« 喜んで捨てる | トップページ | 持ち家か借家か これからの選択 »

2010年6月30日 (水)

プライドについて

 プライドは持つべきである。志を持った人にはプライドは必須のものであると言える。しかしプライドといってもその中身には様々あるのではないだろうか。
 きみの仕事は駄目だね、と欠点を突かれたらどう反応するだろうか。いや、そんなことはない。私の仕事に間違いはないとしてその指摘を退けるだろうか。こういう誇りの持ち方をプライドというか。逆に、指摘を謙虚に受け止め、まだまだ至らぬところがあるから改めよう。私の力はこんなものではなく、もっと伸びるのだから人の言うことは素直に聞こうという受けとめ方もある。これもプライドの持ち方の一つの形である。後者がより高きプライドである。自分自身を決して小さくしてしまわない精神の構造である。
 勤め先の社員を見ていると、少数であるが、自分を出来る人だと思い込んでいる。周りの評価とのずれが大きい。どこにも、自己評価と周囲との評価が著しくずれている人はいるものだ。これは聞いた話だが、ある営業所の所長は自分の営業所は自分で持っていると思っていた。しかし、所員の認識は全く逆で、所長こそがガンであると思っていた。ここまではっきりしてしまうと答えは出しやすい。所長に辞めてもらうか、交代させるしかない。
 これは極端な例だが、できると思い込んでいる例は少なくない。しかし、できると思い込んだ瞬間に転落は始まる。目標と現状認識にギャップがなければ人は成長しない。目標を高く持ち、現状との差をはっきり認識できる人が伸びる人であり、本当のプライドを持っている人である。

« 喜んで捨てる | トップページ | 持ち家か借家か これからの選択 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 喜んで捨てる | トップページ | 持ち家か借家か これからの選択 »