。楽観的な人間は深刻な小説に手を伸ばさないだろう。きゃぴきゃぴのギャルがドストエフスキーを読むことはなかろう。もっとも、これは性向の問題ではなく、知的水準の障壁かもしれないが。
 さて、自分が過去に影響を受けたと思っている(それが客観的事実かどうかはここで証明できないが、少なくともそう思っているのは事実である)作品をいくつか上げてみたい。それは決して自慢にはならないし、自分というものを曝け出すことになるので逆に恥ずかしいことである。

 ① 「次郎物語」「路傍の石」
  非常にストイックな小説である。踏まれないと成長しないという、いわば麦踏み理論的な考えが土台にあるのではないだろうか。戦後しばらくの間、エリートもしくはエリート予備軍の若者に好んで読まれたのではないかと推測する。私は夏休みに汗をかきかき読んだ覚えがある。そして自分も頑張ろうと思ったものだ。実際、そんなには頑張れないのだが。
 ② 「十五少年漂流記」
  私のお薦め図書の一つである。話の内容はご存知の方が多いことだろう。特に印象に残るのは、この漂流という災難を引き起こす原因を作ったジャック少年の苦悩とそれに寄り添う兄ブリアンの思いである。読み手によってそれぞれ興味を覚えるところは違うだろう。いろいろな読み方が出来るように仕掛けが施されている。そこがこの小説の優れた点であろう。
 ③ 「第三の新人」と呼ばれる作家たちの作品
  上記の二作品よりも時代は下るが、主に高校から大学にかけて読んだ作品群である。吉行淳之介の「砂の上の植物群」「 驟雨」など。安岡章太郎「海辺の光景」「愛玩」など。遠藤周作「白い人」「黄色い人」など。吉行淳之介と安岡章太郎には彼らのエッセイも含めて抵抗感がなく、自然に受け入れられる傾向があった。遠藤周作もエッセイは面白いが、作品は他と異質なものであった。読者に対して鋭い問いかけがあり、それをかわして読み続けることはできない。先に上げた二作は、内容については未熟な点など指摘をされているが、秀作には違いないだろう。

 他にもいろいろ読んだが、やはり若く未成熟な時期に読んだものは影響力が大きいようだ。とにかく若者には読書をお薦めしたい。何もすることがないなら本を読め。勉強するよりリターンは大きいぞ。

2010年7月24日 (土)

桐蔭、向陽が勝利 和歌山大会で伝統校がそろって準決勝へ

 両校とも素晴らしい試合運びで勝利し、明後日の準決勝で対戦することになった。二試合ともに接戦だったが、主戦投手が粘り強い投球でまとまった得点を許さなかった。また、二試合ともに8回に追加点をあげ、9回の反撃ムードを断ったことが勝利の要因となった。紀三井寺には多くのファンが応援に駆け付けたが、そのなかにはKGセミナーの山下先生がいた。山下先生は桐蔭OBであり、現役時代は投手として活躍した。またKGセミナーの教え子には向陽の今や全国的に名前の知れた藤田投手がいる。両校の対戦が決まり、複雑な心境であろうが、「夢の対戦」とのコメントをいただいた。
 勝敗の行方はどうなろうとも、伝統の公立校ならではの清々しいプレーを期待したい。そして勝った方は決勝で勝利し、甲子園に行っていただきたい。

 個人的に・・・向陽の藤田君頑張れ!

ふたたび富の移転について

 富は労働によって生み出される。働かざる者食うべからずは人間社会の根本原則であり、働くことが人間の成長の源泉でもある。ただし、種々の理由で働けない人は同じように扱うわけにはいかない。このことも基本原則である。
 働いてもその成果物がすべて自分に還元されるものではないことをわれわれは経験的に知っている。つねに資本を持っているものが社会において優位者であり、労働者は使ってもらうことによって生計を維持できるのである。大半が「使ってもらっている」感覚を持っており、働いてやっているという考えの持ち主は皆無に近い。これが資本が上に立つ社会の「あるべき」倫理感である。・・・これは使う者と使われる者という図式で見た、客観的な現実認識であり、富の移転の簡単な説明である。
 ところで富の移転にはもっと大掛かりなものがある。先ほどの事例は非常に分かりやすく、分け前が少なすぎると働く側も黙ってはいないが、あまりに大がかりな仕掛けになると誰も気がつかない。十数年前からだろうか、自動車の輸出が日本の経済を支えていると言われてきた。実際は日本経済も内需が大きく、それが経済の基礎をなしているが、ことさら輸出企業の好不調が重視されてきた。為替が円高に振れると、輸出企業の収益力が低下して競争力を失うと宣伝された。そして円売りドル買いを行って円安に誘導する。ある経済学者が言っていたが、これは事実上の輸出企業に対する補助金だという。アメリカで一時期走る車の多くがトヨタ車になってしまったのは、ビッグスリーの経営問題だけではなく、日本政府の極端な後押しがあったからである。トヨタの企業努力によるものというよりは、トヨタが政府をうまく使ったと言う方がより正確かもしれない。そうやってアメリカで金融危機が発生するまでは隆盛を極めたのである。
 こうやってトヨタを主とする輸出企業は得をしたわけだが、逆に損をしたのは日本の労働者・消費者である。円安になれば、石油や食料を高く輸入することになる。それが関連する商品の物価を押し上げるのである。図式としては、労働者から吸い取ったお金を輸出企業に回していたことになる。これが、大がかりな仕掛けと言った内容である。

 世の中でなにが行われているか、監視する必要がある。政府の行動、それは主に財務官僚や経済官僚が主導しているのだが、大きく国を動かしていることは間違いない。

2010年7月23日 (金)

合コンについて

 学生時代、すでに合コンが流行りであった。周囲ではどこどこの女子学生とコンパをするというような話は頻繁に聞かれた。しかしサークルに入り浸っていた私は、同じく入り浸っているそういう話に積極的でない連中とともにもぐらのような生活をしていた。クラスにも(もっともほとんど出席しなかったから会話もなかったが)サークルにも女子が少なく、合コン開催へのきっかけがなかったと言える。
 そんな状況だったが、確か先輩の妹さんの紹介で二度機会を得た。前後は忘れたが、SW女子大とSS女子大の学生が相手だった。SW女子大の場合はお互いに10人程度の人数で、こちらは同年と後輩の混成チームだった。相手方は皆1年生だったと記憶している。そんな女性を相手に、大学に入ったら新聞ぐらい読まなければならないという話をした。すると、大学生になった気がしましたというような返事が返ってきた。お説教じみた話だったが、地方から出てきた女性だったので純朴だったのだろう。その人とは新宿末広亭に行ったりしたが、縁なく短期で付き合いが途絶えた。
 もう一つのSS女子大は、言わずと知れたお嬢さん学校で、期待が大きかったがうまくいかなかった。集合場所と時刻は決まっていて、われわれは何十分も前から待ちわびていたのだが、一向に来る気配がない。延々と待ったのだが、けっきょく成就することなく解散と相成った。この事態をどう解釈するのか諸説出たが、結論は、彼女たちはわれわれを遠巻きから観察しており、あまりの汚さに恐れをなして足早に立ち去ったというものだった。当時は安っぽい服を毎日着続けていたし、風呂も毎日は入らなかった。さすがに合コン前日は銭湯に行ったはずだが、それで根本問題が解決するはずもなくあえなく散ったわけだ。真相は分からずじまいだが、当たらずとも遠からずであろう。

