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2010年5月16日 (日)

民主主義について考える (政治的カオスのなかで)

 政治井戸端会議 「民主主義について」

後輩 「今日は民主主義について語りたいのですが、あらためて考えると民主主義って何なのですかね。」
先輩 「治める人と治められる人が一致する政治の体制と言えばいいかな。国家であれば、その政策を国民自ら決められるということだし、地域社会であれば住民が決めるということでしょう。」
後輩 「自治という言葉とほぼ同義ですね。しかし、範囲が広くなると直接口出しできなくなります。代議員を選出して、その人たちが政策を決めていきますね。実際は、ほとんどが間接的な民主主義です。」
先輩 「形式的にはそうなります。物理的な限界がありますから。もっとも戦後しばらくは、国民が直接政治に口出しする場面も多かったように思います。」
後輩 「それは私も思います。私の学生時代は1980年前後ですが、東京では数は少ないけれどもまだデモや集会が行われていました。友人に誘われて国会周辺をデモして歩きましたが、東京にはこんなにたくさんの警官がいたのかと思うぐらい大勢の警官や機動隊員に囲まれましたよ。本当に肌で政治を感じた瞬間でした。」
先輩 「私は70年の頃なので、ある意味今の様なことは日常茶飯事だったね。私の青春時代はまさに政治の季節だった。オフィシャルな政治過程に参加したのではないけれど、あの運動は政治だったんだね。物理的な力であると同時にイデオロギー的な力を十分に発揮したと思う。」
後輩 「学生運動だけじゃなくて労働運動もありましたし、一般の大衆も今より政治を語っていたのではありませんか。」
先輩 「そうです。労働運動は、建て前は経済闘争で、直接政治的な要求は控えるけれど、規模が大きくなれば当然政治的な意味を持ってきます。組合運動が広がりを見せれば大衆も政治化します。今より大っぴらに政治を語っていた。選挙の時には演説会も頻繁に行われて、結構足を運んだものです。活気がありました。その後そういう動きは急速に衰退しました。住民運動という形で民主主義の延命と定着を図ろうとしましたが、関わった人たちが大変な苦労をした割には成功しなかったでしょう。」
後輩 「当時と比べると、今はマスコミだけが騒いでいて、大衆は非常に静かな印象を持ちます。」
先輩 「その通りですね。マスコミがマイクを向けても非常に冷静に答えている。政治に無関心だとは言わないが、距離を置き過ぎているという印象はあります。」
後輩 「全体的に見ると、民主主義は衰退しているように思いますが、いかがですか。」
先輩 「基本的にはそうでしょうね。敗戦直後は、過去の政治に対する強烈な反省があって、自分たちで未来を決めていきたいという欲求も強かったんですよ。そして、それは功を奏した。国民としても労働者としても権利を拡大していきましたから。しかし、60年代も半ばになると高度成長が一段落して不況がやってくる。70年を超えると再び壁にぶつかりますね。それは経済的にも政治的にも言える壁です。復興した後にどこに向かうべきか、はっきりとイメージできなくなった。先日、昔読んだ本を引っ張り出して来て見たのですが、藤田省三さんの「現代史断章」という本のなかで体制の構想というテーマでの議論がありました。70年代の前半に出版された本ですが、すでにこの時期に次の時代のあるべき体制について議論されています。」
後輩 「ということは、そのまま結論が出ないまま現在まで来てしまったということでしょうか。」
先輩 「残念ながらそうなるのではありませんか。議論が進んで、一定の結論が出、多くの人に共有されていれば、今のように政治が右往左往することはないでしょう。政治が短期的な問題にとらわれ過ぎてもっと根本的なところの議論にまで進まなかった。また進める勢力が力を持てなかったということがある。そういう人材を育てる仕組みが封鎖されたということかな。」
後輩 「というと、それはどういう意味ですかね?」
先輩 「うーん。先ほど言ったような、国の行方はどうあるべきだとか、政治の在り方とか、根本的なことを考える人間を作らないような教育に転換されたと思います。要するに深く考えない。とりあえず生きていくに必要な勉強だけはするけれど、あとは楽しくやっていればいい。労働運動なんかやっているより、飲みに行ったり、デートしたりする方が人間にとって大事なのだと思わされたわけですよ。」
後輩 「私などはまだ、先輩からこんな本を読めと言われて読まされた口ですが、今はそういう伝統は途絶えていますね。」
先輩 「ビジネスに結びついた学問しかやらないという空気があるのじゃないですか。ビジネスマンだって一人の生活者ですから、政治の影響を受けるのだし、経済自体が政策の影響で変わり得るのですよ。しかし、現実には政治は外にあるって感じです。」
後輩 「自ら動かすという契機を失っているのですから、民主主義もくそもないですね。影響力を持つそしたら、世論調査ぐらいですか。あれは結構政治を動かしますね。」
先輩 「確かに、あの数字で政権が崩れたりする。しかし、世論調査の規模って、せいぜい1千から2千人でしょう。統計的には、それがほぼ全体を代表しているのでしょうが、誰かはっきりしない少数の選択が政治を動かすというのも納得はできないな。怖いよ。」
後輩 「なんか心配になってきました。これからの日本、短期的な政局も含めて先輩はどう見ていますか。」
先輩 「よく分からんね。みんなの党、たちあがれ日本、新党改革が出来て、それまでにあった小党を含めて訳が分からなくなった。必ずしも政策で一致してるのでもなさそうだし。大体、政策の選択肢がそんなに沢山はないのだから。自分が党首になって目立ちたいだけでしょう。しかし、そうは言っても、そのなかの一部には票が集まるかもしれない。そうすると大きな政党の狭間でキャスティングボートを握る可能性もあります。結局、何十年も同じことを繰り返しているように思います。新自由クラブという政党を覚えていますか。西岡武夫という超渡り鳥的政治家がいましたね。大学の先輩だけど、日本に象徴的な政治家ですよ。情けない。」
後輩 「まあ、嘆いていても始まりませんから。また考え直しましょう。こうやって論議するのもたまにはいいじゃないですか。」
先輩 「わたしら二人ではなんとも頼りないが、誰か引っ張り込んでまたやりましょう。何かいいテーマを考えておいてください。」
後輩 「分かりました。では、今日はここで置きましょう。」

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