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2010年6月の投稿

2010年6月30日 (水)

プライドについて

 プライドは持つべきである。志を持った人にはプライドは必須のものであると言える。しかしプライドといってもその中身には様々あるのではないだろうか。
 きみの仕事は駄目だね、と欠点を突かれたらどう反応するだろうか。いや、そんなことはない。私の仕事に間違いはないとしてその指摘を退けるだろうか。こういう誇りの持ち方をプライドというか。逆に、指摘を謙虚に受け止め、まだまだ至らぬところがあるから改めよう。私の力はこんなものではなく、もっと伸びるのだから人の言うことは素直に聞こうという受けとめ方もある。これもプライドの持ち方の一つの形である。後者がより高きプライドである。自分自身を決して小さくしてしまわない精神の構造である。
 勤め先の社員を見ていると、少数であるが、自分を出来る人だと思い込んでいる。周りの評価とのずれが大きい。どこにも、自己評価と周囲との評価が著しくずれている人はいるものだ。これは聞いた話だが、ある営業所の所長は自分の営業所は自分で持っていると思っていた。しかし、所員の認識は全く逆で、所長こそがガンであると思っていた。ここまではっきりしてしまうと答えは出しやすい。所長に辞めてもらうか、交代させるしかない。
 これは極端な例だが、できると思い込んでいる例は少なくない。しかし、できると思い込んだ瞬間に転落は始まる。目標と現状認識にギャップがなければ人は成長しない。目標を高く持ち、現状との差をはっきり認識できる人が伸びる人であり、本当のプライドを持っている人である。

2010年6月29日 (火)

喜んで捨てる

 北原ミレイの歌に「捨てるものがあるうちはいい」というのがあった。すごいタイトルだ。捨てるものがなくなったら、どこへ行くのだろうか。

 「捨てる」ことは難しい。欲が邪魔をするからである。見返りを求めて何かを手放すことを「捨てる」とは言わない。あくまで無償の行為でなければならない。
 「喜捨」という言葉がある。辞書を引くと、「進んで寺社、僧や貧者に金品を寄付すること。」とある。狭い意味で使われるようだが、広く解釈すれば「見返りを求めず、進んで捨てること」という意味に理解できる。この喜捨の精神が、今後の社会にとって欠かすことのできない精神になると思うのである。
 もう十年以上も前になるが、勤めている会社のお得意先招待会で、黄檗宗総本山の萬福寺まで足を運び、オーナーの方々とお寺で説法を聞いた。高僧の講話の中身はほとんど忘れてしまったが、ポイントは「捨てる」ことの勧めだった。商売を生業としている人達に、金を儲けることばかり考えずにたまには捨てないといけませんよという話だった。とはいえ、説教臭い言い方ではなく、面白おかしく話すので大笑いしながら聞いたのを覚えている。この宗派に限らず、日本の仏教は古くから欲を捨てることを説き、それが一定大衆のなかに浸透していたのではないかと思われる。
 昔は、生活の場として共同体が存在していた。そこでは生きるために互助の行為が必須であった。否応なくそうせざるをえない面が強かったのだが、それを精神面で支えたのが喜捨の考え方ではなかったか。これに対し現在はどうか。より多くのものを手に入れることが重要と考え、他人よりもまず自分優先になっていないだろうか。もちろん、一人ひとりが生活のために多く稼ごうと自助努力することは大事だし、社会としても経済の発展を望むのは自然なことである。しかし、それが唯一の価値であり、目標であったならば、返って日本の国はもたないし、世界の存続もあやしくなるのではないか。私はそう思う。
 最近はお寺さんとの付き合いもなくなり、説教を聞く機会がなくなった。もっとも、僧侶の方も仕事がビジネス化して説教をしなくなったという事情もあるだろう。(とはいえ、なかには真面目に活動している人も知っているので、全く期待できないわけではない。)学校では、特に公立の学校では、喜捨の精神を語ってくれる教育は施されない。道徳教育をやれとは言わない。いや、やらない方がいいだろう。では、どこでその精神は普及させられるのだろうか。そう思っている人がやるしかない。

 喜捨は無償の行為だと言った。それが大前提である。しかし、結果的に言えば、捨てる行為にはお返しがあるものだ。捨てる行為は、「贈与」という言葉に近い。「贈与」があって初めて、それに対する「返礼」がある。売買、交換とは違った人間同士の関係の仕方が、社会の土台・原理として成長していくことがわれわれの存続の条件に間違いなくなっていくであろうというのが、私の主張である。

2010年6月28日 (月)

昭和歌謡史振り返り

 最近の歌はほとんど聞かない。今もって聞くのは昭和の歌だ。小学生の時代の流行歌やそれ以前の歌が多い。民放での歌番組が多かったし、紅白歌合戦でそれ以前の流行歌を聞くことができた。いい歌は数多くあったのは言うまでもないが、そのなかには時代を象徴する傑作が含まれている。もちろん、流行歌に対する評価は好き嫌いの範疇を出ないものであり、普遍化して論ずることはできない。自分の価値観や感性に基づいた主観的な評価になることを承知で、勝手に述べたい。
 やはり素朴な歌がいい。生活する人びとをストレートに歌った歌は今はないように思う。たとえば、三波春夫の「ちゃんちきおけさ」だが、野路裏の屋台で知らない者同士が小皿をたたきながら歌うなどというのは今は詞にすることができない。そういう大衆の在り方自体が変質しているのかもしれないが、生活感をストレートに出すことに抵抗がなく、受けても好意的に捉えるという作り手と受け手の関係が素晴らしいと思う。
 最高傑作は、春日八郎が歌った「山の吊り橋」である。単純な歌である。山の吊り橋を渡る三人の村人の姿を詞にしているが、それぞれの人生が短い詞に織り込まれている。よくよく考えれば、そんな境遇の人は日本全国にたくさんいるわけではないのだが、共感を覚えてしまうのはなぜだろうか。吊り橋の風景も、そんな山のなかに住んだこともないのに目に浮かんでしまう。日本の原風景とか、日本人の原型とか、そういったものがどこかにあるのだろうか。それはひとまず置くとしても、この曲を戦後歌謡史のナンバーワンとして推したいのである。
 ちなみに、最悪の例も上げておこう。五木ひろしの「契り」である。これほど大衆の心情から離れた詩はない。抽象的で、一部の特殊な感覚をもったインテリ層にしか届かないものだろう。ピンクレディーの歌なら害はないだろうが、こういう詞を書いた阿久悠に懐疑的にならざるをえない。

2010年6月27日 (日)

ずぶの素人ですが・・・ピアノの演奏家について

 わざわざCDを買い集めるほどのクラシックファンではないが、時々インターネットで聴かせてもらっている。今日はピアノの演奏について。
 世界には新旧合わせて膨大な数のピアニストがいるのだろうが、私は多くを知らない。評論家の吉田秀和さんが「世界のピアニスト」という本を出しているが、そのなかで知っていたのはただ一人アシュケナージのみであった。だから何も偉そうなことを書くつもりはないし、書けないのであるが、そんなずぶの素人の私にも好き嫌いがあるので、そのことを書きたいだけである。
 日本人にもたくさんの優秀な演奏家がいるに違いないが、最近話題になった辻井伸行さんと古くから知られている中村紘子さんぐらいしか知らない。関心は自ずと世界の演奏家に向かってしまうが、それはネットで聴けるコンテンツが多いからという理由とクラシックは欧州が本場という先入観によるものだろう。
 ブーニンは一時若き天才としてもてはやされ、テレビでも紹介されていたので知っている。かれの演奏を聴いていると素人の私でも上手いと思う。しかし、上手さに比例して聴く側の感動が大きくなるわけではない。他の芸術でも同じようなことがある。素人が言うので、的外れかもしれないが、ブーニンはその一例のように思う。一方で、ものすごく魅力的に響くのがキーシンである。なかでも、リストの「スペイン狂詩曲」がよい。ネットで調べたら目立った受賞歴はないとあったが、音そのものも、指の動きも、そして表情にもそれぞれ色気を感じる。これが私の感じ方である。世界にはもっと有名で、もっと上手いピアニストがいるのかもしれない。キーシンよりもブーニンの方が評価が高いかもしれない。そういう事情を追々知っていくのも大事なことだが、その時々で世間の評価とは無関係に自分で感じ取ることが最も意味のあることである。こういうものは、先入観にとらわれず、素直に聞けばいい。そのうえで、より多くのものに感動できる感性であったなら、それは素晴らしいことである。屁理屈をつけて聴くより、よほど質の高い聴き方である。(私は相当理屈っぽいが・・・)
 少しずつ聴く範囲を広げていくと、また新しい演奏家に出会える。先週はホロヴィッツを知った。独特の弾き方である。指を伸ばして鍵盤をたたきつける。音はピアノの下の方からゴンゴン響いてくる感じだ。これが一部には不評らしい。逆にこれがいいという人もいる。評価は割れている。それはそれで個性なのだから、嫌いな人にまで好きになってもらう必要はないのだ。ちなみに同じ曲をキーシンで聴くと音はよりきれいだった。