 おおよそ30年ほど前の話だが、われわれが特殊だったのか、当時はそんなものだったのか。おそらく、前者の方であろう。

2010年7月22日 (木)

宮里藍の爆発力

 宮里藍が好調だ。米国女子メジャー第2戦「LPGA選手権」最終日に66の猛チャージを見せて3位に食い込んだ。優勝したカ―にランキング1位を奪われたものの、確実に上位の実力を身につけた。
 彼女の魅力は石川遼と同じく爆発力があることだ。堅く上位に食い込んでくるタイプの選手もいるし、若干むらがあっても乗った時にはすごいプレーをする選手もいる。どちらも結果をともなえばプロとして通用するが、面白みは後者にある。宮里は後者のタイプである。石川が中日クラウンズで爆発した時に書いたが、技術もさることながら勢いに乗った時の集中力が際立って高いのである。これはある意味センスの問題であって、トレーニングから直接得られるものではない。
 緊張する試合であればあるほど成績を残せる選手がいる。普段はよくなくてもメジャーの大会では上位に来る。それなら普段から頑張れよと思うのだが、そうもいかない。どんな試合でも100パーセント集中できるものではない。やはりピークはあるのである。優れた選手は、大事な試合に向かって集中していける選手なのである。

2010年7月21日 (水)

朱里エイコのこと

 1972年、当時私は中学生だったが、「北国行きで」という歌がヒットした。歌ったのは朱里エイコだ。アメリカ帰りの実力派シンガーとして売り出し、一時脚光を浴びた。紅白歌合戦などテレビにも数多く出演し、歌と同時にきれいな足をステップさせる振り付けで魅了した。しかし、その後ヒットは続かず、アイドル偏重の歌謡界からはじき出された形になった。実力を武器にショービジネスに身を投じて一定の成功を収めたが、やはりヒットの味が忘れられなかったのか精神的に弱ってしまい活動が停滞する。肝臓病を患ったのち、最期は心不全で56歳の若さで逝ってしまった。
 ヒットはしなかったが、歌が上手いこともあって聴ける歌はたくさんある。北国行きのB面はしっとりしたいい歌だ。「窓あかり」はスローな曲だが、伸びやかな発声で聴かせてくれる。「ジョーのダイアモンド」は彼女らしさが出ているいい曲だ。なかでも一番好きな曲は、「白い小鳩」。椎名林檎などカバーしている歌手もいるが、本家には勝てない。ビートが効いていて気持ちがいい歌だ。ちなみに、作詞:山上路夫、作曲:都倉俊一のコンビによる作品である。

 実力があっても売れるとは限らない。黛ジュンも最初は歌謡曲ブームに乗って売れたが、その後は日の当らない道を歩んだ。一旦脚光を浴びるとそれが忘れられず、クラブや小さなホールで歌うことが苦になるのだろうか。やっぱり夢はヒット曲を出すことなんだろうなあ。演歌歌手の渥美二郎は流しから入り、「夢追い酒」を大ヒットさせた。レコードを出したあとは全国をキャンペーンで回り、有線にリクエスト電話をかけまくり給料を全部使い果たしたという逸話がある。多かれ少なかれ皆そうなのだろう。スターになるのはあまりに厳しい道のりである。

2010年7月20日 (火)

楽観を排し、楽天的に生きよ

 楽観的と楽天的とはよく似た言葉だが、私は別の意味に解している。楽観的とは、やるべきことをしっかりやらずに結果を期待している状態であり、楽天的とは、やるべきことをきちんとやって、結果は必ずうまく出ると信じることである。
 その定義からすれば自ずと楽天的でなければならないことになるが、この二つの差を意識することによって自らの行動を制することができると考えている。人間は往々にして、努力もせずに結果だけを期待するものである。学生なら、勉強が足りないにも関わらず、試験はなんとかなるのではないかとか、点数は低くても偏差値は上がるのではないかとか期待する。社会人なら、毎日売り上げの数字を見ながら、努力とは関係なしに上向いてくれるよう願ったりする。しかし現実は厳しく、前者であれば決してよい結果は出ないし、後者は月末前になって慌てて注文をとって形を繕おうとする。必ず結果には原因があるのであり、根拠なきところに結果は生じないのである。
 これ以上展開しないが、夢や目標は持たなければならないが、そこに至るプロセスは現実的で地味なものである。しかし、夢は必ず叶うのであり、目標は達成されるのであるから、その点はこの上なく楽天的であってよい。

2010年7月19日 (月)

高校野球 進学校のこれまでの戦績(7月19日)

 ラ・サール 初戦で敗退(1対5)
 灘高校 初戦勝利(4対3)。次の3回戦コールド負け。
 甲陽学院 初戦で延長10回サヨナラ勝ち
 大阪星光学院 初戦でコールド勝ち(19対0)
 洛星高校 初戦で敗退(相手は3年連続で当たった因縁の綾部高校。過去2年は勝っていた。ちなみに綾部は2回戦で立命館宇治も倒した。)
 西大和学園 初戦でコールド負け
 東海高校 初戦で延長10回サヨナラ勝ち。2回戦コールド勝ち。
 開成高校 初戦でコールド負け
 麻布高校 初戦でコールド負け
 筑波大付属 初戦延長11回勝利(8対7 相手は筑波大付属駒場)、2回戦勝利(6対5)、3回戦敗退(6対7)。

 結果は対戦相手との力関係で決まるもので、単純に評価できません。このなかで一番実力があるのは京都の洛星高校です。

まだまだ伸びる石川遼 戸張捷のコメントより

 全英はツーアンダーのスコアを残して終了した。もう少し上のスコアと順位を期待したが、その健闘をたたえたい。贅沢を言わないのは、これから益々実力を伸ばし活躍してくれるに違いないと確信をもって言えるからである。

