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2010年6月27日 (日)

ずぶの素人ですが・・・ピアノの演奏家について

 わざわざCDを買い集めるほどのクラシックファンではないが、時々インターネットで聴かせてもらっている。今日はピアノの演奏について。
 世界には新旧合わせて膨大な数のピアニストがいるのだろうが、私は多くを知らない。評論家の吉田秀和さんが「世界のピアニスト」という本を出しているが、そのなかで知っていたのはただ一人アシュケナージのみであった。だから何も偉そうなことを書くつもりはないし、書けないのであるが、そんなずぶの素人の私にも好き嫌いがあるので、そのことを書きたいだけである。
 日本人にもたくさんの優秀な演奏家がいるに違いないが、最近話題になった辻井伸行さんと古くから知られている中村紘子さんぐらいしか知らない。関心は自ずと世界の演奏家に向かってしまうが、それはネットで聴けるコンテンツが多いからという理由とクラシックは欧州が本場という先入観によるものだろう。
 ブーニンは一時若き天才としてもてはやされ、テレビでも紹介されていたので知っている。かれの演奏を聴いていると素人の私でも上手いと思う。しかし、上手さに比例して聴く側の感動が大きくなるわけではない。他の芸術でも同じようなことがある。素人が言うので、的外れかもしれないが、ブーニンはその一例のように思う。一方で、ものすごく魅力的に響くのがキーシンである。なかでも、リストの「スペイン狂詩曲」がよい。ネットで調べたら目立った受賞歴はないとあったが、音そのものも、指の動きも、そして表情にもそれぞれ色気を感じる。これが私の感じ方である。世界にはもっと有名で、もっと上手いピアニストがいるのかもしれない。キーシンよりもブーニンの方が評価が高いかもしれない。そういう事情を追々知っていくのも大事なことだが、その時々で世間の評価とは無関係に自分で感じ取ることが最も意味のあることである。こういうものは、先入観にとらわれず、素直に聞けばいい。そのうえで、より多くのものに感動できる感性であったなら、それは素晴らしいことである。屁理屈をつけて聴くより、よほど質の高い聴き方である。(私は相当理屈っぽいが・・・)
 少しずつ聴く範囲を広げていくと、また新しい演奏家に出会える。先週はホロヴィッツを知った。独特の弾き方である。指を伸ばして鍵盤をたたきつける。音はピアノの下の方からゴンゴン響いてくる感じだ。これが一部には不評らしい。逆にこれがいいという人もいる。評価は割れている。それはそれで個性なのだから、嫌いな人にまで好きになってもらう必要はないのだ。ちなみに同じ曲をキーシンで聴くと音はよりきれいだった。

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