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2010年3月の投稿

2010年3月31日 (水)

アクセス数が1日500件を超えた

 3月22日にブログへのアクセス数が500件を超えた。それまで3年間書き続けてきたが平均して1日10件にも満たない状況であったが、記事の数が500を超えたあたりから増え始めて、1日20~30件を数えるようになった。そして3月18日には173件に到達し、初めて100件超えを記録した。さらにその4日後に505件に達したのであった。また、翌日の23日には前日の勢いを継いで211件を記録している。
 22日の急増は1つの記事がその多くを稼いでいる。甲子園球場から帰ってきてネットのニュースを見たら、島根の開星高校の監督が21世紀枠で出場した和歌山の向陽高校に敗れたことに対して、「末代の恥」と述べたという報道があり、それに対して記事を書いた。その時にこの監督は、腹を切りたいとか、野球をやめたいとか言ったらしいが、私が目にしたニュースにはそこまで書いていなかった。したがって、監督に対して批判はしているが、さほど厳しくはなく、同情的な書き方もしている。そこには、私が開星高校に勝利した向陽高校を応援しに行っていたという事情も関係している。対戦した相手のチームの悪口は言いたくないものである。そのお陰で、たくさんアクセスしてもらった割には、たったの一つもコメントが入ってこなかった。緩やかな中身になっていたからだろう。
 それにしても関心を集める記事には一気にアクセスが集中するということが分かった。インターネットを商売にしている人や企業は、こういった傾向をよく知っていて、そこに情報を集めるのだろう。前にも書いたのだが、検索のキーワードとして使われるのは、固有名詞である。人の名前や団体の名前で検索されることが多い。一般的な名詞はあまりに多く使われているので、なかなか引っかからないのだ。固定読者がいるならば、何を書いても読まれるが、不特定の読者に読んでもらおうと思ったら、今言った点に気を付けるとよい。何が何でもアクセス数を増やしたいなら、いくつか手はあるが、そのために使いたくない言葉を使い、書きたくない記事を書くのはつまらない。書きたい記事を書くなかで、できるだけ読んでもらえる工夫をするだけである。

2010年3月30日 (火)

たそがれの御堂筋 坂本スミ子

   古川益雄 作詞
   加藤ヒロシ 作曲

  御堂筋の たそがれは
  若い二人の 夢の道
  お茶を飲もうか 心斎橋で
  踊り明かそう 宗右衛門町
  送りましょうか 送られましょか
  せめて難波の 駅までも オーオ
  今日の僕等の 思い出を
  テールランプが 見つめてる 

  銀杏並木の 御堂筋を
  肩を並べて 二人きり
  もっと歩こう 中之島
  川の向こうに ネオンの灯り
  遠い夜空に 流れる星を
  じっと二人で 見つめつつ ウーウ
  今夜もここで 別れましょう
  ビルの谷間の 淀屋橋

 歌詞もメロディーもロマンチックで、少ししんみりとした気分になる。歌っているのは坂本スミ子で、本来はラテンの歌手でパンチの利いた歌声が持ち味だが、この曲はぐっと抑えた歌い方になっている。
 大阪の土地を題材にした歌は多い。少し古くなるが、「王将」「月の法善寺横丁」「大阪ろまん」「雨の御堂筋」「浪花恋しぐれ「大阪しぐれ」「ふたりの大阪」「大阪ラプソディー」「大阪暮色」などがある。大阪という土地には生活感が溢れているというか、考え方・感じ方が非常に現実的なところがあると思われていて、ロマンチックな雰囲気がそぐわない気がしてしまう。これは大阪のおばちゃんイメージのなせる業か。東京も大阪も男女の恋の仕方に変わりはないと思われるので、専ら土地のイメージにまつわるものであろう。そんななかで、この「たそがれの御堂筋」だけは東京に似た都会感覚がまとわりついている。御堂筋近辺には大手企業のビルが立ち並んでおり、本社が東京にあったとしても文化が東から持ち込まれやすい土地柄なのかもしれない。

