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2010年4月23日 (金)

「なかったことにしておこう」 隠ぺい体質

 なにか良からぬ事態が発生したときに、そのことを周囲に知られたくないということがある。そういう時に、当事者同士で、この件は「なかったことにしておきましょう。」という密約が成立する。また、知らなかったこと、聞かなかったことという言い方もある。
 要するに、事実を隠ぺいするのであるが、その目的は批判・非難をかわすことである。当事者は周囲が容認しないことを予想しており、場合によっては罪の意識を伴うこともある。場合によってと言ったのは、悪くないけれども知られるとまずいという判断に依ることもあるからである。これは、政治的判断というのだろうか。例の核兵器の持ち込みに関する密約などは、政権担当者は悪いとは思っていないけれども、国民の批判をかわすために建て前を通したのである。ないことにしておきましょう、である。
 政治の問題はさておき、日常生活においてもよくあることだ。こどもが遊んでいて植木鉢を割ってしまい、おじいちゃんに叱られるのが怖くて黙っていようという約束が成立する。しかし、こういうことはすぐにばれてしまう。家族のなかでの出来事だから、内部で処理されて問題にもならないだろう。おじいちゃんを怖いと思うこと自体、今では価値のあることだ。とはいえ、起こったことを受け入れ、事実を認める姿勢を植え付けることが重要だ。怖いという感情があれば、次は注意しようという意識も生れ、一定の行動抑制につながるが、それだけでは再発防止にはならない。どういう状況でその事態が発生したのかを洗いざらい話して、その結果植木鉢を固定するなどの対応も考えられる。
 職場でもいろいろな間違いが起こる。小さなことから大きなことまである。一般的には小さなことは周囲に分かりにくく、大きなことは目につきやすい。大小をその時点での影響力の大きさと考えると、大きなことほど問題として取り上げられるのが当然だ。目につくから事実を認めざるをえないし、再発防止も一定施される。とはいえ、小さいことも放置すると後々影響力を増す場合がある。例えば間違った商品を出荷してしまい、気が付いたがお客さんから何も言ってこないから放置したとする。お客さんは間違ってその商品を使用したことで事故が発生する恐れもある。小さなことでも誤りを認め、都度事実関係を押さえ、対応を取る必要があるのだ。
 「なかったことにしておこう」と考える風潮は、問題を表に出さないことにつながり、個人の成長だけではなく、社会の進歩を阻害する。科学的思考を行う前に、その材料となる事実を認めることが肝要なのだ。

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