 彼の素晴らしさは、中日クラウンズで58のレコードで回った時に書いた。今回またその素晴らしさに触れたわけだが、それを導いてくれたのは戸張捷の解説であった。松岡修造の頓珍漢なコメントに比較して、戸張のそれは素直に共感できるものであった。
 2日目のラウンドを終えた後に一緒に回ったトム・ワトソンから声をかけられ涙ぐんでいた石川を見て戸張は、この感受性があるから伸びるのだと言った。その通りだと思う。自分のなかにエネルギーを取りこむにはこの感受性なるものがなくてはならない。他の者が感じないものを感じるから成長するのである。これは心を動かす力と言い換えてもよい。心が動くことによって変化を遂げることができる。人はなかなか変わらないものなのである。

 もう一つ。他の選手のいいところはなんでも吸収しようとする素直さが彼を大きく成長させていると言った。同感である。ここで言う「素直さ」とは、人の言うことをなんでも鵜呑みにすることではない。大事なポイントを選って吸収しているのだ。肝心な点を自然に選り分けているところに才能がある。たとえば、指導者が何かを話した時に、その真意はどこにあるのかを敏感に察知する能力は容易に得難いものである。これを持っている人は伸びる。多くの人は表面だけ受け取って真意を取り逃がすのである。

 少々褒めすぎかもしれないが、石川遼は本当に素晴らしいプレーヤーである。

2010年7月18日 (日)

高校野球夏の大会 大阪府予選を観戦

 大雨で日程に遅れが出ているが、恒例で選手権大会の地方予選を観に行ってきた。今日は初めて久宝寺球場の試合を観戦する。JRの駅から歩くと結構な距離があって不便だ。しかもスタンドが小さく、高さがないので見にくい。バックネットの鉄骨が太いので邪魔だ。
 さて、試合は上宮太子高校対平野高校。片や甲子園出場経験のある私立の強豪校で、対するは府立で特に評判の聞かないチームである。おそらくコールドゲームになるだろうと思われたが、結果的にはそうなったものの意外に平野が健闘したと言っていい試合になった。とはいえ、平野が勝てる流れは全くなかった。投手がよく投げて大量点は防いでいたが、いかんせん打てない。太子の投手は平均以上の球速はあったが、最近の投手としては特別速いわけではない。しかし平野のバッターは当てるのに四苦八苦していた。投手が踏ん張ると試合の恰好はできるが、打てないと勝つことはできない。もっとも、応援している学校関係者や父兄は勝てる試合だとは思っていないから、楽しんで観ている感じがした。9番バッターなどはバットにボールが当たってファウルになっただけで拍手が沸き起こっていた。これもまた高校野球の一つの場面であって、予選だから観ることのできるシーンである。
 結局、8回でコールドとなった。太子の選手は特別目立つ選手はいないが、それぞれによく鍛えられて基礎が出来ている。前評判は高くないが、采配次第では8強程度までは進めるように思った。大阪はレベルが高いので、このチームでも地方へ行けば優勝を狙える力があるのだが。
 最期に、太子の校歌は「月影」である。公立校にはない趣のある校歌で、上宮ならではの曲だ。おそらく選手たちには分からないだろうが、こういうのもあっていいのである。

出張記 札幌~仙台

 大阪~札幌~仙台~大阪という順に出張してきた。千歳に下りると気温が17度で寒いぐらいだった。市内のホテルに泊まり、近くのチェーン店化していない地元の居酒屋で食事をしたが、おいしかった。生ビール2杯とおまかせ料理5品で2千5百円であった。刺身がおいしい。マグロとサーモンがメインだが、大阪で食べるものとは全然違う。焼き鳥が3本ついたが、これもおいしい。肉の素材がいいし、使っている塩が上質のものである。もつ煮込みが付いたが、使っている味噌が違う。薄味だ。そして、ごぼうが旨い。他の料理に使われていた野菜類もそれぞれ野菜の旨みを感じた。総じて、素材の新しさを感じ、大変満足したのだった。
 仕事を終えて仙台に移動。駅周辺の居酒屋を探した。9時過ぎという時間もあるのだろうが、入口をくぐっても店員が出て来ない。そこはやめて次の店に行っても同じだ。やっと3軒目で席に案内される。あとで聞くと、東京や大阪と違って店じまいが早いらしい。さて、入った店は他の地でも見たことのあるチェーン店。居酒屋のなかでは上品な方だ。ここでもいろいろなメニューを試してみたが、札幌とは違った。場所の違いとチェーン店であることの要因があるのだろう。焼き鳥はうまくないし、からあげは甘ったるくて肉の味がしない。総じて、大阪で食べるものと変わりがなかった。
 仙台では、帰りの飛行機が遅かったので時間に余裕があり、青葉城に行ってきた。2度目だが、焼けてしまって建築物はない。周遊バスに乗って駅に向かったが、周りに東北大学のキャンパスがあってその広大さに驚いた。世間から隔絶した感があり、学問やスポーツをするにはよい環境である。旧帝大系の国立大学は皆同じように恵まれている。予算が多く配分されてきたことの証しだが、学んでいる本人たちにとっては当たり前のことなのだろう。

 満席の飛行機で帰阪。仙台は小雨程度だったが、大阪は大雨だったらしい。ところ変われば、天気も違うし、食べ物の味も違うし、文化も違う。

2010年7月17日 (土)