2010年6月26日 (土)

ああ忠臣蔵

 日本人は忠臣蔵が好きだと言われる。映画やドラマがこれだけの本数制作されているということは大衆の支持を集めていることの証左であろう。ここでは、日本人が忠臣蔵を好む理由を明らかにしたいわけではない。それはそれで面白いテーマであるが、それに答えるだけの資料がない。ひとつだけ言っておくと、日本人に忠臣蔵で語られている義士の行動に共感する価値観が元々備わっていたということも否定できないが、一方で、古くは歌舞伎で演じられ、本で読まれ、その後映画やドラマで放映されることで、さらに根深く定着していったという側面も、負けず劣らず強いのではないかということだ。
 
 さて、松の廊下の刃傷沙汰から吉良亭への討ち入りまで、あるいは義士の処分までのストーリーに何の疑問も持たずに見てしまうことが多いように思うが、はたしてどうか。吉良上野介はそんなに悪いやつか。浅野を苛めていたといっても、城内の掟を破ってまで斬りつけられる程度のものであったか疑わしい。浅野も非常に気が短かったという説もある。殿中で刀を抜いたのだから、言い分を聞かれずすぐさま切腹を命じられたのは無念だろうが、裁かれるのは当然である。吉良は刀を抜いて応戦したのではないから喧嘩両成敗という裁きも成り立たない。また、赤穂の浪士たちが仇討ちと称して吉良亭に押し掛けたのも、吉良が浅野を傷つけたわけではないのだから矛盾している。向かうなら徳川綱吉のところではないか。
 討ち入り後、世論に配慮して吉良も改易したが、それも法に従えばおかしい。私は何も吉良をかばおうとしているのではない。ただ、当たり前だと思っていることも、改めて考えてみると疑問に思える点がたくさん出てくるのである。史実が、相当な脚色を加えられて話として定着し、それに対する評価も定着してしまう。それを誰も疑問に思わない。大変怖いことである。

2010年6月25日 (金)

投げる

 「投げる」という動作は日常生活のなかではほどんど経験しない。スポーツの領域にある動作だと言ってよいだろう。

 石川県の星陵高校から中日ドラゴンズに進んで活躍した小松辰夫投手は、海岸で石を投げて肩を鍛えたという逸話を持っていた。野球選手にとって肩の強さは、足の速さと並んで不可欠の要素である。しかし、単に地肩の強さだけでは通用しない。回転の悪い投球は失速する。イチローのライトから3塁へのレーザービームは素晴らしく伸びがいい。投手も同様で、全盛期の鈴木孝政や遠藤、現役では藤川の球は球速では測れない威力があった。
 話は変わるが、やり投げで世界記録を持つゼレゾフスキーは野球のボールを135m投げたそうだ。肘を伸ばしたやり投げ独特のフォームでもって。メジャーリーグに誘われたらしいが、さすがに話はまとまらなかった。入っても使いものにならなかったに違いない。そういえば、100mで日本記録を作った飯島秀雄がロッテに入団し、主に代走で出場したが話題作りに終わった。単一の動作でナンバーワンであっても野球のように複数の能力の組み合わせで結果を出す競技には適応できないのである。
 単純に投げるスポーツでは、先ほどのやり投げのほかに砲丸投げ、ハンマー投げと円盤投げがある。砲丸投げ以外は一般人の一生経験することがないスポーツである。競技人口が少なく、適性を見抜いて育成に力を入れたら世界で戦える選手を生み出すことができるだろう。ただし、こんな地味な世界に自分の生きる道を見出す若者がいるかどうかであるが。
 
 

2010年6月24日 (木)

法人税は小さいほうがよいのか 減税キャンペーンに思う

 菅直人首相が、法人税率の引き下げと消費税率の引き上げを今後の政策として打ち出している。これに対し、日本経済新聞は好反応を示し、首相に期待する旨を表明している。以前から、税率引き下げに対してキャンペーンを張っていたのだが、上手いタイミングで首相の発言が飛び出したわけだ。
 日本の法人税率は先進各国に比べて高く、それが企業の競争力を殺いでいるというのが主張の根拠である。これまで税として納付していた分を設備投資や研究開発に回せば、製品のコスト抑制や新製品の開発で外国の競合企業に先行することが出来るという思惑である。また海外からの投資を促進する狙いもあるだろう。
 ここでは政策の是非を云々することはせず、前提となる考え方の違いについて触れたい。一方は、「経済成長が大事。経済を引っ張るのは大企業である。大企業が外国資本と戦って利益をもたらしている。大企業を元気にすることで、日本の経済は発展し、国民全体に富が行き渡る。」という考え。他方は、「生活者が大事。一定レベルの生活を保障するのがそもそもの政治の役割。企業は自助努力すべきであるが、同時に社会的責任も果たすべき。税率の引き下げが巡り巡って国民の生活を支える資源を生むことになるのかどうかは当てにならない。」という考えである。
 民主党の考え方はやや後者に重きがあったが、次第に前者に移りつつある。それは自民党の政策に近づいていることを示しており、保守票を取り込みやすくなったと言えるだろう。そういう意味では、民主党が大負けする流れはなくなった。あとは浮動票の行方だが、一時期人気のあった「みんなの党」がどこまで票を集めるか。進歩的な層の浮動票はどこに流れるか。社民や共産にいくらかでも動くのか。そういったところが関心を呼ぶ。

 さて、今日の本論はそういうことではなく、税金を納めるのも企業の役割だということを言いたかったのである。企業はお客さま、世間さまから利益をいただいているのだから、拡大再生産のための資金を残しながらも、税という形で還元することが責任の一つである。だから利益を上げて多く納税できることを誇りとしなければならない。まけてもらおうとか、誤魔化そうとするのは経営の考えることではない。利益を上げられない企業は無策を反省すべきである。

 

2010年6月23日 (水)

歩く

 人にとって最も基本的な動作である。移動するためには歩かなければならない。対照的に、「走る」ことは必ずしも必須の動作ではない。日々の生活を振り返ってみると、青信号が点滅し始めた時に小走りするぐらいで、走ることは滅多にない。これが子どもであれば、体育の授業やクラブ活動で走る機会はたくさんある。これは制度としてあるのだから、やらないわけにはいかない。大人でも健康のためにジョギングする人もいるが、これは自分の意思でやっているのだから必須の行為ではない。「走る」ことを強制されるとすれば、狂った犬が襲ってきたときに逃げるだとか、ひったくりの犯人を追いかけるとかいう極めて非日常的なできごとに限られる。とはいえ、日頃走り慣れない者には無理な行動だ。足がもつれて転倒する姿が目に浮かぶ。
 100kmウォークというイベントがある。一昼夜かけて踏破するのだが、参加した知り合いに聞くと相当厳しいらしい。集団で励まし合いながら歩かないとリタイアすることになる。また、年中行事として長距離歩行が行われる高校もあると聞く。恩田陸さんの「真夜中のピクニック」という小説は、その行事の過程で進行する。歩くこともこれだけの距離になると非日常的な行為となり、思いもよらぬ経験をすることになるのである。
 走ることはできなくとも、歩ければ生活はできる。歩くことができなくなると辛い。腰痛で数日それに近い経験をしたが、脳梗塞などで足が動かなくなったらどうなるだろうか。リハビリを続けて辛うじて杖を頼りに歩ければよいが、車椅子が必要になれば介護者が欲しい。その時に連れ合いが元気でいるとも限らない。こういうことは若いうちには考えなかったことである。
 歩くということは当たり前の動作だと思ってきたが、50を過ぎるとそうでもない現実が迫ってくるのである。やはり健康は大事だ。一日でも長く、普通に歩けるように、無精をせず、歩けるところは歩いて足を老化させないようにしよう。

2010年6月22日 (火)

商店街に生活者を見る

 久しぶりに会社と家の間にある商店街を歩いた。夕方の買い物をする時間帯だったので結構な人通りであった。いつもは自動車が行き交う大通りを歩くのだが、その時には見かけない人達を見て、改めて感じるものがあった。
 まず気が着くのは老人の多さである。圧倒的に多い。親子連れもいるが、昔に比べたら子どもが少ない。いわゆる若者と呼べる世代は、時間帯もあるが皆無だ。それから障害をもつ人達も少なからず見かける。これは、大阪で言えば梅田や難波あたりでは見ない光景である。老人や障害者は住居から数キロメートルの歩ける範囲を生活圏としており、そこからは基本的には出ないのだ。だから同じような境遇の人たち同士では確認できるが、そうでない人達の目には触れないことになる。
 政治は、このような人達から遠い。アメリカや財界には近い。国政が見る範囲ではないというならば、地方に税を配分すべきであろう。私も、とかくマスコミで報じられるマクロ的現象に目が向いがちだが、この点は改めなければならない。身近な生活圏でなにが起こっているのかをもう少し見なければならないと思った。

