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2010年5月 8日 (土)

マークスの山 高村薫

 連休中、足掛け4日かかって高村薫著「マークスの山」上下巻を読みとおした。合わせて700ページを超える長編で、正直言って疲れた。読もうと思ったきかけは、もともとこの小説を知っていたのもあるけれど、古本屋で目にとまったからである。正価の半額以下で上下揃っていたので休み中に読む気になって買ったのである。
 さて、内容であるが、基本的には面白かったと言ってよいだろう。いい作品の特長は、とにかく先を読み進めたいと思わせる力にある。次の事件はどこで発生するのか、真の動機は何なのか、AとBはどこでつながってくるのかなど、興味を引き出す仕掛けに富んでいる。そういう意味で、この作品は長編であることもあり、非常に手が込んでいる。精神障害をもつ連続殺人犯水沢と飯場で殺人を犯す岩田の生い立ちとつながり。そして岩田の捜査を手掛ける山梨県警の佐野と水沢を追う警視庁の合田を加えた互いの因縁が、「MARKS」と呼ばれる暁成大学出身のエリート5名の隠ぺいされた過去の犯罪を掘り起こしていく。
 細かい内容を追っていく余裕はないので、これ以上触れずにおく。その代わりにいくつか感想を述べたい。感想と言うよりも疑問と言った方がいいかもしれない。まず、水沢がMARKSの5人をあのように執拗に追い詰め、想像を絶する残虐なやり方で命を奪った動機は何なのか。直接は、水沢が浅野邸に侵入した際に入手した彼の遺書であり、そこにMARKSの過去が暴かれていたことに始まる。しかし、彼らに対する憎悪(それが何らかの形で生れていなければ水沢の行動は説明しがたい)はどこから来ているのだろうか。極度の精神障害は合理的な説明を拒絶するという解釈もありうるが、読者の疑問は残る。次に、警察内部の人物を多く登場させて、彼らのやり取りを過剰なぐらい描いているが、そもそも警察内部の人間模様などストーリーを厚くする役割を持つとはいえ、本線に濃密にかかわってくるとは思えない。結局、多くのやり取りにも拘わらず事件に対して多くの影響力を持ちえないのだが、それは警察組織の限界を描きたいという作者の願望だったのだろうか。結果は、水沢が好き放題やって、好きなように死んでいったという結末を生んでしまうことにもなっている。最後に、偶然に偶然が重なって想定しない展開を生むのがサスペンスの醍醐味だが、あまりそれが頻発すると創作とはいえ、不自然さを必要以上に感じてしまうのではないか。ほんの一つ二つのちょっとした偶然が人間の行動、ひいては人生に影を落として破滅・破綻に導くような筋の推理小説もあり、そういうものに逆に恐ろしさを感じることもある。それも書き手の力量によるのだが、一方でそんなことを思ってしまうこの小説の展開であった。
 最後に思ったこと。水沢に死なれた、看護婦の高木真知子はこれからどうやって生きていくだろうか。映画では、真知子を名取裕子が演じたらしいが、あまりに私のイメージと違っている・・・。

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