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2010年4月 9日 (金)

祭りの思い出 少年時代の記憶

 私の生れた町にも祭りがあった。まず2月には稲荷神社の祭りがあった。還暦の人が、神社の下にある広場に向かって餅やお金をまく行事があったのだが、たくさんの餅が入った俵が投ぜられた時には大人たちが奪いあいを演じ、その時が一番盛り上がった。小学生は、部落ごとに神輿を担いで神社まで歩く。神輿と言っても、飾りのない質素なものであったが、こどもには重量感があって、担いでしばらく経つと肩が痛くなってくる。「千両、万両」と声を上げるのだが、神社までの道があぜ道に毛が生えたような狭い農道だったので、それを聞く人はおらず、けっきょく大半の行程は沈黙のまま行進するのであった。神社に着いたらお参りして、出店でなにか買って食べる程度で、先ほどの餅まきぐらいしかイベントがなかったので地味な祭りだったと思う。それを楽しみにしている子供たちも多かったと思うが、私には興味をそそるものではなかった。
 ほかに七夕祭りがあった。これも部落単位で集合して、役に当たった家で食事をしたり遊んだりする。先ほどの神社近くの竹林まで行って、背の高い青竹を切って持ち帰り、そこに短冊などを飾り付けて立てる。この竹が子どもには結構重たく、運搬するのに骨が折れた。大人の助けを借りずにやるところに、ある意味教育的機能があったのだ。食事は決まってカレーライスだった。体を動かして腹をすかせていたからおいしかったが、家庭によって味は少しずつ違っていた。やはり、食べ慣れた自分の家のカレーが一番おいしいのだった。
 祭りといえば、この程度だった。足を運べば、新宮のお燈祭りがあったし、尾鷲のヤーヤ祭りもあったのだが、離れた町の祭りを観に行く習慣はなかったし、まして子どもには思い付かぬことだった。

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