« マークスの山 高村薫 | トップページ | 川口裕選手判定で勝利(2010年5月9日大阪IMPホール) »

2010年5月 9日 (日)

集団で人を育てる文化について

 深夜のラジオ番組でスポーツの話題が取り上げられていた。NHKのスポーツアナウンサーがサッカーの試合を観戦した感想を述べている。アウェーで行われた日本対オランダの親善試合であるが、その話のなかで印象に残ったのは、オランダの観衆の応援の仕方である。オランダの選手がゴールを狙ってシュートを放ち、それが失敗に終わっても拍手が沸き起こる。何度失敗してもそれは変わらない。果敢にチャレンジすることを讃えて、選手に対してさらなくチャレンジを促すのである。そのアナウンサーは、こうやって皆で選手を育てていくんですねと話していた。逆に、日本だったら失敗が続くとため息が漏れたり、厳しい言葉が出るだろうという意味のことも言っていた。
 人を育てるという(「作業」というと機械的だし、「事業」というと大げさだし、「行為」というと系統性がなくなるし・・・。「プロセス」あるいは「一連の行為」と言えばいいだろうか。)プロセスにはいろいろな形がある。親が子を育てる場合。教師が生徒を育てる場合。前者は少数が少数を育てるケース。後者は少数が多数を育てるケースである。いずれも教育としては一般的な形で、日本でも熱心に行われており、歴史の一時期においては成功を収めてきた。では、それとは別に、先ほどサッカーの例で示したような多数が少数を育てるという形はどうだろうか。
 日本では、そのような形はあまり見られないのではないか。教育と言えば、非常に私的なものという捉え方が強固である。親が子を、将来食べていけるように学校へやるとか、笑われないように迷惑をかけないように躾けるとかいう要素が強い。あるいはその正反対で、国家が国家として必要な人材を育成するために行われる「公」教育がイメージされる。
 かつては、ひとまずその善悪の判断は置くにしても、地域で人を育てようとする文化があったし、広く大衆が人を育てるという空気もあった。育てられる側はエリートになっていくのだが、今と違って彼らには地域や国家のためにいい仕事をしてほしいという強い期待がかけられていた。歴史を振り返ると、ある特定の地域が多くの偉人を排出している。ここには歴史的、文化的なファクターがあるに違いない。そのなかに、わが村から(郡から、県から)人を出したいという集団的な欲求も含まれるのだと思う。封建的な遺物として捉えられなくもないが、そこに否定的な要素だけ認めるのは適切ではない。いわゆる公(パブリック)が不完全ではあっても封建的な遺制として生き残っていたのであり、逆に近代的な市民社会のなかでは新たに形成されなかったということだろうと解釈できる。
 さて、話は逸れるが、前述のような事例が今でも残っているのだと驚いた経験がある。それは長男が私立中学に入学した時の話だ。入学式で祝電が披露されたのだが、その中に、ある生徒にむけて出身地の子ども会から届いたものがあった。私立中学への進学は今の社会では極めて私的な事柄であるにも拘わらず電報を打ったのは、少なからずそういう生徒を出したことを名誉と感じる精神の在りようのせいだろう。あるいは、その生徒の親が子ども会活動で大いに貢献したのかもしれないが、その場合でもそういう活動自体が存在していることや、それに対して祝電という形で応ずること自体が公的な要素を持った地域性を感じさせるものである。

 サッカーの話に戻るが、集団で人を育てるという件に関連して、身近な例で会社における人材育成を考えた。上司が部下を育てるのは、その責任において当然であるが、部門部署に拘わらず、全体で人を育てるという発想が必要である。互いに無関心であったり、足の引っ張り合いをしていたのであれば人は育たず、ひいては組織力の低下に結びついてしまう。特に新人には声をかけたり、アドバイスしたりする必要があるし、中堅やベテランでも張り切って仕事をしている人には賞賛の声が寄せられてよいだろう。そういう風土ができてくれば、「動的な」組織に変わっていく。まずは、集団が人を育てるという機能を持ちえるということを認識してもらわねばならない。それには、オランダの観衆の例は非常に分かりやすい。

« マークスの山 高村薫 | トップページ | 川口裕選手判定で勝利(2010年5月9日大阪IMPホール) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« マークスの山 高村薫 | トップページ | 川口裕選手判定で勝利(2010年5月9日大阪IMPホール) »