2010年3月29日 (月)

「心を生みだす遺伝子」

 日曜日に、「『氏より育ち』か『育ちより氏』か」というタイトルでブログを書いた。そのあとで近くの駅にある書店で文庫本のコーナーを見ていたら、「心を生みだす遺伝子」という岩波現代文庫が目にとまった。偶然であるが、ブログで書いた内容に対して一つの答えを出してくれそうな表題である。
 裏表紙の解説を見るとこう書いてある。「『ゲノム=青写真』という比喩は誤解を招く。遺伝子はむしろレシピのようなもの。コンピュータープログラムでいうとIFとTHENの両方がある。それが環境と手を取り合って働くから、人は生涯にわたって経験から学ぶことができるのだ。遺伝子が実際に何をしているのかを見ることで、『生まれと育ち』の真の関係が明らかになる。」
 随分難しそうな内容であるが、興味深い。さっそく買ってきた。自分が成長し、また人を育てる上でヒントになるに違いない。

2010年3月28日 (日)

「氏より育ち」か「育ちより氏」か

 身の回りにはいろいろなタイプの人がいる。他人の言うことを素直に受け取らず、何かにつけ否定語を発し、決して受け入れないタイプの人がいる。程度の差はあれ、このような行動をとる人は決して珍しくない。あなたの周りにも、一人や二人は思い当たるだろう。こういう人を見ると、なぜそのように反応するのか考えてしまう。それは、こちらの言うことを分かってほしいと願うからに他ならないが、経験的にそう易々と解決しないことも知っている。
 脳科学、心理学、精神分析学、教育学などの専門的分野を学ぶことによってこのような疑問に一定の答えは可能だと思うが、生来の無精である私はその手の本に手を伸ばす熱情はなく、伝家の宝刀である経験的推測によって少しばかり語ってみたい。
 心の動き方のパターン、傾向を性格と呼ぶのだろうが、これは生来のもの(遺伝的要素)、外的(環境)要因によるもの、そして意思的(主体的)要素によって影響を受けている。このなかで私は従来、一番強い要因として「環境」を上げていたし、今でもそう思っている。先ほど例に挙げた特徴を持つ人は、そうなるような環境で育ったに違いないと思ってきた。例えば、子供のころに自分の感情や主張を容易に受け入れてもらえない境遇にあった。その「壁」となるものは親である場合が多いだろう。たまには受け入れられることもあるには違いないが、否定されるパターンが支配的になるとそれが自分自身の反応の仕方としても脳に取り込まれてしまうのではないか。消極的ではあるが、これも学習に違いない。そしていったん定着したものは、それ以降無意識に繰り返されるのである。
 これとは別に、このような傾向は生まれつきだという見方もある。これにも一定の説得力がある。子は親に似る。体型は明らかに遺伝的要素によって決定付けられているが、心の動き方もまた、遺伝子に組み込まれているという説がある。ただ、現象的にみると、先ほどの環境が影響を与えるという説との混同が生じる。子のほとんどが実の親とともに生長するからである。最近では、脳科学が進み、遺伝子の解明も飛躍的に進んでいる。その研究内容はよく知らないのだが、推測するに、心の動きもある種のプログラムとして遺伝子に組み込まれているということなのだろう。細かいことは別にして、考え方はそうに違いない。すなわち、今までは生まれつきとしか言えなかった現象が、科学的に説明ができつつあると言うことだ。このことにより、「氏より育ち」という考え方が、「育ちより氏」という考え方にやや傾くのではないかと思われる。私は、「氏より育ち」という言葉は積極的な意味をもっており、よい言葉だと思っている。それは、これから変わりうるという可能性の思想を含んでいるからだ。三つ目の要素として上げた意思的(主体的)要素を重んじる立場である。
 科学は客観的に事実を解明してくれる。人間の意思が思考や行動をどこまで制御できるかについても、さまざまな分析や実験によって明らかになるだろう。しかし、そこから先は人間がその事実を踏まえたうえでどのように行動するかである。それは最早科学ではない。ただ実践の哲学があるのみである。われわれは、意思によって脳の構造を変えることはできない。環境を変えることしかできない。それは自分自身を変える壮大な事業なのだ。人は、それを「人生」と呼ぶ。