「夜を守る」 石田衣良

 石田衣良の本は、アキハバラ@DEEPに続いてこれが2冊目である。前回は秋葉原を舞台にオタクの青年たちが事業を始めたり、それを乗っ取ろうとする悪者と戦う物語だったが、今回は上野アメ横を舞台に展開する。フリーターの青年をリーダーとする四人組が、街の安全な環境作りのためにボランティア活動を始める。自転車を整列させたり、ゴミを拾ったり、酔っ払いの介抱をしたりの日々。そんな地味な活動のなかでいくつか事件を解決しながら自分たちの生き方について考えていくストーリーだ。
 そこそこの私大を出たが就職を避け、フリーターを続けるアポロ。私大をやめ、専門学校を経て区役所に勤めるヤクショ。家業の古着屋を手伝うサモハン。三人は地元の中学の同級生だ。ここに障害者の生活支援施設「のりすの家」に暮らす「天才」が加わる。彼らの溜まり場はさびれた定食屋の「福屋」。そこから日課のパトロールに出ていく。そして、そのなかで遭遇する風俗店に対するいやがらせ問題、ダンサーの疾走事件、5年前の傷害致死事件、街の商店を狙った窃盗事件などを次々と解決していくのである。
 読み物なので、一つひとつの内容については言わない。発生した問題が短期間にたやすく解決してしまうとか、出てくる人びとの大半が善良に描かれているとか、そういうことはある。けれども、そうでなければ深刻な小説になってしまうので、安心して読ませるには必要な設定である。全体を通した感想は、最後の最後になって出てくる作者の言いたいことを表した一文から生じる。文庫版の312ページだ。「この一年間、たくさんのことがあった。自分たち四人は力をあわせて、このアメ横の街のためにすこしずつできることを続けてきた。だが、アポロは気づいたのだった。人のためだと思っていたことのすべてが、実は自分たちのためだった。街を守ることで、この格差の世の中で絶望の側に転げ落ちそうになっていく自分を守っていたのだ。街はそれを守ろうとする人間に、しっかりとこたえてくれた。」(太字は私が入れた)
 作者の考え方はテレビ番組のなかでのコメントでも分かるが、格差社会に対する憂慮がある。社会的な要因はしっかりと見据えてはいるが、個々の若者に対してはそういう状況に負けず、自助努力をしてほしいと願っている。そのためのキーワードは、「人のため」である。結果的に、それは「自分のため」だったことを知るのである。石田衣良はそのことが分かっている。最初から自分のための行動だったら、街はしっかりとこたえてくれなかったに違いない。

2010年7月16日 (金)

プロ野球選手考

 プロ野球選手はどういう身分であるか。日本プロ野球選手会という組織があり、労働組合としての性格を持っている。これに対し、プロ野球選手は特殊技能者であるという考え方や個人事業主であるという考え方がある。私は法律の専門家でもないし、にわか勉強もしていないけれども、今現在思うところを書きたい。
 特殊技能者だと言ったのは、大洋ホエールズの松原さんだったと思う。自分たちは普通の労働者とは違い、特別な技能を持った存在であり、特別な待遇を受けることに道理があるということを言いたかったのだと思う。落合博満は、野球選手は個人経営者(事業主)であると言った。球団と対等の立場でものを言い、契約を交わすことのできる存在との見方である。
 どちらにも一理はある。特殊技能者であることは間違いない。プロ野球選手になれるのは年間100人もいない。医者や弁護士よりも圧倒的に少なく、試験を通ればよいというものではないので非常に狭き門である。常人には出来ないプレーが可能であり、あこがれの視線も集められる。しかし、非常に不安定な職業であることも周知の事実であろう。医者であれば、免許を持っていれば誰でも開業することができる。(友人は開業の準備や手続きも大変だと言っていたが。)また、まじめに経営していれば高齢になるまで続けることができる。プロ野球選手は、入団しても一軍のレギュラーとして定着することが容易でない。二軍選手や一軍でもレギュラーでなければ高額の年棒獲得は難しく、プロのスポーツマンとして必要な費用を考えると決して楽な生活ではなかろう。そして大半は志半ばで退団し、第二の人生を歩むことになる。
 これに対し、一流の技量を持ち一流の実績を残した選手は普通の労働者の数十倍の年棒を得ることができる。このクラスになって初めて個人事業主という定義が近づいてくる。しかし、それでも球団と完全に対等ではない。まず、契約相手を自由に選ぶことができない。毎年、契約相手を選ぶことができれば対等といえるが、移籍の自由は基本的にない。フリーエージェントなど一定の条件をクリアした時に認められるのみである。また、よほどファンの支持があって、世論の力を球団側が意識している場合はともかく、通常は力関係で球団側に歩がある。球団はありとあらゆる情報を持っており、マイナス評価につながるデータを出してくる。個人でそれとやり合うのは難しい。そういう意味では、選手会が交渉の情報的バックアップを担うことには大きな意味があるだろう。
 これから一流を目指す選手たちにとっては、最低年棒の底上げや、寮などの生活条件の改善、怪我をした時の治療費の補償など労働組合に担ってほしい課題がある。厳しい競争があり、入れ替わりの激しい世界なので、いつ職場を失うか分からない存在だが、期待の大きさにふさわしい最低限の待遇は確保してもらいたい。

 別に契約金の問題があるが、これはうんと減らした方がよい。高くても3千万円ぐらいにする。減らした分は5年間ぐらい、生活保障として給与の基礎部分に充てる。そうすると入団後の生活がかなり楽くなる。もちろん、早期に退団した人には残りの分を払うわけにはいかないだろうが、大器晩成の選手もいるのでしばらくは力を付けるためにトレーニングを続けられる条件を整備してやってほしい。

2010年7月15日 (木)

産業の空洞化が進む

 先日、兵庫県の企業誘致を担当している方と面談した。次の工場を検討するときに兵庫県の工業団地を検討してくれというのだった。このまま成長を続ければ早晩新しい工場が必要になるので考えることになるが、市場の大きさから言えば関東方面の可能性が高い。
 話のなかで印象に残ったのは、昨年度の企業誘致件数は19件しかなかったのだが、それでも全国で一番だったという話だ。国内における工場建設の勢いは止まっている。今に始まったことではないが、工場が海外へと流れゆくのは構造的なものである。各県に原っぱになってしまった工業団地がいくつもある。和歌山県の担当者にも話を聞いたが、加太のコスモパークも空っぽらしい。巨額の投資にもかかわらず受け手なしでは、これまた赤字の積み増しである。日本全国そういう状態で、担当者が汗をかきかき歩き回ったところで解決しない。関西大手の家電メーカーに話をしたところ、下請けの企業をまとめて持って行ってくれるのなら考えてもよいと言われたそうだ。単独で行ってもメリットがないということなのだ。

 製造業にとっては厳しい時代である。設備投資が活発化するシナリオは考えうるのか。あるとしても緩やかな回復だけだろう。

 

2010年7月14日 (水)

「ぴろき」という芸人

 「ぴろき」というピン芸人がいる。NHKの演芸番組を見ていると、たまにお目にかかることができる。背が低く、小太りで、メガネをかけ、頭のてっぺんで少ない毛を結んでいる。
 所属する落語芸術協会の協会員プロフィールによると、生年月日は昭和39年1日1日。東京オリンピックの年の元日生れである。得意ネタは「明るく陽気に行きましょう♪(自虐的不幸自慢話)」とある。
 
