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2010年6月 4日 (金)

エコノミックアニマル

 久しぶりにエコノミックアニマルという言葉を思い出した。経済的な利益ばかり追求する日本イメージが強く、それを揶揄する意味合いで使われていた。日本の経済成長に対する警戒感の表明でもあったとも解釈できる。今日それが聞かれなくなったのは、後発の国が急成長を遂げて日本の活動が後景に追いやられたからだろう。

 さて、なぜ日本は経済的な面ばかりが目立つ国になったのだろうか。日本は戦後処理の過程で、アメリカと同盟を組むと同時に基地を沖縄に押し付けることで「政治を捨てて」きた。決して日本が国際政治というものから自由であったわけではないが、目立たないポジションに身を隠していたことは事実であろう。そのポジションを利用して、経済に資源と国民の意識を集中させて成長を遂げたのである。しかし、そこには沖縄の犠牲があった。本土は政治を意識しなくても沖縄という土地は非常に政治的な場所であり続けたのである。
 時代が移り、東西の冷戦構造が消滅してグローバル化が進むと、いつまでも都合のよいポジションにいられなくなった。国際社会において政治的な役割が要求されるようになった。自衛隊の性格が変化していく様を見るとそのことがよく分かる。とはいえ、そういう要求を丸呑みしなければならないわけではない。日本には日本のポリシーがあってよい。それは通すべきだが、通すためには外交が必要になる。ところが、明確な戦略をもって外交に当たっているようには見えない。ポリシーがないうえに外交下手とあっては漂泊するしか道はないではないか。

 政治がないという意味では、日本人はいまだにエコノミックアニマルである。

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