今日も好投 向陽高校藤田投手

 前回の開星高校戦は本人も語ったように、またいつも彼の投球を見ている山下先生も評したように過去最高のピッチングを見せた。では第2戦はどうだったか。さすがに初戦ほどではなかったが、強豪の日大三高を相手に素晴らしい投球を見せてくれた。初回から、投球後に体が流れるような感じがあり、完璧なフォームで投げていた開星戦との違いが見えた。遠くから観戦していたのでコースは分かりにくいのだが、おそらく少し甘く入っていたのではないだろうか。それが被安打の多さにつながったと思われる。しかし、速球は走っていた。得点圏に走者を置いた場面では渾身の速球で打者を仕留めた。おそらくスライダーの多投を予測した日大三高打線の裏をかいた、大胆で気迫満点のベストピッチであった。

 さて藤田投手の選抜は終わった。次の大目標は今日から夏の大会である。春にも試合はあるが、それは夏へのワンステップにすぎない。今大会を見ていて、単に調子が良いというだけではなく、地力が付いたように思う。それは今日の試合で感じた。人間の能力は短期間に急上昇するケースがあるが、藤田君は甲子園という舞台を得て力を伸ばしたのだと思う。とはいえ、夏の和歌山を勝ち抜くの並大抵ではない。甲子園で勝つことよりもはるかに難しい課題である。速球にさらに磨きをかけ、スライダーとカーブを駆使して緩急をつければ智弁打線を抑えることも不可能ではない。

 最後に、練習のあとは大変だろうけれども勉強もこつこつ頑張って、文字通りの文武両道を実践し高校球児の模範として進んでいただきたい。

健闘光る向陽高校 日大三高相手に善戦

 3塁側アルプススタンドから向陽高校対日大三高の試合を観戦した。結果は3対1で日大三高が勝利したが、二十一世紀枠で出場した向陽高校は初戦突破に続き、有力校に臆せず堂々とした戦いぶりを見せた。なかでも主戦の藤田投手は、走る速球を武器に強気の攻めを貫き、安打は許したものの要所を締めて試合を盛り上げた。私の予想スコアは5対1であったが、僅差に持ち込んだのはまさに藤田投手の気迫のなせる業である。

  *向陽高校の敗因
 攻守でミスが出た。力の差を埋めるには堅実なプレーが必須であったが、得点圏にまで打者を進めるエラーがあり、また追加点が欲しいところでのバントミスも出てしまった。初戦の開星高校戦は向陽側にとってパーフェクトの試合だったが、二戦続けてそれを求めるのは酷だった。惜しむらくは、最初の一点を向陽側は欲しかったのだが相手に行ってしまった。日大三高にもミスがあって向陽側への流れもあったのだが、やはりミスがその流れを止めてしまったと言えるだろう。

  *今後の課題
 1 バントなど基本的なプレーに練習の時間を使ってほしい。
 2 打力にひ弱さが見られる。夏の予選を突破するには、今大会で対戦したような全国クラスの投手の速球を打ち返すスイングの強さが求められる。筋力トレーニングも積極的に取り入れ、練習後のたんぱく質の摂取を強化して強い体を作ってほしい。
 3 投手力は光るが、夏は智弁和歌山を倒さなければならない。今大会で藤田投手は最速139kmを記録したが、できればもう少しアップしたい。加えてスライダーと緩いカーブに磨きをかけて緩急をつければ智弁打線は打ちとれる。難しい課題であり、智弁ばかりをマークすると他校に足をすくわれる恐れもあるが、意識は智弁に向かうのが当然だと思われる。

