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2010年4月17日 (土)

中国の「政治と経済」をどう見るか 

 中国は中国共産党が政権を握っており、一党独裁の社会主義国家と言われており、そのことに疑問を持つ人は少ない。また、その政治体制のもとで経済の仕組みとしては市場経済を大がかりに採用しており、そのことが近年の目覚ましい経済発展を推し進める原動力となっている。これは旧来の社会主義の概念からは想定できない社会発展の形態であり、どのように評価すべきなのか、あるいは今後をどう占うべきか興味深いところである。私は、政治家でもなく、学者でもなく、一民間企業に勤める経済人との立場から、限られた範囲ではあるが、その点について考えてみることにしたい。ちなみに勤務先は事業のうえで中国との関わりがあり、中国人との付き合いもある。したがって、悪意をもって見るのではなく、隣国として尊重し、またビジネスのパートナーが帰属する国家として位置づけることを前提に意見を述べることにしたい。

 さて、社会主義国家とはそもそもどういう性格の体制をいうのだろうか。30年近く前の学生時代を中心として読んだ何冊かの書籍からの知識であるが、(このブログを書くのに文献を引っ張り出すことはしない。これはあくまでブログであって論文ではない。)条件として上げられるのは、①社会主義を標榜する勢力(具体的には政党)が政権を握っていること。②その政権の性格は、基本的に労働者階級の利益を明確に優先する性格を持っていること。③生産手段の社会的所有(具体的には国有化、公社化など)を実現しつつあるか、すでにしていること。以上であるように思われる。付け加えるなら①は標榜するだけなら誰でもできるのであるから、一定の理論的な裏付けを必要とする。それは発生する地域や国によって違いうるが、マルクスの理論との近似性を持ったものになるだろう。過去の経済学や歴史哲学などの成果を踏まえたものでなければ、実質は社会主義と似て非なる、蒙昧な思想である可能性が高い。②について言うと、現在の社会主義政権を評価する場合に核心となる大事な点であると思う。遅れた段階で社会主義政権が出来上がると、当然ながら農民の占める割合が多くなるのだが、本質的には労働者階級が主導する権力という定義が与えられるであろう。③も大事な点で、社会主義の考え方によれば、社会主義政権の目的はそもそも生産手段の社会化によって労働者を搾取から解放することであり、また資本主義の内在する恐慌の発生を抑え込むことにあるのだから、これは必須のことであると考える。
 以上が社会主義国家の条件であると考える。では、今の中国はどうなのだろうか。まず①について。中国共産党は、毛沢東によって導かれた党である。中国国家は毛沢東の思想によって推進された革命運動の成果である。現在においても毛沢東主義はマルクス主義と並んで中国共産党の理論的な支柱となっている。この毛沢東主義についての評価についてはここでは触れないことにする。とはいえ、マルクス主義との比較で弱点を指摘されることはあるが、あのような大規模な革命運動を成功させた理論的、思想的な力は、いかに複雑な国際関係と混乱した国内情勢を条件としていたとはいえ、一定の評価を与えざるをえないであろう。②について。革命政権が樹立した時期の政権の性格については知識不足のため意見を保留するが、現在の政権が、労働者階級に準拠したものであるかどうかは疑問を持たざるをえない。経済的な公平性の部分では実際には格差が大きく、無権利状態に置かれている層もあると聞く。また農民出身の農民工と言われる人達は都市の市民に比べて冷遇されているのではないかと思われる。それは革命の途上で発生する過渡的現象だという主張が出そうな気はするが、惨状を見ると即座に肯んじえない解釈である。③について。市場経済の導入とその領域の拡大は、最早後戻りできない段階に達したと言える。そのことで、理念とは逆に、生産手段の私的所有が進んでしまっている。原理的におかしいと思う。ただ、これも言い訳はあり得るだろう。他の資本主義国家から中国国家、中国人民を守るためには、遅れた経済を思い切って拡大することが不可避である。生産手段の国有化による漸進的な発展が好ましいが、ソ連が崩壊し、社会主義勢力が後退している状況ではそれは困難である。市場化およびその急激な進展は一定のひずみを生じるだろうが、それは仕方のないことであって、痛みは緩和しつつもこの道を歩むしかないと。中国共産党がそのような考えを持っているのかどうか知らないが、仮にそうだったとしたら、極端な市場化は資本の論理を強めるばかりであって、多国籍化し強固に育った資本をどうやって中国の労働者階級の手に取り戻すというのだろうか。根本的な、自己矛盾ではないかと思うのである。

 勝手に意見を述べてきたが、中国建国の思想を尊重するにしても、今はそれとは離れた方向に進みつつあり、政治と経済のアンバランスは明らかであり、結果的に経済の領域のエネルギーが勝り、政治的な理念や体制が危うくなっていくことが容易に想像される。しかし、隣国の国民として、中国内にビジネスパートナーを持つ立場の者として、大きな混乱は希望しない。中国共産党が自ら政権を放棄することなど考えられないから、経済成長だけに目を奪われず、特権的なグループの利益は抑え込み、不遇の労働者・農民に対して手厚く遇して社会のバランスを図ってほしい。一旦走り始めた高速機関車は、簡単に止めることができないということかもしれないが、いったい将来何が起こるのか心配な気持ちは消すことができない。

  参考:ウィキペディアより
 社会主義(しゃかいしゅぎ、: socialism)は、生産手段の社会的所有・管理などによって、生産物・富などを民主的に分配し、平等な社会を実現しようとする思想・運動の総称である。

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