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2010年5月13日 (木)

寿命を延ばす方法 死後のメッセージ

 虎は死して皮を残す。芸術家は死んでも、その作品は残る。没後に作品が評価されても本人は最早確かめようがないのだから意味がないとは思うものの、芸術家にとっては作品は分身のようなものだから、それが多くの人に愛されるのであれば本望であろうと、残った者は思う。生前、没後を通じて評価される芸術家は幸せである。生前は全くと言ってよいほど評判にならず、死んでから一躍有名になるような、例えば宮沢賢治のような人もいるが、これは不運としかいいようがない。有名になったのは、彼の作品を掘り起こして世に出した人がいたからであるが、そういう人がもっと早く現れていたら賢治の生き方もいくらか良い方に変わったかもしれないし、長生きもできたであろう。
 大半の人間は、次第に体力も気力も弱っていき、人間関係も希薄になりつつ死を迎える。彼が業務上で残した足跡も大半の人の記憶からは薄れ、社史などにわずかな記載をとどめる程度であろう。また、最後にひと花咲かせて死んでいきたいという野望を持つ者も、普通の人種にはあまりいない。それに対して芸術家は、最後にいい作品を残して去っていきたいと野心を抱くものではないだろうか。芸術とは一つの社会性であって、自己満足にあるうちは趣味道楽の域を出ない。出来上がったものを他者に鋭く突きつける気迫がなければ芸術ではない。
 さて屁理屈はこれぐらいにして、最近思い付いたことを書きたい。ブログの公開日時を指定する機能があるが、この機能が長く維持継続されるとしたら、大量に書きためておけば自分が死んでからもメッセージを発し続けられるわけだ。受け取る側から見れば、今も生きるブロガーからの言葉と感じられる。自分の感じたこと、考えたことを表現しアピールすることを生きる証と考える人間にとっては、死んだ後も生きていることになる。
 とはいえ、よほど鋭い感性、知性によって生み出された言葉でなければ早々に陳腐化するし、高い質の文章を何百も書きしたためるのは至難の業だ。考えてみたが、簡単ではない。しかも、自分がいつ死ぬかはわからないのだ。癌でも宣告されたら考えることにしよう。

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