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2010年4月10日 (土)

エクスキューズ症候群

 約束を守れなかったら謝るしかないが、相手が強くとがめなければ反省の気持ちも薄れてしまう。約束にもいろいろあって、人の人生を左右するような個人と個人の大事な約束もあれば、組織と組織の契約という種類の約束もあるし、業務上決まっている会社内のルールの様なものもある。最後のケースだと、たとえば書類の提出納期がある。
 この例を、勤め先の現状で考えてみると、守る人はほぼ完ぺきに間に合わせるし、遅れる人は頻繁に遅れている。提出先が顧客であれば、さすがに遅れると自分に火の粉が飛んでくるので納期は守るだろうが(それでも遅れて不信を買う社員もいないではない)、社内であれば御免なさいで済むことが多い。受け取る側も、全社の業務日程に支障をきたす重要書類であれば許しはしないが、いったん事務局が受け取るような報告書などは多少の遅れは目をつむってしまうことが多い。ところが、このことは本人にもよくないし、会社にとっても問題発生の要因になっていくのである。
 納期に遅れても、次第に謝れば済むと思うようになっていく。最初はまずいと思うのであるが、何度もやっていると罪の意識が薄れていく。そして遂には、納期遅れを指摘すると、「厳しい」と言いだすのだ。決まった日に出すことは皆で決めたルールであり、当たり前のことである。これが、当たり前でない、すなわち例外になってしまう。これは御免なさいの常態化であり、エクスキューズ症候群と呼びたい。謝罪するのは本来屈辱的なことであり、二度と頭を下げるかという悔恨と決意を生じさせるものなのに、プライドなどどっかへ吹っ飛んでしまっている。こういう人は、間違いなく、すべてのことに無責任になりがちである。だから、いい仕事はできない。上司も自分に弱みがあれば、部下に厳しくなれなくなるのは世の常だから、経営はまず部下を持つものに規律を要求すべきなのである。それは仕事ができるできない以前の組織の基本にかかわることである。

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