 見ていると(聴いていると)思わず笑ってしまうネタがある。いくつか紹介すると、①「こうみえても、人を裏切ったことは一度もないです。裏切る前に・・・・・(席から笑いが起こる)。そういうことです。」 ②「子どものころからいじめられました。強くなろうと思ってボクシングジムに通いました・・・・・。ボクシングジムでいじめられました。」 ③「親の言うことは聞いてきました。おまえは馬鹿だから、成績を上げようと思ったら成績のいい頭のいい子とつきあいなさいと言われました。言うとおりにしました。そしたら、相手が馬鹿になりました。」
 こういうネタである。まじめに行動しようとするのだが、意に反して結果は思い通りにならないという筋が基本になっている。けっきょく、うまくいかないことが多いという自虐である。明るく陽気にいきましょうと歌うが、元気なく歌う。自虐感をさらに強める。ここが、同じような路線だが「ゆってぃ」がちっちゃいことは気にするなと笑い飛ばすのとは対照的だ。

 この芸人さんは、あまりテレビには出ない方がよさそうだ。ネタで笑わせるタイプだから、新しいネタが切れ出すと苦しい。少し顔を売って、あとは寄席でコツコツやるのがよさそうだが、それも思い通りにはならないものだ。

2010年7月13日 (火)

メジャーへ行くなら旬のうちに

 最近日本のプロ野球からメジャーリーグに移籍する選手が多くなった。しかし国内同様に活躍できる選手は一部であり、なかには国内の成績も不十分なまま挑戦する選手もいる。かつてM投手はポスティングシステムを使ってメジャー行きを狙ったが、二度続けて応札がなく断念せざるをえなかった。本人が選択したのか、誰かが勧めたのか分からないが、行くにしても他に方法がなかったのか疑問に思う。しかし、それにしても力不足ではなかったかと思われる。
 さて、有力選手が移籍する場合でも、力がまだまだ伸びる時期もしくは一番充実した時期に行くこともあるし、やや力が落ちかけた時期に行く場合もある。どちらも本人の意志だからとやかく言うことはないが、できれば、選手としての旬の時期に行ってもらいたい。最高の時期に最高の舞台でどれだけ通用するか、ファンも見たいのである。野茂英雄は球団との確執があったため早くにアメリカに渡ることができた。国内では1イニングあたり1.5個を超える三振奪取を記録していたので、多少落ちるにしてもメジャーでの活躍は期待できた。イチローも早くから活躍したために渡米時期が早まり、今日の実績を築くことができた。イチローの活躍も疑う者はいなかった。この二人が成功例として双璧であろう。同じような例として松坂大輔があるが、最近は故障がちで足踏みしている。
 一方やや遅れて挑戦した選手もいる。横浜からマリナーズに行って活躍した佐々木投手は移籍当時32歳になっており、向こうで活躍できたのは実質3年間であった。非常に立派な成績ではあるが、やはり長くは活躍できない。佐々木投手の場合は実力があったので結果的に成功を収めたわけだが、最後を燃え尽きるために行こうという考えではいい成績を収めることが難しそうである。ただし、例外もあるようで、ことしメジャーに渡った高橋尚成投手はここまでいい投球をしている。35歳はかなり高齢だが、向こうの打者に合わせて投球を変えているのだと思う。日本では力に頼りがちな投手も、向こうではさすがに通用しないと悟り、動くボールを中心に組み立てる。それが吉と出る場合があるようだ。
 最後に、日本に復帰するケースも増えてきたが成績は芳しくない。日本のレベルも上がっており、なめてはいけない。また、改めてモチベーションを上げるのも容易ではなさそうだ。

2010年7月12日 (月)

久しぶりにカラオケボックスへ

 午後4時前に参院選の投票に行ったあと、久々に二番目の息子とカラオケボックスに行ってきた。受付で少し待たされたが、その間に客の出入りを見ていたら結構高齢の人も多い。中年夫婦がいて、中年男性一人で来ている例もあった。
 息子はグレイを中心に最近の歌を歌う。私は演歌を中心に古い歌ばかりだ。歌うことを目的に来るなら二人がよい。相手が歌っている間に選曲を行い、喉を休める。三人以上になると、聞いている時間が長くなる。みなさんご承知のように、聴けるほど上手に歌える人は素人にはあまりいない。だいたい他人の歌は聞いていないことが多い。とは言っても、歌うことが目的ではなく、親睦が目的なら話は別である。町内会の催しなら、他の人の歌も聞いて、お上手ですねと声をかけて盛り上げなければならない。
 息子が歌っている最近の歌には世代のギャップを感じる。歌の内容は身近な生活や感情を歌ったもので、私から見れば平板に聞こえる。はっきり覚えていないが、春が来て夏になり秋が過ぎて冬になる、それでいいじゃないかという歌があった。そんなことは言わなくても分かっている。そうやって確実に時間が過ぎ、自分が変わっていっていることをどう捉えるのか、どう生きるのかが大事なのじゃないかと言いたくなる。確実に夢は小さくなっている。貧しくても二人で生きていけば幸せだと言いきれるほど男と女の関係も強固ではなくなってしまった。
 私は十数曲歌った。最初は全然声が出なかったが、五六曲歌うと調子が出てきた。昔取った杵柄というのだろうか、若いころは頻繁に歌っていたので、その名残だろう。結構歌えた曲は、森昌子の「北寒港」、西島三重子の「池上線」、藤田絵美子の「さよならさざんか」、朱里エイコの「白い小鳩」、山川豊の「アメリカ橋」などだった。大半が女性の歌だ。男性の歌はキーが高いので声が出しきれないのだ。渥美二郎の「夢追い酒」が好きで歌ったが、さびの部分が高くて出ない。歌い込めば出るようになるだろうが、そんなにたびたび行くこともないから難しい。せめて月に一度は行きたい。二人で2時間いても2千円足らずなので、比較的安く上がる娯楽である。

2010年7月11日 (日)

やはり普天間は忘れ去られてしまった

 選挙速報は早々に見るのをやめてしまった。票が開く前からおおよその結果が分かってしまうので面白くなくなってしまった。民主党が退潮したとはいえ、大半の議席は民主と自民が取ってしまい、民主の減った部分がみんなの党に流れた格好だ。結果からみれば、普天間の問題はなんら反映されなかったと言える。
 普天間に一番熱心に見えた社民党は伸びず、共産党も同様だった。政権を取るとらないは別にして、前政権と現政権への強烈な批判票としての選択はありえたのだが、そうはなっていない。私は、今回の国民の選択を「叱責」できるほど偉くはないし、実際に影響力も持たない。こうやってブログで吠えてみるぐらいのことしかできない。

 沖縄県民の苦痛を和らげるために、少しぐらい自分の暮し向きが悪くなっても、敢えてそれを忍従しようという覚悟は日本国民にありえないのか。そういうのを本物の民族精神というのではないのか。日本に魯迅はいないのか。

