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2010年4月24日 (土)

「安さ」追求の貧困 安いことはそんなに有難いか

 デフレが長引いている。消費が、すべてではないが、安い商品へと流れていることは事実である。衣料品、食品はその顕著な例であり、そのなかで安さに加えて独自の特長を出して業績を上げている企業もある。衣料のユニクロやしまむら、外食のサイゼリヤや王将などが目立っている。そこでは、安さだけではないにしても、低価格が好まれている。かつては、たまたま安いものに出くわすと幸運を感じて喜んで購入したものだが、昨今は意識して安いものを探し回るという行動が目立つように思う。以前は主婦がスーパーのちらしを見て、少しでも価格差があればAという店へ行き、別の商品はBへ行くという具合に徘徊して回るのだったが、そういう行動があらゆる階層に浸透しているように見える。そういうことに大きなエネルギーを消費しているのだが、安いものを探しまわる苦労も投資と考えるならば、そこで得られるリターンはそれに見合うものになっているのか疑問だ。安いものを得るのはよいとしても、自分自身がくたくたに疲れてしまってはいないだろうか。体の疲れはもちろんのこと、心も貧しくなっている。所得が減っているから仕方ないのだ、それはそうだろう。しかし、強迫観念があって、必要以上に節約してしまっているかもしれない。もう十年も前から、価格破壊という言葉がまかり通っていたが、当時私の勤務先の社長が、自分が扱う商品の価格を自ら崩して何が楽しいのかと怒っていたのを思い出す。いいものだったら少し高くても買って、それを大事に長く使うという考え方が消費者にあってもよい。そういう考え方は、余裕がなくなったのか一部にしか見られなくなった。確かに、ユニクロの5倍以上もするシャツは10年ぐらい着ているがまだ着れるし、飽きも来ない。ユニクロも悪くはないが、選び間違えると1シーズンで着なくなるものがある。
 われわれのこのような行動は、まさに貧困の表れである。良質のものを、最低限購入し、慎ましやかではあるが、余裕のある生活がしたい。そんなことをすると需要がいっそう縮むという意見もでるだろうが、お金が回ればよいのであって、高くてよいものが流通すれば経済は動くのではないか。家のなかにガラクタの様な物がたくさんあることを豊かとは言わない。

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