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2010年5月20日 (木)

「チームの一員になれた気がする」

 新人や移籍した選手が試合で初めて活躍した時に、インタビューに答えて、これでチームの一員になった気がするとコメントする例をたくさん見てきた。これは偽らざる気持ちの表現であろう。
 チームの構成員にとっては、単によいプレーをするだけではなく、よいプレーがチームの勝利に結びつくことが重要である。人間の喜びには様々な形式がありうるが、組織への貢献とそれへの賞賛もまた大きな喜びの源泉である。何度となく活躍し、チームにとってなくてはならないメンバーになれば言うことはないが、目立たなくても勝利に対し地味な貢献を黙々と続けていれば、そのことを評価してくれる仲間が現れるであろう。そして、役割を果たしていることの充実感が生れることだろう。そういう形の喜びがあってよいし、実際のところ華々しい活躍をする人は数少ないのであり、地道に努力する人が評価されることの方が社会にとっては大事なことなのだと思う。
 学校を卒業して就職し、初めて給料をもらった時に、改めて社会の一員になったという自覚が生まれる。卒業式に出たり、成人式に出たりすることも一つのけじめであるが、仕事に就くことがこれまでの人生とこれからの人生を分ける明確なけじめになるのである。学生のころは、アルバイトをしたりボランティア活動で少しは社会の役に立っているという気持ちをもてるが、基本的には親や社会に養われているという感覚が強い。そこから抜け出すには、自分で生計を立てることが必要だ。そういう意味では、就職難で職に就けない若者が大勢いるということは、社会への参加の機会を奪い、孤立感を強めることになる。

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