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2010年3月20日 (土)

青春は甘く切なく苦しい

 青春という言葉はとんと聞かなくなった。青春という観念はひょっとしたら幾ばくかの余裕の産物なのかもしれない。汲々とした生活のなかでは、センチメンタルな感情は生まれにくい。生産が拡大し、人間集団には流動性があって、上昇もあるが転落もあるというその不確実さのなかに感傷が生れるのではないだろうか。
 こんなことを考えるのも年齢のせいであろうか。これからありうるであろう日々に比べて、過ぎ去った時間の方がはるかに長いことを自覚している。いくつになっても前を向いて生きてやるという気概は失っていないが、今でも自分自身の精神の核になっているのは、あの甘くもあり、苦くもあり、そしてあまりに息苦しい十年あまりの時代である。生きる糧は、決して恰好よくはなかったが、それでも「よりよく生きようとしたではないか、誇りをもって生きたではないか」という小さくはあるが確かな自信である。
 ある時期精神を患った。今、うつ病はメジャーな病気になった。あの時の自分が今で言ううつ病だったのかは自分で診断することはできないが、同類のものであったことは間違いないだろう。そこから抜け出すには時間が必要だった。幸いにも、若者にはあり余る時間があった。そして生きようとするエネルギーが残っていた。これが五十を過ぎた男に襲った現実であったなら、どうなっていただろうか。若くてよかったのだ。ダメージは傷として残るのではなく、まさに生きる糧となりうるのだから。

 今、クラフトの「僕にまかせてください」が流れている

 当時、若者には

 グレープの「精霊流し」があった
 もとまろの「サルビアの花」があった
 風の「22才の別れ」があった
 雅夢の「愛はかげろう」があった
 ダ・カーポの「結婚するって本当ですか」があった
 そして因幡晃の「わかって下さい」があった

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