2010年6月21日 (月)

角界不安 相次ぐ不祥事

 またかという感じで、驚きもしないが、今回の件はこれまでとは違って相撲協会の存立を問うような深刻な問題になっている。

 朝青龍問題、大麻問題と不祥事が続き、そのたびにブログに意見を書いてきた。これまでは個人的な問題で、それに対して厳しい対応がとれない「身内に甘い」体質が問われてきた。これに対し、根本は部屋制度にあるとして、その解体を主張した。少々過激かもしれないが、旧態依然とした体質を変革するためには避けて通れない道だと思うからであった。
 今回の野球賭博問題およびそこに端を発する恐喝問題は、個人的な問題ではなく、協会と暴力団との関係にまで行きつかざるをえない性質のものである。もともと興業を通じて相互依存の関係にあり切っても切れない仲だったのだから、一部の親方の関係を断ちきれなかったという発言も分からないではない。要は、解体して全く異質の組織として再出発しなければ存続は困難なのである。そうすると、親方、年寄たちは既得権を失うことになるが、協会にはこれまで蓄積した資金があるので、その一部を退職金として分配すればよいだろう。そのうえで、志あるならば一定の給料をもらってコーチやスタッフとして残ればよい。
 部屋は解体。力士は個人として選手登録する。寮を設け、稽古はトレーニングセンターで行う。スタッフをそろえ、番付が上がれば専任スタッフをつける。これぐらいやらないと再生は不可能だ。

2010年6月20日 (日)

反ご破算主義 安易にリセットしてはいけない

  「水に流す」という言葉がある。議論を尽くしても、原因を突き詰めても得るものがなければ「流す」判断もあってよかろうが、仕事上の失敗は安易にご破算にしてはならない。なぜ失敗に至ったのか、原因追求して次の機会に備える必要がある。人間は、とかく面倒なことから逃げようとする性向があり、特に近年その傾向が強くなっているのではないか。影響が大きくないからとか、単なる不注意によるものだからという理由で、「まあ、いいか。」と思ってしまう。安易にリセットしてしまうわけだが、そうやっていると重大なミスを引き起こすことになりかねない。それは、個々の業務のやり方に問題を残してしまうことでもあるし、人による仕事の仕方の弱点を温存することでもある。
 性格上淡白な人もおり、それも個性だと言えなくもないが、仕事の質を上げるためには執念深さが欠かせない。日本人は意外に淡白だという説がある。「もうこれぐらいでいいだろう」と、曖昧な決着を図る。過去から教訓を引き出せない理由がそこにある。大野耐一さんがなぜを5回繰り返せと言ったのは、すぐに答えを出したがる性急さを戒めたものであろう。有能な経営者は妥協を許さない。

2010年6月19日 (土)

「該当者なし」 賞の目的を考える

 賞の選定において、「該当者なし」の発表を目にすることがある。賞と言って、一番なじみの深いものは、文学の世界の芥川賞と直木賞だろう。年に2回発表され、けっこうな注目を浴びる。以前に比べれば小説自体が読まれなくなって、賞そのものの値打ちも落ちたように思えるが、それでも小説を書く者にとっては喉から手が出るほど欲しい賞に違いない。そんな重みのある賞においても、いや重みのある賞だからこそ、「該当者」なしとの結論をたびたび出している。141回におよぶ芥川賞の選考において、30回ほどの該当なしが出ているのである。では、そもそも賞を設ける目的はどこにあるのだろうか。
 賞を設けるときに、そう易々とは賞は出さないぞ。選考委員の大半が意見の一致を見るほどの高いレベルでなければ出さないぞ。そのことで賞の権威を高め、高い権威を目指して文学界の水準を上げよう。そういう合意があったのだろうか。逆に、せっかく賞を設けたのだから、多少の不足には目をつむり、敢えて出すことにより文学に励む者を後押しして文学界の発展に寄与しようという考え方もありうる。実際は、賞を与えるには大きくレベルの差があって選ばれていないのかもしれないし、紙一重で選に漏れているのかもしれない。確かなことは言えないが、何度か選評を見る限りでは選ばれた場合でも見解は割れている。ちなみに、石原慎太郎は概して辛い。
 同じ賞でも選者は変わる。おそらく選者の考え方(賞そのものへの考え方と個々の作品への評価の仕方)にバラつきがあって、微妙な調整のうえで決まっているというのが実際のところなのだと思う。だからはっきりした主義があるわけではなかろう。どちらでもいいような話だが、少しこだわっているのは、勤め先での授賞に関して迷ったことがあったからだ。
 会社ではその期によく努力した社員に対して部門ごとに賞を出して、全社規模で催される会議で表彰する。今年もその時期が近づき、選考を行ったが、一部門で最終的に「該当者なし」を出さざるをえなかった。部門長自身が候補者を上げたもののあまり積極的ではなかったし、目立った社員がいないということは上司の責任でもあるわけだから選ぶことは上司の言い訳と取られかねない。加えて、その部門の社員にとってはなぜあの人なのかという疑問も起こるに違いない。そうすると選ぶ理由が曖昧となってしまうので、結局その曖昧さを残さないためにも「なし」との断を下したのである。ただし、賞を出すことが出来なかったのは部門の幹部の責任であることを付記するという条件を付けた。

 「該当者なし」は選ぶ方からしても辛い。できることなら出したい。しかし、出すには根拠・理由が必要なのだ。それなしに大盤振る舞いしていたら、いつか賞は目指すに値しないものに堕してしまう。

2010年6月18日 (金)

クールビズとウォームビズ

 クールビズとウォームビズが全国的に取り組まれることにより、衣料品の消費に大きな変化が起こった。ウォームビズの場合は着こむようになったのだから、金額は小さいけれども幾らかは消費を増やす作用をもった。男性でもズボンの下にタイツを履くようになったり、シャツの上からカーディガンを羽織ったり、膝かけを使ったりするようになった。逆にクールビズは消費を減らす方に大きな影響を持った。
 自分を例に考えてみればよく分かる。まず夏物のスーツを多く持つ必要がなくなった。内勤者はほとんど着る機会を失くした。たまに重要な顧客を訪問したり迎えたり、公式の場に顔を出したりする場合だけに一着あれば事足りる。だから新たに買い足すことは滅多にないのである。また、夏のネクタイは全く必要なくなった。ボタンダウンのシャツで胸元を引き締め、ブレザーを羽織れば失礼でなくなった。
 以上のことで夏物の衣料は、物によって増減あったとしてもトータルでは大きな需要減になったと思われる。しかし、仕事をする側から見れば窮屈さがなくなって有益であるし、エネルギー消費の面からも大きさは別にして有効性は間違いなくあるので続けるべきだし、文化としてすっかり定着したと言える。

2010年6月17日 (木)

目に映る事実からどこまで推測可能か

 徒歩通勤していて以前から少し気になっていることがある。大阪市淀川区の三国方面から新大阪方面に歩いている制服姿の女性たちがいる。何年も前からすれ違う状況が続いており、彼女たちの正体が気になっている。質問すれば分かるだろうが、聞く理由もない。後をつければ分かるだろうが、不審に思われるだろう。
 分かっている事実とそこから導きだされる推論は以下の通りである。
① 黒い制服を着た女性たち
② 年齢は20~25歳ぐらいに思える(まじまじと見ていないからおおよそである。)
③ 朝7時前ぐらいに出会うので、かなり早い
④ 大きな黒いかばんを肩にぶら下げて歩いている
⑤ 時おり日傘をさしている人がいる
⑥ 夜7時ごろに退社すると、出会う時がある
⑦ 間違いなく寮から通学もしくは通勤している
⑧ たまに出会わなくなる時期がある。最近では3月末から4月中旬までの2週間程度。
⑨ そうすると、時期からしても専門学校生である可能性が高い
⑩ 日傘を差す人がいて、茶髪やパーマを当てている人がいないことから考えるとサービス系の職業を目指す専門学校なのではないか
⑪ 三国から新大阪方面に向かっているので、梅田にある学校ではない。梅田ならば阪急電車に乗るのが便利である

 以上から考えると、ホテルマン(ウーマン)を養成する学校ではないかと推測する。最後の決め手はない。制服や鞄に校名が入っていればすぐわかるのだが、それはない。専門学校に詳しい人あるいはたまたまその学校のことを知っている人であればすぐに分かるのだが、情報を持たないと目に入る事実だけでは究明に限度があるということだ。
 これは一つの例えで、情報をたくさん持つことがビジネスの世界でも重要になる。

  最後にもう一つ。始まりはいつの日だったか記憶はないが、数ヶ月前から目に付く放置自動車がある。白のクラウンで、ナンバーは1000番。移動するようにフロントガラスに貼り紙があるが動かない。随分怪しい車だ。これだけ長期に放置され、ましてポンコツ車ではないのだから事件性を帯びていると言ってよいだろう。普通の人の車とは思えない。