2010年3月27日 (土)

庄司、山崎慎太郎、藪、巽、おまけで中後、鬼屋敷

 私は三重県の最南部の出身である。隣県和歌山の新宮市まで十数キロと近い。今は人口3万人余りの小さな町だが、かつては木材の集散地として栄えた。この地方は都市圏から距離があり、交通の便も悪いため経済的には孤立感が強いが、そのなかにあって新宮市は文化の先進性にその特長が見られる。その分野で言えば、大石誠之助がいるし、「鳩ぽっぽ」を作詞した東くめ、佐藤春夫、中上健二がいる。小さな町にしては、歴史に名を残す人物が多い。
 ところで、今日はそういう話題ではなく、野球の話だ。新宮高校出身のプロ野球選手は多く、中でも投手が活躍している。私の記憶にある選手名を上げると、庄司智久、山崎慎太郎、藪恵市、巽真吾となる。2年目の巽は未知数だが、他は超一流ではないが、それなりに活躍したと言ってよいだろう。庄司は巨人からロッテに移籍した後に一時期目立つ活躍をした。山崎慎太郎は10勝しても10敗するという投手で、目立った球はないのにそこそこ投げる面白い投手だった。藪は、私と同じ三重県内の町の出身だが、新宮高校に入学した。彼は山崎と違って球は素晴らしいものを持っていたが、なぜか後半になると打たれる傾向が強かった。加えて、所属する阪神の成績が低迷した時期だったので勝ち星には恵まれなかった。入団2年目など防御率は2.98だったが7勝13敗だった。大リーグに挑戦して7勝をあげたのは立派である。巽は進学した近畿大学で頭角を現し、ソフトバンクに1位指名された。今年が飛躍の年になるだろう。おまけで中後。新宮高校ではなく近大付属新宮高校出身で近大の投手。この選手もプロへ行くだろう。もうひとつおまけで、今年巨人軍に入団した鬼屋敷。新宮に近い三重県熊野市にある近大付属高専を3年で終えてプロに進んだ逸材である。
 過疎の地域で、これだけの選手を出しているのは、地域住民の野球に対する関心の高さと熱心な指導者の存在を忘れてはならないだろう。

2010年3月25日 (木)

監督のインタビュー 「子供たち」という言い方に違和感

 高校生の競技で、勝利したチームの監督へのインタビューを聞いていると、「子供たちが頑張ってくれました。」とか「子供たちがここに連れてきてくれました。」とかいうコメントをしばしば耳にする。このときに、「子供たち」という言い方に、不快とまではいかないが、違和感を覚えてしまう。これは私だけだろうか。
 私としては、「選手たち」「生徒たち」という言い方がぴったり来る。確かに、監督の年齢からすれば選手が自分の子供の年齢であったり、場合によっては孫の年齢であったりするが、若いとはいえ実際はもう子供というよりは大人に近い人間であり、高3にもなればかなりの判断が自分でできる。「子供」というのはあまりに未熟な人間として見過ぎているのではなかろうか。それとも、いつからか知らないが、インタビューでは「子供たち」という言い方をすることが慣例として定着してしまったのか。意外にも、この説が当たっている可能性がある。
 カメラの緊縛というものがあると思う。カメラを向けられると、こういう顔をしなければならないとか、こういうしゃべり方をしなければならないとか、こういう言葉を使わなければならないとか、そういう縛りが生れる。常に注目されている有力校の監督ならば余計に自意識が過剰になるだろう。

 こういう事情があるにしても、やはりいやである。お決まりのせりふはやめにして、率直に頑張った選手諸君を褒めたたえればよいと思う。ここへ連れて来てくれましたと言うのは、自分が主人公みたいな言い方なのではないか。自分は選手についてきたぐらいに思えるとよい。

2010年3月22日 (月)

