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2010年5月21日 (金)

貧困と想像力

 一般的に所得と行動範囲の広さとの間には相関関係があると思われる。移動するにはお金がかかるからであり、しかも移動した先ではまたお金が必要となるからである。行動範囲とはこのような物理的な移動を意味するだけではなく、人間関係の広さも意味する。人間関係にもお金が付き物である。お茶を飲んだり、食事をしたり、お酒を飲んだりすれば出費がかさむ。冠婚葬祭に伴う負担は馬鹿に出来ない。
 所得の減少は、行動範囲の縮小を生む。節約しようと思えば家でじっとしているのがよいし、お付き合いは控えめにしようと考える。じっとしていれば確かにお金は使わない。しかし、それは思考の貧困を生みだす。好奇心が薄れ、夢を見ることを忘れてしまう。実はこれが一番怖い。窮屈な状況に追い込まれた場合、そこから逃避するには何も考えないことが一つの方法ではあるが、それが常態化すれば豊かな状態に戻ろうとする気力が失われていくのである。
 貧困は想像力を奪う。一般的傾向として、これはある。そのことが貧困の固定化の一つの原因にもなるのである。それでは夢も希望もなく、這い上がることのできない社会になってしまう。これを社会的な問題と考えれば、現状を客観的にしっかりつかみ、その原因と解決の道筋を示す人達が行動し、貧困にあえぐ人達を組織化する必要が出てくる。一方、個人的なレベルで想像力の貧困から逃れる一つの方法は本を読むことだ。本なら何でもいいわけではないが、良書に触れることにより感性の衰えを防ぎ、想像を膨らませることができる。書物を通じて社会を知ることができれば、己を知ることにつながり、己を知ることによって貧しさから脱却して豊かさな生活に反転するきっかけとパワーを得ることになるのである。とはいえ、なんらかのきっかけがなければ本に手を伸ばすことはない。読書経験が少なければいい本の見分けもつかない。それに対する有効な方法は難しいが、サークル活動という形式での読書運動、ボランティアとしての移動図書館運営などが考えられるのではないだろうか。短絡的に考えると気休めにしかすぎないと思われるかもしれないが、限界はあるにしても物理的な制約を超えて人間の精神的な活動に可能性を見出したい。

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