 

 

2010年6月16日 (水)

どんな世界でも成功するには努力が必要だ

 工場の食堂で弁当を食べていた。テレビには「笑っていいとも」が映っている。それを見ながらある人が言った。「こんなくだらないことをやって飯が食えるのだからいい身分だね。」何気なく口にした言葉であるが、同じような思いを抱く人は少なくないだろう。もっとも、そういう人はそもそもこの手の番組を見ないので、食堂で見ようという意志なく見てしまったから聞けた言葉である。この見解には当然賛否両論あるに違いない。私個人にも両方の思いが混在する。
 確かにやっているのは下らないことだ。ゲームをやったり、即興のコントをやったりで、だれが考えるのか知らないが面白い企画ではない。タレントがやっているから視聴者の注目を集めるであって、やっていることは素人がやっても結果に違いの出ないような中身だ。自分たちの持ちネタを披露するなら素人にはできない芸の世界が見えるのだが、そうではないから中身が空っぽになる。おおよそバラエティーにはこういう不満がつきまとう。不満ならば見なければいいのだが。
 そうは言うものの、一方で弁護したい気持ちもある。芸人はおそらく全国に何千人といるに違いない。そのなかで売れていて、芸だけで生活できる人はごく限られている。ましてやバラエティーでレギュラーをはるとなれば大変なことである。ここまで来るには相当な苦労があっただろうし、たまたま力ある人の目に留まったにしても、諦めずに続けていたからこそ起こった「たまたま」なのである。くだらないことで飯を食うにも相応の努力が必要だということなのだ。

2010年6月15日 (火)

経営者の凄み トップはどこが違うか

 経営トップという立場は特別なものである。重責を抱えて、常に緊張し、苦闘する存在である。経営の問題に対し、トップの判断は文字通り最終のものであり、他に持って行き場のないものである。
 経営者の判断のあの「冴え」はどこから来るのかといえば、最終で最大の責任を負っている立場に由来するのである。要は、経営にとって最善の選択に向かって、本当にこれでよいかという突き詰めが出来ている。極めて明確で、合理的で、揺るぎない思考である。よく経営に関する数字の間違いをトップはいとも簡単に見つけるには理由があると聞くが、その答えはここにある。
 トップの経営における迫力にはとても追随できない。たとえば、新幹線に乗ればさっそく書類を取り出し目を通し始める。お供する私などは、うとうと眠ってしまうか、文庫本か新書本を読んでいるのが関の山である。コンサルタントの山崎将志さんが書いていたが、京都駅から乗ってきた日本電産社長の永守さん(実名は書いていなかったが情報からすればこの人)は、席に着くやいなやパソコンを広げて仕事を始め、名古屋駅に近づいても終える様子がないため東京まで行くのかと思いきや、停車直前になって急にパソコンをたたんで急いで下りて行ったとのこと。大企業を背負うトップの姿勢に感心しきりであった。
 世の中には、もっと気楽な経営者もいないことはないだろうが、少なくとも一流企業の創業者にお気楽な人はいない。創業期、(危機の時代)、成長期、安定期と変遷の過程があり、それぞれに課題に違いはあっても、社員を引っ張って奮闘するトップの姿に変わりはない。残念ながら、このことをよく理解している人は少ないのである。 

2010年6月14日 (月)

何がしたいのか分からない若者へ 親の世代から贈る言葉

  何をしてよいのか分からない。どんな仕事に就きたいのか分からない。そういう若者が増えているらしい。なぜだろうか。ここでは大学進学者を対象にして考えてみたい。

1 大学に入るまではレールが敷かれている 
 大学に入るまでは、今の教育システムが進むコースをかなり機械的に選んでくれる。模擬試験によってはじき出される偏差値に従い合格可能な大学と学部を選択するシステムが出来上がっており、それに従えばさほど悩まなくても道が付くようになっている。もちろん、なかには教師になりたいとか、音楽の道に進みたいとか具体的な進路を想定して進学先を選ぶ生徒もいるだろう。医者や上級公務員になりたいという子もいるが、これは偏差値が名前を変えただけの目標だとの解釈も可能だ。大半の生徒は将来の進路を絞らずに大学に入っている。私の学生時代のことを思い出してみると、その辺の事情は基本的に変わらないように思う。念のために教職課程を履修しておこうという友人がいたが極めて例外で、受験勉強を終えて好きなことを伸び伸びとやろうという意欲だけに燃えた仲間が多かった。なかには志望校に合格して目標を失い虚脱感を抱いていた学生もいたのだろうが、それにしても次は大企業への就職が目標になることは分かっていたからそれまでの一服状態と考えれば説明がついたのである。全体を見ると、昔も大学に入った時から将来を見据えて戦略的に生きていた者は少なかったわけで、その後の問題が大きいのではないかと思われる。

2 学生生活が窮屈になったのではないか
 このようにして大学までは進む。恐らく、ここからの生き方に質的な違いがあるではないかと考えている。まず違いを感じるのは、クラブ活動やサークル活動などを通じた学生同士のつながりの強さである。息子たちの行動を見ていると今でもサークル活動はあるようだが、かつて私が所属していた研究サークルが消滅したように、社会の在り方や互いの生き方を問うような集団が身近に存在しなくなったのが大きいと思う。入ったばかりは何も考えずに登校したとしても、先輩に引っ張られて何かに夢中になれる条件があったのである。改めて考えてみると、大学の地下を占拠していたサークルが揃って衰退し、力を失ったが故に追い出されて消滅した過程に、学生の知的創造性が減退する原因を探ることができるように思う。
 なぜ消滅したか。一つは生活条件の変化がある。学費および生活費の上昇に親の所得の伸び悩みが加わって学生生活に余裕がなくなった。昔もアルバイトをする学生は多かったが、それはあくまで補助的なものだった。学生が集まって、情報交換をし、互いに刺激し合う時間的な余裕はたっぷりあった。それに対し現在は、そういう余裕がなくなりつつあるのではないだろうか。
 二つ目は、知的伝統の切断である。かつては、アカデミズムが社会を論じたり、人生を考えたりする視点、思想を供給していたのであるが、学園紛争があって以降それが衰退し、代わってサークルが細々と伝統を継いでいたのである。しかし、メンバーが順次入れ替わってしまう弱点があって、いよいよ生き延びることができなくなった。大変残念だが、これが現実であろう。
 さて、知的創造性を育む機会を十分に手にできないまま時間が経過する。そうこうしているうちに就職活動の時期が始まってしまう。就職活動のスタートが早くなった。3年生になればもう就職を考えなくてはならない。かつては4年生の春ぐらいが始まりではなかったか。また、求職自体も減っているので競争が激しい。昔はせいぜい数十社回れば決められたし、希望の業種にもたどり着けた。しかし今は内定をもらうまでの苦労は並大抵でないという。ハードルが高くなれば、希望など言っていられなくなる状況も理解できる。とにかく正社員として入り込むことが焦眉の問題で、なんとかフリーターへの転落を免れなくてはならない。私の勤務先の人事担当者に聞くと、面接に対する答え方にはマニュアルに書いてあるような無難な内容が多く、答えを予め用意しているので、質問とずれた返答になることもあるらしい。聞きなおしても、相変わらず同じ答えを執拗に繰り返す例もあるという。要は状況に応じて自分を変えることができないのだ。とはいえ、振るい落とされないための最低限の準備なのかもしれない。選ぶ側からすれば、もっと戦略を練ってくればアピールできる要素はあると思うのだが。
 というわけで、何のしがらみもなく白紙で社会や人生について議論し考える時間がないまま就職戦線に投げ込まれるので、何をしてよいのか分からないまま生きていくことになる。

 
3 では、そのような制約の多い生活のなかで何ができるだろうか
 ① まずは、自分が生きている社会を知ろう
  直接自分の目に触れる範囲であっても、目を向けていれば何か新しい発見はあるものだ。しかし、社会を大局的に理解しようと思うと、「ものの見方」が必要になる。社会の成り立ちに対する基本認識を得るとか、現象の捉え方を訓練するとかの実践である。いきなり難しい本に手を伸ばすとやる気がなくなってしまうだろうから、若者向けに書かれた入門書とか岩波のジュニア新書などから選ぶとよいだろう。池上彰のそうだったのかシリーズもありだ。読むことに自信のある人は、岩波新書の社会科学系統を選ぶとよい。欲をいえば、近くにその分野に詳しい人がいればありがたい。
 ② 人間を知ろう
  これも周りを見ればいろいろな人がいるので観察することで分かることがある。しかし、広く知ろうと思うと文学に触れなければならない。現代の日本人を中心にしながらも嘗ての日本人の生き方・考え方を学ぶことは発想を豊かにしてくれる。また海外文学も異文化に触れる意味で重要だ。あまり読まない人は、まず読むことから始めよう。恩田陸でもいいし石田衣良でもいいし、東野圭吾だっていいだろう。小説好きの友人がいれば、読んだ本に対する自分なりの解釈や意見を聞いてもらうとよい。あるいはブログに感想を書き綴ってもよい。読みと書きとが同時に訓練できて効果的だ。
 ③ そして自分を知る
  自分なんか分かっていると言うかもしれない。しかし、何をしてよいのか分からない人は自分のことが十分に分かっていない人だ。日常的に感じている自分、おそらく恋人や友人からこう思われているだろうという自分と広く社会のなかで位置づけられた自分とは全然違うのだ。社会を知り、人間を知ることで自分が見えてくるので、そこからこうあるべきだとかこうしたいという欲求が生れることになる。