向陽高校の勝利投手 藤田君に拍手

 今日の向陽高校の勝利の立役者は、何と言っても投手の藤田君であろう。強打線に対し臆せず、自分の持ち味を十二分に発揮してバッティングをさせなかった。この一勝は、語呂合わせではないが、一生の宝になるに違いない。

 私が藤田君を知ったのは昨年の秋だった。向陽高校野球部は秋季大会で好成績をあげ、近畿大会に進んだ。その時に、彼が通う塾の先生に聞いて向陽の主戦投手として頑張っていることを知った。プライベートなことには触れたくないので詳細は省くが、厳しい環境にも弱音を吐かず、まじめに野球に打ち込んでいる。また、同時に、これはなかなかできないことだが、塾にも通って受験に備えているそうだ。

 これから野球選手としてどこまで伸びるか分からないが、今日の様なピッチングが安定してできれば大学でも続けられるかもしれない。あるいはそのレベルまでは達しないかもしれない。いずれにしても、これまで通りひたむきに練習し、また高校や塾での勉強にも精を出していただきたい。塾の先生は甲子園のアルプススタンドで、わが子が投げるのを見ているように祈りながら応援していた。賢い子らしいので、多くの人に支えられ励まされて今に至っていることは承知しているだろう。少し頼りなくなってきたと思われている若者には手本として、われわれ中年のおじさんにはおとなも頑張れという叱咤のメッセージとして頑張っていただきたい。

開星高校監督のインタビュー

 選抜高校野球2日目第一試合「向陽高校対開星高校」の一戦は、2対1で向陽高校が勝利した。私は甲子園球場で観戦していたので、試合後の監督インタビューは見れなかったがインターネットのニュースで見ると、開星高校の監督が21世紀枠の高校に敗れたのは末代の恥と語ったそうである。悔しいのは分かるが、この発言はあまり褒められたものではない。とはいえ、監督にこの言葉を言わしめた高校野球を取り巻く環境にも問題がある。

  *力関係だけで勝敗は決まらない
 勝負は時の運とはよく言ったものだが、トーナメントの勝負においては結果がどちらに転ぶか分からない面白さがある。この対戦では、あらゆる要素が向陽高校側に流れて行った。監督の采配に問題なしとは言い切れないが、決して恥ずかしいと言うような内容ではなかった。しばらく公式戦から遠ざかっていたという点では双方に条件の差はないが、和歌山の高校にとっては地元に近い地の利があることは否定できない。応援団の数にも大きな差があって、向陽の選手にいくらか気持ちの落ち着きがあった。そのことが一番現れたのは、両投手のピッチングである。向陽の藤田投手は緊張がいい方に影響して、普段以上に気合いの入った投球を展開した。それに対し、開星の白根投手はいくらか集中力を欠いてしまったようで、少しではあるがミスが出た。この差が結局は勝負を決めてしまったのである。開星高校は藤田投手を打てなかったが、本人も言うように、野球人生で最高のピッチングをされたら好打者でもなかなか打てないのである。

  *監督の責任の重さ
 私立の強豪校の監督の責任は大きい。学校の経営者・経営母体からの期待は絶大であり、その心労は察して余りあるものがある。野球チームは経営を安定・拡大するための戦略的武器であり、その成否はおそらくわれわれが考えている以上に影響力を持つのであろう。しかし、そんなことは純粋にスポーツに打ち込んでいる者にはあずかり知らぬことである。
 開星高校は、秋季の中国大会を非常に強い勝ち方で制した。これだけでも賞賛に値するが、ますます期待を膨らませることになったのだと思う。そして甲子園に来て、相手が21世紀枠の学校である。学校関係者も監督も、普段の通り戦えば勝てる相手と踏んだのは間違いなかろう。力関係から考えれば妥当な判断だ。すでに1勝は計算に入ってしまった。しかし、先ほど述べたように勝負に絶対はない。ある意味不運であった。しかし、この結果をそういう風に考えてくれる関係者がいるだろうか。ほとんどの人が、なんで負けたのだと残念がる。それが監督には痛いほど分かるのだ。それでは、何と申し開きすればよいのだろうか。
 出た言葉は、「末代の恥」であった。日本人として、これ以上の懺悔の言葉は見つからない。そして、それを超える慰めの言葉もありえない。
 何もかける言葉はないし、伝える手段も持ち合わせないが、奮起して次の大会を目指してほしい。それは自分のためではなく、頑張っている選手のためなのである。

