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2010年6月28日 (月)

昭和歌謡史振り返り

 最近の歌はほとんど聞かない。今もって聞くのは昭和の歌だ。小学生の時代の流行歌やそれ以前の歌が多い。民放での歌番組が多かったし、紅白歌合戦でそれ以前の流行歌を聞くことができた。いい歌は数多くあったのは言うまでもないが、そのなかには時代を象徴する傑作が含まれている。もちろん、流行歌に対する評価は好き嫌いの範疇を出ないものであり、普遍化して論ずることはできない。自分の価値観や感性に基づいた主観的な評価になることを承知で、勝手に述べたい。
 やはり素朴な歌がいい。生活する人びとをストレートに歌った歌は今はないように思う。たとえば、三波春夫の「ちゃんちきおけさ」だが、野路裏の屋台で知らない者同士が小皿をたたきながら歌うなどというのは今は詞にすることができない。そういう大衆の在り方自体が変質しているのかもしれないが、生活感をストレートに出すことに抵抗がなく、受けても好意的に捉えるという作り手と受け手の関係が素晴らしいと思う。
 最高傑作は、春日八郎が歌った「山の吊り橋」である。単純な歌である。山の吊り橋を渡る三人の村人の姿を詞にしているが、それぞれの人生が短い詞に織り込まれている。よくよく考えれば、そんな境遇の人は日本全国にたくさんいるわけではないのだが、共感を覚えてしまうのはなぜだろうか。吊り橋の風景も、そんな山のなかに住んだこともないのに目に浮かんでしまう。日本の原風景とか、日本人の原型とか、そういったものがどこかにあるのだろうか。それはひとまず置くとしても、この曲を戦後歌謡史のナンバーワンとして推したいのである。
 ちなみに、最悪の例も上げておこう。五木ひろしの「契り」である。これほど大衆の心情から離れた詩はない。抽象的で、一部の特殊な感覚をもったインテリ層にしか届かないものだろう。ピンクレディーの歌なら害はないだろうが、こういう詞を書いた阿久悠に懐疑的にならざるをえない。

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