 でも、ほとんど何も分からないところから勉強を始めるのは苦痛だと言うかもしれない。たしかにそうだ。好奇心に乏しいから勉強せよと言うが、好奇心がないから勉強しないのである。だから矛盾している。おっしゃる通り。騙されたつもりで本を読んでみたらでは説得力に欠けるね。本を読む前に、なにか拠り所となる意志が欲しい。だったら、最近何か腹立たしく思っていることはありませんか。バイトで忙しく働いても時給が安いとか、正社員と同じように働いているのに待遇が違うとか、親からの仕送りが減ったとか、大学の教授の講義が面白くないとか、首相が能天気なことばかり言っているとか、天下りでびっくりするほど高額の退職金をもらっている人がいるとか。なにかあるでしょう。あるのであれば、その憤りの由来について解明しようじゃないか。あるべきでないことが起こっているのだから、それは氷山の一角で世のなかでたくさん起こっているのだから、そんな社会に自分は生きているのだから、なにか言いたいこと、したいことがあってもいいのじゃないか。そこを生き方の拠点にしようじゃないか。

 勉強していると、自分が無知で、無力であることが分かる。元気がなくなってしまいそうだが、実はこの認識がパワーを生むのだ。無知を知るということは、知るべき対象が無限に存在していることを知ることである。自分が知っている、分かっている人だと思うと勉強なんかしない。勉強すればするほど、分からないことが増殖する。同時に知りたい欲求が増大する。
 無力であれば自分ひとりで大そうなことをやろうと思わないだろう。人と関係を結んで、多くの人に動いてもらわなければ何かを成し遂げることはできない。
 無力であればこそ、自分のために生きることをやめ、社会のために生きることを考えよう。自分のために生きていたら、無力であり続けなければならない。一人はどれだけ大きくなっても一人なのである。社会のために生きることで自分は微々たる存在から抜け出し、つながりのなかで無力から解放されるのだ。

2010年6月13日 (日)

J・S・ミルの著作から 快楽の大小を物差しにしてよいか

 ジョン・スチュアート・ミルの著作のなかに次の一節がある。

 「さらに反論する者は、若いときに高貴なものに熱中した人の多くが、年をとるにつれて無精になり、利己主義に陥ってゆくのはどういうわけかと聞くであろう。しかし、このごくありふれた変化をたどる人々が、自分から進んで高級な快楽を捨て、低級な快楽を選んだとは、とうてい考えられない。私の信ずるところでは、低級な快楽に身をゆだねる前に、彼らはすでに高級な快楽が感じられなくなっているのだ。高貴な感情を受容する能力は元来か弱い草木同然で、風雨にさらされたときはもちろんのこと、すこし養分が不足するだけですぐ枯れしぼんでしまう。だから、大多数の青年にとって、社会的地位にもとづいてついた職業や、その地位によって投げ込まれた社会が、この高級な受容能力を発揮しつづけるのに不向きならば、たちまち消滅してしまうのである。」 (太字は私がつけた)

 功利主義者なので、すべては快楽を基準にして書いているのだが、いまでもよく見られる世俗的な事柄に触れていて面白い。若いときには、崇高な理想を持ち、それに従って行為するが、次第に理想を捨て保身的になる傾向がある。たとえば、学生の時代は偉大な思想家の著作に触れ、感化され、こうあるべしという論を主張したり、場合によっては行動に打って出たりするが、就職する段になるとそんなことがまるっきりなかったかのように変身し、普通の社会人になってしまう。加藤周一は、この変貌は学生のころに身に付けた知識と行った行動がいかに付け焼き刃であったかを示しているにすぎないと言った。ミルの文章を読むと、古今東西同じようなことが現象として見られることが分かる。
 ミルの主張によれば、崇高なる理念の放棄ではなく、理念に基く行為によって得られる快楽が時間とともに減少することが原因だという。これは、人間は快楽を生まないものには関心を示さない。言いかえれば、人間は快楽を最大化しようと行動するという思想が大前提になっている。前述の現象の説明としては、一つの説として成り立つと思うが、はたして正しいだろうか。学生のころに、社会はこうあるべきだという意見を主張すると、「それは、君の好みであって、そう考えることによって自分が満足するから言っているだけなのだ。社会は変わるかもしれないが、結局のところ、最後の目的は君の自己満足なのだ。」と反論する人がいた。血気盛んな若者にとって、これほど腹立たしい反論はない。しかも年長者にそう言われるなら多少は聞きもするが、年端もいかぬ若僧にそんなことを言われると、おまえは何なのだと言いたくなった。これは個人的な快楽だけが人生の目的かのように考える立場からの発言だが、同じ功利主義的な立場からものを言うなら、私の考える社会と自分の考える社会(それがないなら、今ある社会)とのどちらがより多くの快楽あるいは幸福を生みだすかについて論じるべきであったろう。

2010年6月12日 (土)

亡き会長から教えられたこと その4

  会長がよく語っていた言葉に、「給料はお客さんからいただく」がある。多くの経営者が口にするので珍しくはないけれども、商売をする者にとっては基本的な道徳ではないかと思う。これは、日本的な考え方だと思う反面、企業活動にとっては普遍的な意味を持っていると考える。給料は働く者から見れば、直接は雇用主から受け取るのだが、元になるのは売上であり、市場経済においては買っていただいて初めて価値が現実のものとなるのである。
 この考え方が社員に深く浸透し、集団として共有するエートスにまで高まれば強力な企業に成長するだろう。しかし、それは容易なことではない。営業部門は直接顧客と接するので理解しやすいが、工場部門や総務部門は自分と顧客とのつながりを実感しにくいし、製品を開発している部門でさえそういう精神に欠けた人達がいる。そこで、営業マンと一緒にお得意先を訪問する企画を立てて実施したりしているのである。このことにより、自分たちが作っている製品を買っていただくことは、一筋縄でいかないことであり、有難いことなのだということが分かる。こういう試みがすべて会長の言葉を起源としているわけではないが、風土として残っているからこそやってみようとなるのだろう。

 これも会長が残した大切な財産である。

2010年6月11日 (金)

ルイ・アルチュセールのこと

 ルイ・アルチュセールと言っても、その名を知る日本人はどれほどいるだろうか。およそ哲学者というものは、大衆の関心を惹かぬものである。ソクラテスやプラトンの名前は知っている。政治的行動で歴史に名を残したマルクスやレーニンなら知っている。近代の哲学者で例外的によく知られているのはニーチェだろう。それにしても名前だけだろうが。
 私も多くは知らない。アルチュセールにしても、彼の著作は60年代後半から紹介され始めたが、名前だけは学生時代に耳にしていたものの内容に触れたのは90年代に入ってからであった。初心者が原典に手を伸ばすのは無理があるので当然解説書から入り、主に今村仁司さんの著書から学んだ。アルチュセールはフランスの哲学者で、1918年に誕生し1990年に没している。一般的に構造主義的マルクス主義哲学者と言われている。
 アルチュセールの書いた本は難解だと言われる。今村さんの解説書は分かりやすく書かれているが、それでも元が分かりにくければ理解は難しい。読んでいると分かった様な気分になることはあっても、説明しろと言われたらお手上げだ。もっとも、凡人にたちまち理解されるような説は俗的な世界観の域を出ないものであろう。

 さて、覚書程度に、最近読んだ「不確定な唯物論のために」という本の要点を記しておこう。買ったのは2年も前のことで、その時にも目を通してはいたが、中身がなかなか難解であって簡単には理解することができない。それでも、この本はインタビュー形式なので、まだ分かりやすい内容になっていると思う。

 1 マルクス主義の根底にある哲学は不確定な唯物論である。マルクス自身は資本論などの著作がどういう哲学に基づいているか自ら語ってはいない。ソ連科学アカデミーなどではマルクス主義が定式化され、それは自明のものとして取り扱われているが、それはヘーゲルの絶対精神の位置に物質を置いただけの形而上学的な考えである。マルクスの唯物論は、いっさいの目的論を否定している。言い換えると、主体(神ないしプロレタリアート)の唯物論ではなく、過程の唯物論―主体なき唯物論―であって、それは指定可能な目的を持たずに、みずからの展開の秩序を支配している。