おふくろ食堂のこと

 学生時代に、キャンパス近くのおふくろ食堂でアルバイトをさせてもらった。今国立民族学博物館で研究を続けているS君の紹介だった。夕方5時から8時半までで、週3回ぐらい働いた。主に皿洗いで、慣れてきたらウエイターもやった。7時半ぐらいになると片付け始め、8時に店を閉める。そして片付け終えたら皆で夕食をとる。腹をすかせた学生にとって、ここで腹いっぱい飯が食えるというのはお金以上に価値があった。
 アルバイトは学生だけではなく、近所のご婦人(年齢から言えば、老女と言っても失礼ではない方々)も来ていた。あまり会話もなかったが、大雨が降ると神田川が溢れて浸水するので心配だと語っていた。学生の仲間では、文学部のA君とK君がいた。A君は明るい性格で、今はおそらく教師をしているだろう。K君は奈良県の出身で、兄が学生運動の闘士だったらしい。そんな仲間と楽しくやっていた。われわれは店主である奥さんをおふくろさんと呼んでいた。おふくろさんは食堂を始めてから長く、古くから学生を見ており、俳優の加藤剛がよく来ていたと話していた。
 ときどき、この食堂に不似合いな貴婦人が手伝いに来ていたが、この女性は東北の中学を卒業したあとおふくろ食堂に住み込んで働いていた。おふくろさんと親しくしていた学生にこの女性を紹介すると交際が始まり結婚した。当時専務夫人とのことだったが、おくふろさんに向かって私は本当に幸せ者だと語っていたのが記憶に残っている。そんなドラマが昔はあった。
 卒業してからも数回店を訪れ歓待してもらったが、その後店をたたんでしまった。今存命であれば90歳は優に超えている。思い出多き人であり、場所である。

2010年7月10日 (土)

強みは弱みに転化する

  個人を考える場合でも、組織を考える場合でも、その強みと弱みを理解しておくことが大事だ。当然のことながら、弱みを自覚しながら強みを活かして行動することで成長を勝ち取ることができる。強み弱みの分析において、普通は強みと弱みは別の要素として区別して考えている。しかし、よく考えていると強みがそのまま弱みであることがある。
 自分の勤める会社のことはあまりあからさまに書けないので残念だが、他社が持っていない要素があって、それが安定した販売量を確保する武器になっているのだが、同時にそれが固定的なコストとして存在している。コストではあってもバッサリ切れないから弱みにもなってしまうのである。
 個人でも同じ。長所は同時に短所にもなり得る。例えば、器用で何事も一定のレベルで仕上げることは一つの才能であるが、便利屋として重宝されて大成出来ない可能性がある。誰にでも話しかけられることは稀な才能であるが、特定の人間との深い関係の構築を阻害するかもしれない。営業にとって饒舌な性格は武器であるが、かえって信用されない恐れもある。
 しかし、逆に考えてみればよい。すなわち、弱みが強みになることもあるのだ。無口な人間の一言は、饒舌な人間の一言よりも重い。不器用であれば、何かにエネルギーを集中する覚悟ができるかもしれない。何が幸いするかもしれないし、何が災いするかもしれない。社会には、あるいは人生には不確定な要素が強いのである。考え方次第で行動が変わり、行動次第で結果が変わるのである。悲観することはない。

2010年7月 9日 (金)

定数減は本当に必要か

 最近、政党の選挙公約に議員定数の削減を上げることが多くなった。これは行政のスリム化の流れから出てきている。厳密に言えば、議会は立法の機関であり行政機関ではないから、分けて考える必要があるのだが、まず自ら範を示さなければならないという理屈で主張されている。
 しかし、このことが単純に国庫からの支出を減らすという観点だけで捉えてよいのか考えなければならない。確かに議員に支払われる歳費は高すぎるという批判があるが、政治活動にはお金がかかるという弁明も根拠のないことではない。事務所を構えたり、秘書など人も使わなければ事務的な仕事が処理できない。行動範囲が広くなるから交通費などの経費がかかる。そういう事情を踏まえて定額の給与に加えて諸手当が支払われている。もう少し減らしてもよいという議論には反対しないが、鳩山のような財産家ならいざ知らず、少なくともわれわれと同じ給与ではやっていけないだろう。あんなくだらない議員に税金が使われるのは歯がゆいと思う気持ちはわかるが、そうなるのは選ばれた人間の資質の問題であり、選んだ人間の見識の問題でもある。制度自体に大間違いがあるのではない。目を向けるべきは、存在目的の曖昧な行政法人や特定の業者を食わせるために税金が使われている問題であろう。
 問題は定数であった。国民の代表は、各地域から、また各階層から広く選ばれるべきである。定数が減ることにより、その趣旨が損なわれないだろうか。小選挙区制は、階層から代表を送るという考え方を抹殺した。比例代表制を並立させることで最悪の事態を免れたが、少数意見が活かされる道は狭まった。定数減は大政党に有利に働くだろう。大政党の政策が必ずしも国民の利益を代表しているとは限らない。定数を減らすと言うと、なにか立派なことを言っているように受け取りがちだが、中身をよく考えてみよう。一面的な捉え方に発する誤った判断を危惧する。

2010年7月 8日 (木)

人の歴史を知る 

 新聞の教育欄に書いていたが、例えば中学校の教師は生徒が小学校で何を勉強してきたかを知らないという。ましてや、一人ひとりが小学校の課程を、何が分かり何が分からずに通過してきたか知る由もない。そういう状況で、現到達点に合わせた教育が行われるはずはない。
 教壇に立ったことがないので確かなことは言えないが、教科書というものは、それまでのことが理解できているという前提に立っているのではないか。しかし、分数が分からないまま上がってきた子もいれば、九九さえ覚えきれない子もいるに違いない。もちろん、これを教師の責任にすることはできない。基本は、一人で何十人も教えなければならない制度にあるのだろうし、指導のシステムを十分に考えてこなかったからだろう。
 ひとの育ってきた履歴を知ることは指導にとって必要なことだ。あまり細かなことをほじくり出すのはプライバシーにかかわるが、弱み強みを知ることで対応の仕方も高度化できるであろう。

 あまり難しいことは別にしても、基本的なことは誰にでも理解できる。しかし、誰にでもつまずきはある。つまずきに上手く対応できれば、日本の学生の学力はうんと上がるのではないか。素人考えだろうか。

2010年7月 7日 (水)

