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2010年6月 3日 (木)

人を信用できない社会に 宅配便の事情より

 屋外にも商業ビルやマンションなどの建物の屋内にも監視カメラが数多く設置されている。これに残った映像によって犯罪者の逮捕に至るケースがあるので、一概に無用の長物とは言えないけれども、善良な市民であっても勝手に自分の姿を見られたくないという意識や意思はあり、その設置について賛否両論あるようだ。最近では、それによって安全を守ることができるならば、ある程度のものは仕方がないと思う人が増えているのではないかと思われる。
 人が同じ土地に長く定着して住むことが時代とともに減少してきている。封建時代は生れてから死ぬまで同じ村で過ごすことも普通のことだったろう。それが工業商業の近代的な発達につれて労働者として都市部に移動した。その後、人の流動性はますます高まって、また職住分離によって地域の住民同士の結びつきが弱まっていった。

 ところで、先日聞いた話だが、宅配便の会社が、昼間の配達員に女性を採用することにより効率が上がったそうだ。なぜならば、昼間は女性しか在宅していない場合が多く、男性の配達員では怖がって居留守を使い、荷物を受け取らないらしいのだ。それが女性だと警戒を解いて、玄関まで出てくるそうだ。
 これが現実であろう。配達員を装った犯罪が少なからず発生しているのも事実で、そういう意味では、過敏になっている人を責めることはできない。運送会社も何度も配達に回るのは効率が悪く大変だが、先ほど上げたように女性が配るとか、地域ごとに配達員を固定して住民に顔を覚えてもらうとか、そういった工夫も必要になってくる。訪問販売などはもうほとんど不可能になっているのではないだろうか。安易にドアを開けなくなっているし、欲しいものがあれば通販・ネット販売で手に入るようになっている。

 宅配便の配送に関わる工夫から、少し考えてみた。

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