 2 唯物論的な哲学は理論に対する実践の優位を主張する。実践とは固有の実在条件の領域内部における結果もしくは認識の「諸真理」である。そして、実践は担い手を持ってはいるが、その目標ないし意図の超越的かつ存在論的な起源である主体は持っていない、みずからの過程の真理としての目的性も備えていない。つまり、それは主体なき過程である。

 3 歴史的唯物論を支えている理論的反人間主義は、マルクス主義理論にとっては、中心概念としての「人間」概念の消去を意味しているのだということを明示する必要がある。それは、人間という概念によって社会編成やその歴史を説明することを拒否しているのである。

 他にも大事な論点、例えばイデオロギーについて語っているくだりがあるが、書くと長くなるので省略した。今村仁司さんがその著書で、マルクス解釈を三つの類型にまとめている(経済中心史観、実践的主体論、構造論・関係論)が、アルチュセールは構造論に分類される。この分類は確かに分かりやすいが、異論も多くあるに違いない。そもそも前の二つを乗り越えたものとして第三の類型を設定する構成になっているので、今村さんは基本的に構造論を支持しているのである。

2010年6月10日 (木)

偽装「小沢離れ」か アラカンの「いら菅」内閣

 実際はどうなのか分からない。

 日本経済新聞によると菅内閣の支持率は68%もあるらしい。国民の大半がそう思っていたとおり、鳩山前首相は5月までに沖縄の基地移転問題を解決することが出来ず退陣した。民主党にとって焦眉の問題は参院選に勝てるかどうかであるが、その点だけで考えれば結果的に菅直人の首相就任とその後の組閣はベストに近い選択だったと言えよう。
 鳩山と同時に小沢一郎も幹事長を辞した。それが小沢の意に沿って行われたのか、意に反して行われたのか興味のあるところだが、マスコミの報道は小沢を外したという流れであり、国民も多くはそう捉えているようだ。しかし、真相は分からない。論者によれば、これも小沢の筋書きであり、選挙で勝てばまた小沢は息を吹き返すと考えている。私もそう思っている口の1人だが、確かめようがないので進展を見守るしかない。
 菅直人は私が学生のころから市民派で売っていた。この人に何ができるだろうかと思いつつポスターを眺めていたが、われわれから上の世代には市川房江に対するある種の「よき思い出」も影響して菅の市民派イメージが形成されている。それが無党派層の期待感を集めて支持率に繋がっているのだろう。しかし、首は変わっても体は変わらず、今後政局がどう動くのか・・・。混乱は望まないが、期待もしていない。

メンタルヘルスについて考える

 心の病が蔓延している。蔓延しているという表現は少し大げさな気もするが、身近にも割合からいえば多くの病んだ人を確認できるので、書籍などから得られる情報を合わせて考えると、社会的に根深く存在する問題だということが言える。
 病んだ人を見ていると、この人ならこうなるのも分かるなと思う場合と、この人がなぜなるのだろうかと思う場合とがある。前者の方が多いけれども、どんな人がそうなってもおかしくないと言っても間違いはなさそうだ。大切なことは、職場でのストレスによって何か変化を生じていないか観察することである。観察者の第一番は、当然上司である。ストレスは誰にもあるものだ。(中国人の部下が、私にはストレスはありませんと公言していたが、これは例外的な事例だろう。)そこから病に至るまでの過程で兆候を見つけ、適切に対応を行わないと、休職に至ることになる。
 最悪の場合は自殺に至る場合がある。ある調査結果によると、職場のストレスが原因で自殺したと思われる37例のうち、家族が兆候に気付いていたのが23例、職場の同僚が気づいていたのが10例、上司が気付いていたのが3例あった。いかに上司は部下を見ていないかが分かる。いろいろ事情はあるに違いないが、部下の様子に注意を払っていないということは、部下の仕事を掌握していないことともつながることなので、管理上の問題として検討すべきである。
 病欠者が出ると戦力の喪失になる。心の病に限らず、身体の病も含めて企業にとっては大きな問題なのだ。何かに、その損失は想像をはるかに超える金額であると書いていた。社員が心の健康を保って仕事に就くことのできる環境作り、環境とは物理的なこともあるが、まずは人間関係の適正化を図るべきである。それは生産性の向上を目的とする積極的な取り組みであるとの評価が必要であろう。

2010年6月 9日 (水)

日本辺境論(内田樹)を読んで

 最初に。「へんきょう」を変換したら「偏狭」と出た。日本偏狭論でもタイトルとしてあり得ると思った。ただ、この本の趣旨とは一致しないが。

 日本人論は数あるが、内田氏がより高い視座から大きく捉えなおしたのが本論である。地政学的な条件から日本人は自己を辺境人と捉え、外部の華夷思想を世界観として持つようになった。漢民族が中心でその周辺は属国との世界観であるが、この原理で日本人とその歴史をすべて説明してしまうというのが内田氏の構想なのである。
 辺境人との認識は卑屈なように思えるが、氏は否定的に捉えない。これがあったから中心の制度や文化を素早く持ち込むことができたし、ただ受け入れるだけではなく日本流にアレンジして受容したのである。話は逸れるけれども、日本人は新しい文化の吸収に旺盛であるが、入れるときに旧来のものと対立させることをしない。差し替えしないで継ぎ足すのである。仏教を入れた時には日本の神との対決を避け、習合させていった。焼き物の技術においては、ろくろが入った時に従来の手でこねるやり方が廃棄されるのが他国の通例であるが、日本ではそれも残ってしまう。これらは加藤周一氏の見解であるが、内田氏は加藤周一を読んでおり、相当の影響を受けているものと思われる。視座は違ったとしても、日本人の特徴を語る部分は加藤氏の論と矛盾するところはないのではないかと思った。
 日本人は内に価値基準を持たない。外の基準で動いている。周辺がどう動いているかを様子見して、有利な方向を選択する。ものごとの善し悪しを原理的に判断して自分の行動を決めるのではなく、状況を斟酌して身の振り方を決めるのである。このような特性が国際社会では日本人は何を考えているか分からないという評価になってしまう。「トラ・トラ・トラ」という映画を観たときに、そのなかでハル長官が野村大使の行動に対し、結論をなかなか持ってこないと嘆くシーンがあったが、これも前述の特性を表している一事例であろう。
 日本人はかくあるべきとする信念や理想を創りださない。日本人にとっては今目の前にある現実がすべてなのである。加藤周一は現世主義と言った。死んでからどうなるかということよりも今のご利益がどうしたら得られるかに関心がある。理想がないからどこに向かうべきかはっきりしない。しかし、そのことは功罪ともに合わせ持っているのであり、内田氏は、今はこの特性を冷静に観察するしかないと言う。日本人が古来から持っている思考の型であり構造であるから、簡単には変えることができないという点に氏の主張の重点があると受け取った。

 あまりまとまらない文章になったが、氏の主張は面白いビジョンに基いていると思う。しかし、それがどこまで正しいのか、あるいは未来に対して有効かどうかを考えなくてはならない。文明において先行した中国から観て辺境にあり、島国であることは事実であり、島国であることに由来する日本人の特性については古くから様々論じられてきた。それらと氏の主張が根本的に違うのかどうか。この本のなかにも丸山真男、山本七平、岸田秀、鈴木大拙などの主張が上がっている。これらもまた読んでみる必要がありそうだが、そこまで手を広げることはできない。当面は、加藤周一の日本人論に依って、内田氏の論を評価することにしたい。

 最後に。これを読んでいて、中上健次を思い出した。日本が辺境なら、その辺境のなかにもさらに辺境があり、一つの世界を形成している。中上にとって、熊野は辺境の地である。

2010年6月 8日 (火)

なぜできる人ほど人間ドックに行くのか・・・?