タイムカプセル

 ときどき、何十年振りかで、かつて地中に埋めたタイムカプセルを掘り返したという話を聞く。しかし、昔は専用の容器などなく、ブリキ缶に詰めて埋めるようなケースが多かった。私の小学校卒業時にもそういう儀式があった。掘り返すと何も出てこない。おおかた、バクテリアによって分解させられたのだろう。何十年という時間はあまりに長い。
 ところでなぜ地中に埋めたがるのだろうか。石器や遺跡を掘り返すのと同じように、時間を隔てた過去の事実を目にすることにロマンを感じるからだろうか。おそらくそういうことだろう。単に資料を残したいなら、倉庫などの冷暗所に保存すればよいのである。学校などの書庫ならば、残る可能性は高い。しっかり内容を明記すれば廃棄する恐れもない。しかし、それだとあまりに現実的すぎて面白くないのだ。
 掘る方も、無くなっている可能性大と分かって掘るのである。ささやかな望みを持ってシャベルに力を込めるのである。

2010年7月 6日 (火)

病は冷えから 体験談

 多くの病気は体の冷えに由来するという説を唱えているお医者さんがいる。彼の詳しい学説を読んだことがないのでその理屈は分からないが、体験的にその説は正しいのではないかと感じている。
 体のだるさや頭痛をしばしば経験するが、そういう体調の変化が体の冷えを伴っていることを近年自覚するようになった。体の冷えは冬場に限ったことではない。夏場でも、窓を開けてうたた寝をしてしまった場合など、知らずのうちに体が冷たくなっている。不思議なことに、暑くて汗をかいているにもかかわらず、冷え切っていることがある。
 そうして、だるさと頭痛が襲う。頭痛は軽くて長時間続くタイプのものだ。休日ならば横になっていればさほど苦痛ではないが、平日の朝に起こった場合は仕事にも差し支える。薬を飲むがすぐには効かず、夕方終業時間近くなって頭がすっきりし、体も楽になってくるから厄介だ。
 一番の治療法は、お風呂にゆっくりつかって体を温めることだ。ほとんどの場合、これですっかり良くなってしまうので、冷えが原因だったという結論にいたる。
 頭痛だけではなく、冷えは他の病気の遠因になる。暑いからと言って、裸でいることは避けた方が良い。裸の大将だってランニングシャツは着ていたではないか。

2010年7月 5日 (月)

争点から消えた普天間

 参院選の投票日が目前に迫っているが、あれほど大騒ぎした沖縄普天間基地の移転問題が話題に上らなくなった。菅政権が米国との合意通りに辺野古への移転を進めるとの方針を明確にしたことにより問題が落着したかのように解釈され、選挙の争点からこぼれおちてしまった。代わって、消費税率の引き上げが話題に上った。菅直人首相が、これまで後景に追いやっていたものを引っ張り出してきたわけだが、これは自民の公約でもあるから区別がつかない。小政党に税率アップ反対の主張はあるが、残念なことにマスコミの露出が少ないので目立たない。
 それではいったい何が争点になっているかと言うと、これまで行ってきた民主党の政策を是とするか否かの評価ではないかと思う。鳩山の失策はあったものの、子ども手当の支給や高速道路の無料化実験などが始まり、事業仕分けも公開して行われた。民主党はこの実績を強調するし、他党は批判する。自民党は、これらの政策は国を滅ぼすものだと言い、自政権下で始めたエコポイント制を経済効果が抜群だったとして自慢する。これを有権者がどう評価するかが争点のように見えている。
 元に戻るが、普天間を忘れては争点の隠ぺいになる。沖縄県民の意志は明確なのであり、それに対し本土の有権者がどういう判断を下すのか。これが争点でなければならないと私は思う。沖縄県民に連帯するなら、民主にも自民にも投票してはならない。米国政府と対立することが国益を損なうとする考え方があるが、それが本当に正しいかどうかよく考えなければならないし、歴史がすべて合理的に動くわけでもない。規定路線で進むしかないと考えるのは、政治そのものを否定することである。

 もう一度、沖縄を考えようじゃないか。

2010年7月 4日 (日)

評論家の信頼性

 評論家といってもいろいろな分野があって,、芸能評論家などは信頼性を求める対象にならないだろう。そもそも芸能人のゴシップなどに確実な情報を求める必要がないからである。
 確かな目による確かな評価を必要とするものがある。政治の評論、文学の評論、音楽や美術など芸術の評論がある。私はそれぞれの分野に関心を持っているが、もちろん得手不得手がある。文学はやや弱く、芸術はかなり弱い。自分なりに解釈して、それで良しとする考え方もあるが、はたして自分の評価がよく分かっている人に近いのか、それとも遠いのかを知りたいと思う欲求がある。それは自分のなかにより確かな目を育てたいという願望の表れであろう。
 政治評論家という人種は総じて信頼しがたい。政治そのものが不確かなことにもよるのであろうが、政治をしっかりした評価軸で捉えることよりも政局論に終始しているように思える。政治の評価には党派性が付きまとうが、右翼左翼という区別よりも、ここでは評価軸の明確性と持続性が重要である。保守なら保守で、ぶれない評論をしていれば、その人の見方を一つの基準にすることができるのである。左翼の評論家も同様である。右左にかかわらず、良質の評論家がいれば、質の悪い評論家もいるのが現実だ。
 文学の評論家といってもあまり馴染みがない。小説は読むけれども、文学評論はほとんど読まないからだ。本の巻末に「解説」が必ず付いていて、そこで出会うことができるが、ある意味おまけのような存在であり、どれだけ真剣に読まれているだろうか。評論家も、商品に対する解説を任されているのだから悪いことを書けないという制約があって微妙な立場だが、一つひとつが勝負の場であるに違いない。より広い深い、そしてオリジナルな座標を構築できれば独自の文学評論の世界を構築することができる。それによって古典でもまた新しい解釈が生れるだろう。この世界の優秀、優良な評論家は文学の領域を飛び越えて社会や歴史に対する見方を披露してくれる。自分の評価の妥当性を確認するために必要な存在となるのである。
 最後に芸術の世界だが、一番疎い世界である。絵でも、有名なものになれば素晴らしいと思えるが、それは先入観のなせる業かもしれない。また、未知の作品をまったく白紙の状態で見たときにも自分なりの評価は可能であるが、好き嫌いの範囲を出ていない。それはそれで一つの楽しみ方なので一向に構わないが、一般的な評価はどうなのか気になるものであり、勢い評論家に頼りたくなる。この分野の評論家を多くは知らないが、その世界の重鎮ともなれば、その一言によって大きく評価が変わる場合がある。
 音楽評論家に吉田秀和という人がいて、本もたくさん出している。この人の評論はかなり影響力があったようで、世界有数のピアニストであるホロヴィッツが初来日した時に、「ひび割れた骨董品」と称して彼を落胆させたらしい。ホロヴィッツは汚名返上のため再来日した。ピアニストの場合、有名なコンクールで入賞することがもっとも分かりやすい指標であるが、権威のある評論家に認められることもその地位を固めることに役立つ。かと言って、評論家に媚を売って回るアーティストもいないだろうが、気になる存在であることは間違いない。