向陽高校対開星高校 甲子園観戦(応援)記

 三男と一緒に朝早くから甲子園球場へ。KGセミナーの山下先生と落ち合ってアルプス席へ。三塁側は向陽高校の応援団でいっぱいとなった。結果は2対1で向陽高校が45年ぶりの甲子園勝利を手にした。

  *藤田投手の好投に尽きる
 藤田投手の投球が冴え渡った。体のキレもバランスもよく、速球とスライダーがきれていた。私が見ていても、腕がよく振れていて、バッターとしてはタイミングが合わせにくかったのではないかと思う。彼の投球を長年見ているという山下先生は、今まで見た中で一番の投球だと評していたが、あとで聞いた本人のインタビューでも過去最高のピッチングとコメントしていた。

  *流れを引き寄せたゲッツー
 3回表の開星の攻撃を、ショート森君が止めた。強い当たりのゴロを好捕してゲッツー。ちょうど欲しい時に絵にかいたような併殺があって、応援団席にも行けるという空気が広がった。監督のインタビューでも、あれで気分が楽になったと話していたそうだ。

  *やはりミスが怖い高校野球
 開星の白根投手は評判の好投手で、投げる球に威力があって素質を感じさせた。ただ緊張のためか集中力に欠け、不用意に歩かせたり悪送球で走者を進めたりしてしまった。捕手の返球を何度か取り損ねた姿を見ると、平常心を保っていないことが分かった。負けるチームにはよくあることだが、敗因を自ら作ってしまっている。

  *これしかないという勝ちパターン
 先取点を取り、僅差で逃げ切るというパターンしか勝ちはありえなかった。そして、その通りになった。結果は多種多様な要素の組み合わせで生じるが、選手たちの努力に相手側のミスが加わり、運も大きく味方して、確率的には小さいであろう勝ちパターンに流れて行ったのである。結果論であるが、4回の裏の攻撃で2点目が入ったことが勝負を左右した。それにしても、3本の安打のうち2本がタイムリーとは、相手にとっては狐につままれたような話ではないか。

2010年3月21日 (日)

パソコンの弊害 手紙が書けない

 今日、学生時代にお世話になった方に手紙を書いた。その方は95歳の女性で、東京で戦後一貫して飲食店の経営を生業とし、4年前すなわち91歳まで続けたのある。学生時代はサークルの仲間と大勢で押し掛け、大騒ぎしてご迷惑をお掛けした。卒業してからも何度か訪ねたが、大阪に住んでいるとたびたびは難しく、4年前の閉店の集いにも参加できなかった。

 さて、便箋を出してきて書き始めたが、なかなかうまく書けない。書けないと言っても、文章が思い付かないのでもなく、漢字が思い出せないのでもない。手がうまく動かないのである。便箋は横書きなので、横に筆を運ぶが、字が整わない。考えてみれば、メモをとるときにはペンを使うが、きちんとした文章は専らパソコンで打つのである。商用ならば、パソコンで作成しても全く失礼なことはない。また多くは、メールで連絡をとってしまうので手紙という形式に向き合うことは稀である。
 考えてみると、こんなにパソコンに体が順応してしまっているのかと驚く。その分他のことは体が忘れているということだ。パソコン、インターネット、携帯電話が人間の能力に大きな影響を与えている。これがこの先何十年も続くと、脳の構造と身体の機能にある種の進化が起こり、後戻りできなくなるに違いない。