 本屋でこういうタイトルの新書を見かけた。興味を惹かなかったので中身は見ていないが、タイトルの付け方がよくない。答えがすぐに分かってしまう問いであるから。
 できる人は生活に余裕があるだろう。人間ドックに行けばかなりの費用がかかる。所得の低い人は医者にかかるのも控え気味になる。できる人は、それなりの地位にある人だ。だから病気になって仕事に穴をあけるわけにはいかないという自負がある。

 本のタイトルに騙される場合がある。また、目次に騙される場合もある。少し時間をかけて中身まで目を通せば、ほとんど騙されることはない。女性も、長く付き合えばその正体がよく分かり騙される羽目になることがない。逆にタイトルや目次の段階で結婚してしまうとリスクが大きい。とはいえ、私の場合は長く付き合ってはいないのだが。でも、後悔はしていない。

2010年6月 7日 (月)

教育への過剰投資による生計の破綻 

 本当に教育にはお金がかかる。いや、正しくは学校を卒業するのに金がかかるのだ。十分に教育が施され、授業料に応じた成果を享受できているかは定かでない。もちろん、受ける側の姿勢にも問題があるので、一方的に学校法人を責めるつもりはない。
 そんなにまでして子を学校にやるのはなぜかと言えば、進学率が高まっていることは言うに及ばず、就職に大卒の資格が必要だからであり、さらには大企業への就職は難関大学卒が有利に働くからである。これらは偽らざる親の心理であり、共通した動機ではないかと思われる。
 勝間和代が書いていたが、教育への投資はリターン6%で考えられるそうである。この場合の教育はビジネススクールへ通ったり書籍を購入したりする、主に自分自身への投資を意味しているのだが、子を持つ親の思惑としても解釈することができる。もっとも後者の場合はリターンの受取人は子の方である。私の親父は尋常高等小学校しか出ていなかったためか、財産は残してやれないが学校だけは出してやると言って貧乏しながら頑張っていた。これも将来のリターンを子に贈与するための投資だったのである。
 今の親もそれと同じ気持ちなのだろう。しかし、思惑どおりに進まない事態も生れている。一つは、学費があまりに高い。これは親の所得との関係で相対的に変化するものではあるが、総体的に見て、かつては所得の増加率も高かったから負担感が小さかった。また、リターンの確実性も損なわれている。ハイリスクであはあるが、必ずしもハイリターンではない。ただただ、出遅れを恐れて金を使い続けているのである。
 教育の資金を予め用意することは重要であるが、住宅ローンを抱えた身では十分にできるものではない。せいぜい郵政の学資保険で入学金プラスアルファを賄える程度が標準だろう。そのあと襲ってくる、年間100万円程度の学費は教育ローンに頼ったり、有利子の奨学金によって賄う。これが一人ならまだよいが、二人三人と重なればローンの限度額を超えることさえある。これらの借金は親はその後10年ほどかかって返済しなければならない。それが何を犠牲にするかは容易に想像できるだろう。老後資金である。残せないばかりか、退職金にまで浸食すれば心細い。年金も減額されるだろうから、厳しい生活が待っている。結局は、育てた子にも頼ることになるが、子も楽でないことは明らかだろう。
 こういう負債を抱えた人間が増えていけば、それこそ明るい日本の未来など展望できようか。偉い経済学者が言っているそうだ。現在の消費の大きさを決めるものは、現在の所得ではなく、生涯にわたって得ることのできる所得の見込みであると。負債の存在は、見込みを減ずる役割を果たすのは明らかだ。

2010年6月 6日 (日)

陸上日本選手権2010

 久々に陸上競技の日本選手権をテレビでじっくり見た。私の好きな三大スポーツは、野球と陸上競技とボクシングであり、おまけでボディビルが加わる。ボディビルはマニアックな競技で、スポーツの仲間に入れてもらえないことの方が多い。
 さて、各競技を観て、皆それなりに面白かった。観る場合の着目点はいくつかある。一番気になるのは、種目ごとの世界との距離であるが、どの種目をとっても厳しいと言わざるを得ない。何人か日本人としては飛びぬけた選手がいて世界で戦えるが、それは例外的だ。現状では男子の投てき2種目、ハンマー投げとやり投げである。室伏選手は紛れもない世界トップクラスのアスリートだが下り坂に入っている。村上選手はまだやれるが、トップとの差がある。世界選手権では3位に入賞したが、ラッキーな面があった。とはいえ、競技は相対的に順位が決まるものなので、最善を尽くせば幸運も巡ってくるのである。
 これ以外の競走種目、跳躍種目はとにかく日本で一番を取るのが目標である。あえて言えば、かつて世界選手権で為末が銅メダルをとった400mハードルが世界に近い種目だろう。今注目を浴びている女子短距離の福島千里さんはいい選手で期待したいが、好条件のなかででもいいから11秒を切る記録を出しておかないと世界では戦えないと思う。長距離の福士さんも日本人としては素晴らしく切れ味のある走りをするがアフリカ勢相手だと苦しい。男子では百メートルの江里口選手が華奢な体だが柔らかい走りで優勝し、見ていても気持ちが良かった。伸びてほしい選手である。
 日本と世界との差は、競技の前に画面に表示される日本記録と世界記録とのギャップで実感する。驚いたのは女子400mの記録差。コッホと丹野さんの記録には4秒以上の差がある。百メートル当たり1秒以上の差だ。コッホの記録は47秒60で、日本の高校1年生男子の記録に相当する、恐るべき記録だ。25年間破られておらず、これからもしばらくは維持されるだろう。とはいえ、男子200メートルのマイケル・ジョンソンの記録も破られないと思っていたが、ウサイン・ボルトにあっさり更新されてしまった。どんな選手が出てくるか分からない。

 最後に。世界との距離はあるが、それでも自分のベストを目指して挑戦を続けるのがアスリートである。ファンとしても応援したいが、競技の環境面では恵まれていない。特に、社会人の選手は厳しい状況にある。

ツキの正体とは?

 新聞広告に、「ツキの正体」というタイトルの本があった。副題は「運を引き寄せる技術」となっている。 本には書いてあるのかもしれないが、ツキと運の定義はどうなっているのか。自分ではどうすることもできない幸不幸の巡り合わせとでも言えるだろうか。
 広告文には、ツキは平等ではなく特定の考え方・行動をしている人に多く訪れるとある。それは、「気づいたら即行動」「考えすぎない」「一つのことに集中しない」「見返りを求めない」「目標に囚われない」「遊び心を持つ」の6点である。これらを見ると、よりよい結果を出すための行動指針ではないかと思う。しかも、特定の目標を達成するための具体的な対策ではなくて、生活全般を対象領域として、発生する事象が自分にとって好ましい結果を招く確率を高めるための「姿勢」を言っているのである。領域が広いから、一つひとつの現象に対して因果関係の説明が付けにくい。したがって、運という言葉が入り込む余地がある。逆に狭い領域の個々の仕事であれば、上手くいくかどうかは計画通りに事を進めるか否かであり、適切な打ち手を用意したかどうかにかかっている。仕事のやり方の良し悪しであって、運ではない。ただし、巨大なプロジェクトであればそこに不確定な要素が多く存在しており、それが流れを左右することがありうるので運不運を感じる場合もありうるように思う。要するに、予測不可能な領域においては運にすがりつきたいという欲求が発生するのであって、状況を常に把握し、必要な手を打っている人にとっては発生した事態は起こるべくして起こっているのであるから、そこに「運」を見出すことはない。

 「気づいたら即行動」・・・対応が早ければ事態の進行に対して有利な働きかけができる
 「考えすぎない」・・・考えているだけでは事は進まない。行動することで影響力を行使することができる。
 「一つのことに集中しない」・・・たくさん種をまけ。活動領域を広げることで、成果の可能性も広がる。
 「見返りを求めない」・・・欲が強ければ、結果に対してネガティブな評価が生まれやすい。また敵を多く作りやすい。
 「目標に囚われない」・・・100%の成果にこだわらないことで、こぼれおちるべきものを拾い上げることができる。
 「遊び心を持つ」・・・好奇心をもつことで視野が広がり、今までにないアイデアが生れる。

 適当に書いてみたが、本を読んでいないのでピントが外れているかもしれない。読んでみようという気も起らないのであるが。

2010年6月 5日 (土)

亡き会長から教えられたこと その3

  会長は今から5年前の暑い時期にこの世を去った。亡くなってから二月近くのちに社葬が営まれたが、その時の様子は社内報の特集号にまとめられている。古くから付き合いのあった取引先の社長や司法書士の先生などの弔辞はもちろん記憶にあるが、会長が大好きだった阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」を弦楽四重奏が奏で、それがいまだに耳に残っている。社内報には、現役の社員、OB、あるいは訳があって途中で退職した方の哀悼の辞が寄せられている。それを読みなおしてみると、私が抱いている会長像との差がなく、皆に公平に接していた様子が想像される。
 私は結婚するとき、会長に仲人をしていただいた。結婚の相手が会社の近隣の娘であったので私より先に知っていたという因縁もそうしていただいた理由の一つだ。その後、正月にあいさつに伺うことが恒例の行事になった。子どもが出来てからはなおのこと訪問を喜んでくれた。会長自身にはお子さんがなく、残念だったろうと思うが、その分社員とその家族に愛情を注いてくれた。子どもにはお年玉を用意してくれたが、現金を渡すことは一切なく、阪神デパートで買ったおもちゃが専らのプレゼントだった。ある年にはハイパーヨーヨーというおもちゃが大流行し、なかなか手に入らない状況が続いたのだが、会長宅で息子がそれを欲しいと言いだした。それを聞いた会長はずっと記憶に留めていたのであろう、東北に出張に行ったとき、おもちゃ屋を回って探してきてくれたのである。そこまでしてくれる人がどこにいるだろうか。後にも先にも、そういう人を知らない。