 誰を自分の目を肥やすために使うか。自分の感じ方が、その評論家の座標軸で説明がつくかどうかを試すとよい。おおよそ合っていたら、判断を迷った時にその人の評論を見るのである。

2010年7月 3日 (土)

“「偉くなりたくない」人生観”に疑問

 6月28日付の日本経済新聞に、日本青少年研究所理事長の千石保さんの原稿が載っている。“現代日本 若者の人生観 「偉くなりたくない」顕著”というタイトルである。何気なく読んでいるとなるほどと無意識に思ってしまうのだが、本当にそうかと疑ってかかると別の見方が見えてくる。

 偉くなりたいかの質問に対し、米中韓の若者に比較して日本の若者はそう思わないという回答の比率が目立って高いという。そこから単純に、偉くなりたいという意欲が弱まっていると述べている。同様に、一流大学に入りたいという意欲も米中韓との比較から弱いと結論付けている。
 現象に即して単純に考えるとそういう解釈になるのだが、もう一歩突っ込むと、本当に「偉くなりたくない」のか疑問に思う。ここで言う「偉い」には、地位の高さと収入の多さという二つの意味を含んでいるが、責任を負うことを忌避して偉くなることも望まないのだという説明は肯んじがたい。誰だって偉くなれるものならなりたいのではないか。実は、「偉くなれない」ことを覚ってしまったために、諦めを「偉くなりたくない」という感情に置き換えているだけなのではないか。これが私の見解である。
 これまでも触れてきたようにバブル崩壊後に日本経済の弱さが露呈し、経済停滞のなかで中間層が解体、いわゆる二極化が進んだ。そういう状況で育ってきた世代は、山田昌弘が言ったように、希望を持てる層と持てない層とに分化していく。この持てない層が、偉い人として上昇するイメージを失ったのである。これが、生の現実であり、上昇を諦めた若者は「諦念」を「偉くなりたくない」という意思に転化しているのである。
 
  若者(主として高校生を想定している)が勉強しなくなった理由として、①大学全入時代に入ったことと②一流大学へ入って一流企業に勤めたからといって終身雇用制の揺らぎと経営の不安定化で身分の保障が危うくなったことを上げている。この分析にも疑問がある。①について言うと、一部の層については当てはまっていると考えられる。ほとんど無試験で入れてくれる学校があるのだから、大学と名のつくところであれば良しとする人に勉強を強いる条件がなくなったのである。②については、疑問である。確かに一流企業に勤めることにもリスクを伴うようになったが、二流企業の方がさらにリスクが大きい。比較の問題で言えば実態は変わっていない。採用を絞っていることも加わって、就活における一流企業の倍率は著しく高い。一流企業の採用に当たっては、出身大学による選別も依然として根強くあり、そのことを背景に一流大学を目指す層の競争はなお激しく行われている。ただし、偏差値による序列化が徹底して行われている日本においては、早くから一流大学への進学を諦める傾向がある。希望を失った人に意欲は生まれない。

 実態をよく見なければならない。意識だけ独立して変化することはない。意欲がなくなったからといっても若者に罪はない。万人が満足する社会は困難だが、せめて希望ぐらい持てる社会にしたいものだ。

  

2010年7月 2日 (金)

ギレリス、ポリーニ、リヒテル、アルゲリッチ・・・

 ピアノの演奏に興味を持ち始めて、主にネット経由だが、聴く範囲を広げて行くと新たなピアニストを知ることになる。
 ギレリス、ポリーニなんて名前も聞いたことがなかった。リヒテルとアルゲリッチは、ああ聞いたことはあるなという感じ。そういえば、リヒテルの顔は教科書か雑誌だかに載っていた気がする。すごく印象に残る顔だ。
 ギレリス・・・巧そう。ポリーニ・・・繊細だな。リヒテル・・・大胆な感じ。アルゲリッチ・・・よく分からないが、鋭い。こんな感想を持った。どの人が一番とか、そういう評価はできない。私の場合は、アシュケナージ、キーシン、ホロヴィッツという順番で聞いてしまったのでその3人があまりに印象に残ってしまっている。人間、この人がいいと思ってしまうと、それが頭から離れなくなる。おそらくもっと聞いていくとまた理解のレベルが上がって、聴き分けが出来るようになるのだろう。今は分からないから、思い込みや単純な好みで評価しているに違いない。これは、そういう段階なのだから仕方のないことである。
 違った見方が出来てきたらまた書くことにしたい。

2010年7月 1日 (木)

持ち家か借家か これからの選択

 日本人の持ち家志向は強い。親から家屋敷を譲り受けた場合は別だが、親から独立した時に借家からスタートしても、いずれ自分の家を持ちたいという欲求が強い。都市部においては、江戸時代からそうであったように借家住まいが多かったはずだ。戦後の映画を見るとそういう境遇の人が多く描かれている。それが、次第に自分の住まいを手に入れていく。労働者は高度成長で所得が上昇し購買力を持った。それを当てにした住宅メーカーが洋風の家をPRして豊かさに追い立てていく。政府も税の優遇策を講じて、それを支援した。こうやって誰もが持ち家を手に入れることが当たり前に思うように政策的に演出されたのである。逆に、公的な賃貸住宅を安く供給する政策をとっていたらまた違った傾向が生れたのかもしれない。
 家はあわてて購入するものではない。持ち家は人生の自由度を減退させる。ある意味、保守的傾向の表れではないだろうか。意に反して現実はこれまでになく流動的である。借家ならいつでも転居が可能だ。転職・転勤や子どもの学校選びなども選択肢が広がる。しかし、持ち家だと簡単にはいかない。売却するにしても、しばらく人に貸すにしても煩雑な手続きが必要になる。また、日本の住居は中古になると急に資産価値が低下してしまう。売ってしまうと大きなロスを生じるのだ。地価が上昇している時代はまだよかったが、今後は期待できない。
 これからは都市部における生活は、借家で気楽にいくのが良いだろう。たまたま好条件の物件があれば考えればよいだろうが、自分から求めない方がよさそうだ。時代が変わったのだから、それに応じてライフスタイルも変えなくてはならない。子どもたちには、そういうことも伝えていきたい。

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