思考力と知識は課題達成・問題解決の両輪

 生きていくなかで、課題を達成したり問題を解決したりするには、思考力と知識が必要である。これが答えを導き出すための両輪であることは分かる。思考力にも論理的な思考力と瞬間的に働く直感があるだろうし、知識にも断片的なものもあれば多くが組み合わさった総合的な知識もあるだろう。中身は単純ではないが、簡単に言ってしまえば、思考力と知識である。

  *知識の量と質
 日本の大学に入るまでの教育の問題点として、長い間「詰め込み教育」の弊害が叫ばれてきた。そしてその反動としての「ゆとり教育」が行われ、さらに揺り戻しとして再び教える中身のボリュームアップが図られた。教育審議会などで議論されてきた内容については関心がなかったので詳しくは知らないが、最終的には「量」の問題が焦点になったのではないかと思う。確かに、またあとで述べるように、たくさん知っていることは大事である。しかし、質的な面もおろそかにできない。鉄砲はいつどこに伝来したとか、信長が楽市楽座を推進したとかいう知識を覚えるのも無意味ではないが、鉄砲の伝来がその後の戦法にどんな変化を与え、それが社会の変動にどうつながったを教えることが大事であるし、楽市楽座が経済の活性化に及ぼした影響を教えることも大事である。そして戦国時代という時代がトータルとしてどういう性格を持っていたかを他の時代と対照させつつ分からせることが重要なのである。そうすれば、一つひとつの断片的な知識にも断然違った値打ちが生じる。

  *思考力の中身
 考える力が不足しているという。職場で周囲のいわゆる中年に属する人達を見ていても考える力が不十分だと思う時がしばしばある。問題解決にあたって、まず問題自体が正確に捉えられない。そこに正しく対応しない対策を考えるものだから、結局同じ問題を再発させてしまう。こういう状態だから、若い層の思考力がさらに弱っていったら今後どうなるのかと心配になってしまう。現実の問題として、その弱さは企業の組織力に影響するから放置できない。毎年何百万円かを投じて教育・研修を行うことになる。本当を言えば、就職する前に身につけておいてほしい技量である。
 考える力には論理的思考力と直感とがあると書いたが、よく考えるとこの二つには強いつながりがありそうだ。直感の元は経験であろう。社会的な現象に対して子どもは直感が働かない。過去の現象と現象とを論理的につなぎ合わせて、原因と結果の連関のパターンを会得しておれば新たな現象に対して直感が働くようになるのではないか。したがって、子どもの教育における考える力の育成は高度なものにはなりえないだろう。
 とはいえ、初歩の段階から思考力習得のプログラムを組み込むことが必要である。よく例に出されるフィンランドの成功なども参考にして、少人数学級化などの政策と合わせて進めるべきだ。

  *結論
 教育の話になってしまったが、言いたかったのはそういうことではない。思考力は思考力として単独であるのではない。思考力はまた、論理学を学べば身に付く性格のものでもない。それは、経験のなかで具体的な事例を通じて訓練される性格のものである。
 思考には材料が必要であり、それは経験や学習によって得られる知識である。知識はバラバラであるよりもある程度体系化されている方が使いやすい。実際に考える場面では、知識によって論理の正しさを補強できる。よく使われる例では、「人間はビタミンの摂取を必要とする。野菜はビタミンを豊富に含んでいる。だから、人間は野菜を食べなければならない。」という論理がある。いつも野菜を食べなさいと言われ続けている人は、とっさにこれは正しいと思ってしまいそうだが、実は誤りである。ここで野菜以外にもビタミンを含む食物があることを知っていればこの論理のおかしさに気がつきやすい。もちろん、知らなくても分かる人には分かるのだが、知っていることで早く答えに到達できる利点があるのは間違いない。たくさん知っていることの効用は間違いなくあると言えるだろう。
 ただし、気をつけなければならないのは、誤った知識や偏見を持っていると、論理的な思考力を持っていても誤った結論を出しがちだという点だ。ビタミンは野菜にしか含まれないと思い込んでいたら、その偏見が論理の力を粉砕してしまうだろう。そうすると正しい知識を身につけることがいかに大事かが分かってくる。

