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2010年6月15日 (火)

経営者の凄み トップはどこが違うか

 経営トップという立場は特別なものである。重責を抱えて、常に緊張し、苦闘する存在である。経営の問題に対し、トップの判断は文字通り最終のものであり、他に持って行き場のないものである。
 経営者の判断のあの「冴え」はどこから来るのかといえば、最終で最大の責任を負っている立場に由来するのである。要は、経営にとって最善の選択に向かって、本当にこれでよいかという突き詰めが出来ている。極めて明確で、合理的で、揺るぎない思考である。よく経営に関する数字の間違いをトップはいとも簡単に見つけるには理由があると聞くが、その答えはここにある。
 トップの経営における迫力にはとても追随できない。たとえば、新幹線に乗ればさっそく書類を取り出し目を通し始める。お供する私などは、うとうと眠ってしまうか、文庫本か新書本を読んでいるのが関の山である。コンサルタントの山崎将志さんが書いていたが、京都駅から乗ってきた日本電産社長の永守さん(実名は書いていなかったが情報からすればこの人)は、席に着くやいなやパソコンを広げて仕事を始め、名古屋駅に近づいても終える様子がないため東京まで行くのかと思いきや、停車直前になって急にパソコンをたたんで急いで下りて行ったとのこと。大企業を背負うトップの姿勢に感心しきりであった。
 世の中には、もっと気楽な経営者もいないことはないだろうが、少なくとも一流企業の創業者にお気楽な人はいない。創業期、(危機の時代)、成長期、安定期と変遷の過程があり、それぞれに課題に違いはあっても、社員を引っ張って奮闘するトップの姿に変わりはない。残念ながら、このことをよく理解している人は少ないのである。 

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