 決して偉ぶることなく、自分よりも会社や従業員のことを先に考える、無私の人だった。 

2010年6月 4日 (金)

エコノミックアニマル

 久しぶりにエコノミックアニマルという言葉を思い出した。経済的な利益ばかり追求する日本イメージが強く、それを揶揄する意味合いで使われていた。日本の経済成長に対する警戒感の表明でもあったとも解釈できる。今日それが聞かれなくなったのは、後発の国が急成長を遂げて日本の活動が後景に追いやられたからだろう。

 さて、なぜ日本は経済的な面ばかりが目立つ国になったのだろうか。日本は戦後処理の過程で、アメリカと同盟を組むと同時に基地を沖縄に押し付けることで「政治を捨てて」きた。決して日本が国際政治というものから自由であったわけではないが、目立たないポジションに身を隠していたことは事実であろう。そのポジションを利用して、経済に資源と国民の意識を集中させて成長を遂げたのである。しかし、そこには沖縄の犠牲があった。本土は政治を意識しなくても沖縄という土地は非常に政治的な場所であり続けたのである。
 時代が移り、東西の冷戦構造が消滅してグローバル化が進むと、いつまでも都合のよいポジションにいられなくなった。国際社会において政治的な役割が要求されるようになった。自衛隊の性格が変化していく様を見るとそのことがよく分かる。とはいえ、そういう要求を丸呑みしなければならないわけではない。日本には日本のポリシーがあってよい。それは通すべきだが、通すためには外交が必要になる。ところが、明確な戦略をもって外交に当たっているようには見えない。ポリシーがないうえに外交下手とあっては漂泊するしか道はないではないか。

 政治がないという意味では、日本人はいまだにエコノミックアニマルである。

2010年6月 3日 (木)

人を信用できない社会に 宅配便の事情より

 屋外にも商業ビルやマンションなどの建物の屋内にも監視カメラが数多く設置されている。これに残った映像によって犯罪者の逮捕に至るケースがあるので、一概に無用の長物とは言えないけれども、善良な市民であっても勝手に自分の姿を見られたくないという意識や意思はあり、その設置について賛否両論あるようだ。最近では、それによって安全を守ることができるならば、ある程度のものは仕方がないと思う人が増えているのではないかと思われる。
 人が同じ土地に長く定着して住むことが時代とともに減少してきている。封建時代は生れてから死ぬまで同じ村で過ごすことも普通のことだったろう。それが工業商業の近代的な発達につれて労働者として都市部に移動した。その後、人の流動性はますます高まって、また職住分離によって地域の住民同士の結びつきが弱まっていった。

 ところで、先日聞いた話だが、宅配便の会社が、昼間の配達員に女性を採用することにより効率が上がったそうだ。なぜならば、昼間は女性しか在宅していない場合が多く、男性の配達員では怖がって居留守を使い、荷物を受け取らないらしいのだ。それが女性だと警戒を解いて、玄関まで出てくるそうだ。
 これが現実であろう。配達員を装った犯罪が少なからず発生しているのも事実で、そういう意味では、過敏になっている人を責めることはできない。運送会社も何度も配達に回るのは効率が悪く大変だが、先ほど上げたように女性が配るとか、地域ごとに配達員を固定して住民に顔を覚えてもらうとか、そういった工夫も必要になってくる。訪問販売などはもうほとんど不可能になっているのではないだろうか。安易にドアを開けなくなっているし、欲しいものがあれば通販・ネット販売で手に入るようになっている。

 宅配便の配送に関わる工夫から、少し考えてみた。

2010年6月 2日 (水)

亡き会長から教えられたこと その2

 会長は、仲間と一緒に興した会社を成長させる過程で、様々な困難を経験している。その経験を後々聞かされることになるのだが、一から事業を始めた人には苦労が付きもののようである。利益が出なくて給料が捻出できず社員にN社小切手を発行して渡したとか、あんぱんを食べながら営業に駆け回ったとか、そういう類の話がたくさんある。なかなか注文がとれず諦めて宿に入りかけたが、思い直して再度問屋を訪問し、11時過ぎまでねばってやっとその日の目標を達成したという話もある。同行していたOBによると、今日はこれだけ売らないと社員の給料が出ないんやと言っていたらしい。経営者とは本当に厳しい立場にいるのである。
 そういえば、新幹線でたまたま近くに居合わせた同業者A社の社長が、「トップは苦しいね。ナンバー2か3が楽でいいよ。早く降りたいね。」と語っていたが、そういう話を他社の人間にするのはどうかとは思うが、まさに本音であろう。
  N会長は社員を自分の家族のように面倒を見た。あるとき独身の社員が消費者金融に多額の借金を作って悩んでいた。それを知った会長が乗り出し、借金を大幅にまけさせて決着した。その時の社長の論理は、「あんたは金があるから貸したんやろ。こちらは金がないから借りたんや。」である。金がないのだから返せないことにも道理があるという、少々詭弁のような話である。相手にとったら、こんなややこしい人間に粘られるくらいなら、額は減っても回収できるものはしておいた方がよいという計算が働くのだ。彼らも経験的に臭いは嗅ぎ分ける。
 こんな交渉は普通の人間にはできない。お見事と言うしかないが、こういう話がカリスマ性を高めたのは間違いない。社員が言うことを聞くようになるのも分かる話だ。

本屋はアイデアの宝庫である

 できるだけ週末には大きな本屋に行って、何十冊かの本に目を通すようにしている。2時間ほど滞在し、立ち読みするだけでは本屋さんに悪いので文庫か新書を2冊ぐらいは買ってくる。ジャンルは幅広い。政治経済、経営、哲学、文学、歴史、その他雑学まで何でもありで、いわば雑食性の人間なのである。
 ところで、書店でたくさんの本にある、部分的であるが種々の知識に触れると、それが引き金になってブログのアイデアが浮かぶ。要するに書きたいネタが生れるのだ。今日の旭屋書店での例で言えば、比叡山の阿闍梨である酒井さんの言葉から生れた着想があるし、テリー伊藤の本からは落合監督の指揮官としての資質についての発想が生れたし、市場経済について論じた本からは「市場」の効用について考えるきっかけを貰った。
 図書館という有益な場所もあるが、本に触れるには本屋の方が手っ取り早い。そこは知識の宝庫というにとどまらず、新しい着想の宝庫だとも言える。幸いにして日本の本屋は立ち読みに対して寛容である。若者も中年も高齢者も本屋に向かうべし。

2010年6月 1日 (火)

人気2頭ふがいなく?日本ダービーに関する記事より

 この日曜日に、恒例の日本ダービーが行われた。私はギャンブルはやらない主義なので馬券は買ったことがないし、競馬場まで足を運んだこともないが、レース自体には関心がある。テレビ観戦するか、ラジオで聴戦(?)するかである。レース結果は7番人気のエイシンフラッシュが勝って、人気のヴィクトリアピサとペルーサは敗れ去った。
 さて、今日の日経新聞のスポーツ面を開くとダービーの記事がある。日経はスポーツ記事のボリュームが限られるけれども、競馬とゴルフは比較的充実している。そのなかに、「人気2頭ふがいなく」という見出しの記事があった。この場合の「ふがいない」とは誰に向けられた言葉なのだろうか。少なくとも馬じゃなかろう。馬を叱っても仕方がないというか、叱る道理がない。馬に聞いたことはないが、走りたくて走っているではなかろう。体調の悪いときもあれば、気の乗らないときもあるだろう。そうすると騎手か厩舎に対する批判ということになる。それにしても、人気どおりに決まればギャンブルとしての妙味を欠くことになる。レースの分析は必要だが、誰かを責めるような要素はないのである。

個人差・個体差と民主主義

 次第に汗ばむ陽気になってきた。そろそろ事務所でもエアコンを入れる季節だ。そこで毎年考えさせられるのが、暑さ寒さに対する感覚の違いである。
 朝、誰かが窓を一斉に開け始める。「開けます。」とか「開けていいですか。」とか声をかけてもよさそうだが、それはしない。自分が暑いと感じているならば、他の人も暑いのだと決め込んでいるのである。窓開けにはルールがないが、その場合は気配りで穴を埋めるべきである。これに対し、空調の運用についてはルールが設けられている。人に依って、仕事の能率を著しく落とさない室温の範囲に差がある。すべての人の感覚に合わせようと思えば、一人ひとりに個室を用意しなければならないが、それは不可能だ。意見は聞きつつも、どこかに線を引かなければならない。その線を引くまでのプロセスが民主主義の基本である。もちろん、基準が現実に合わなければ見直しも必要である。温度が一定であっても湿度によって快適さに違いが出ることは経験的に知っている。見直しのプロセスも民主主義である。
 一つの例として示しているが、これが利害の関わる問題であれば、なおのこと複雑で時間のかかる民主主義のプロセスが必要になるだろう。その手続きが上手く進まないと、暑い寒いの大合唱が始まるのである。
 

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