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2010年6月26日 (土)

ああ忠臣蔵

 日本人は忠臣蔵が好きだと言われる。映画やドラマがこれだけの本数制作されているということは大衆の支持を集めていることの証左であろう。ここでは、日本人が忠臣蔵を好む理由を明らかにしたいわけではない。それはそれで面白いテーマであるが、それに答えるだけの資料がない。ひとつだけ言っておくと、日本人に忠臣蔵で語られている義士の行動に共感する価値観が元々備わっていたということも否定できないが、一方で、古くは歌舞伎で演じられ、本で読まれ、その後映画やドラマで放映されることで、さらに根深く定着していったという側面も、負けず劣らず強いのではないかということだ。
 
 さて、松の廊下の刃傷沙汰から吉良亭への討ち入りまで、あるいは義士の処分までのストーリーに何の疑問も持たずに見てしまうことが多いように思うが、はたしてどうか。吉良上野介はそんなに悪いやつか。浅野を苛めていたといっても、城内の掟を破ってまで斬りつけられる程度のものであったか疑わしい。浅野も非常に気が短かったという説もある。殿中で刀を抜いたのだから、言い分を聞かれずすぐさま切腹を命じられたのは無念だろうが、裁かれるのは当然である。吉良は刀を抜いて応戦したのではないから喧嘩両成敗という裁きも成り立たない。また、赤穂の浪士たちが仇討ちと称して吉良亭に押し掛けたのも、吉良が浅野を傷つけたわけではないのだから矛盾している。向かうなら徳川綱吉のところではないか。
 討ち入り後、世論に配慮して吉良も改易したが、それも法に従えばおかしい。私は何も吉良をかばおうとしているのではない。ただ、当たり前だと思っていることも、改めて考えてみると疑問に思える点がたくさん出てくるのである。史実が、相当な脚色を加えられて話として定着し、それに対する評価も定着してしまう。それを誰も疑問に思わない。大変怖いことである。

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