 われわれに大事なのは、問題に直面した時に、あるいはそれへの解決策を考えるときに、本当に考えていることが理屈として合っているのか執拗に点検することである。これが訓練にもなる。また、日頃から本を読むなどして知識を豊富に身につけることである。ただし、いい加減な内容の本は選んではいけない。分からなければ、よく勉強していてバランスのとれた発言をする先輩に助言を仰ぐと大外れはしないと思う。

2010年3月20日 (土)

青春は甘く切なく苦しい

 青春という言葉はとんと聞かなくなった。青春という観念はひょっとしたら幾ばくかの余裕の産物なのかもしれない。汲々とした生活のなかでは、センチメンタルな感情は生まれにくい。生産が拡大し、人間集団には流動性があって、上昇もあるが転落もあるというその不確実さのなかに感傷が生れるのではないだろうか。
 こんなことを考えるのも年齢のせいであろうか。これからありうるであろう日々に比べて、過ぎ去った時間の方がはるかに長いことを自覚している。いくつになっても前を向いて生きてやるという気概は失っていないが、今でも自分自身の精神の核になっているのは、あの甘くもあり、苦くもあり、そしてあまりに息苦しい十年あまりの時代である。生きる糧は、決して恰好よくはなかったが、それでも「よりよく生きようとしたではないか、誇りをもって生きたではないか」という小さくはあるが確かな自信である。
 ある時期精神を患った。今、うつ病はメジャーな病気になった。あの時の自分が今で言ううつ病だったのかは自分で診断することはできないが、同類のものであったことは間違いないだろう。そこから抜け出すには時間が必要だった。幸いにも、若者にはあり余る時間があった。そして生きようとするエネルギーが残っていた。これが五十を過ぎた男に襲った現実であったなら、どうなっていただろうか。若くてよかったのだ。ダメージは傷として残るのではなく、まさに生きる糧となりうるのだから。

 今、クラフトの「僕にまかせてください」が流れている

 当時、若者には

 グレープの「精霊流し」があった
 もとまろの「サルビアの花」があった
 風の「22才の別れ」があった
 雅夢の「愛はかげろう」があった
 ダ・カーポの「結婚するって本当ですか」があった
 そして因幡晃の「わかって下さい」があった

和歌山で予備校を探すなら お薦めのKGセミナー

 今年の大学入試も終わりに近づいた。希望がかなった生徒、不本意ながらも第二志望以下で進学を決めた生徒、第一志望に拘って浪人を決めた生徒、合格がなく浪人を余儀なくされた生徒、そして合格できずに進学をあきらめた生徒。進路はそれぞれ違うけれども、それぞれに新しいスタートを切らなければならない。
 ところで、来月私立大学の2年生になる二男が午後から外出した。用件は、小学校の時からの友人が二浪することになり、某大手予備校の説明会に付き添って行ったのだった。私は二浪は精神的にかなり厳しいなと思いつつ、和歌山のKGセミナーのような塾が大阪にあったら勧めるのだがと家内に向かってつぶやいていた。
 KGセミナーは二人の先生で運営する和歌山市内にある大学進学のための塾である。「KG」は塾長である山下先生の出身校関西学院の頭文字からきているそうだ。私はこの塾を塾長のブログで知ったのだが、それ以来その興味深い内容に惹かれて毎日のようにブログに目を通している。授業の内容にとどまらず、生徒たちの生活までもが目に浮かぶように描かれていて、感銘を受ける場面も一度二度ではない。特に、社会人にとっても大事だと思う点については勤務先の朝礼で紹介したり、記事として掲示板に張り付けたりしている。
 生徒は主に和歌山市および周辺の公立高校から来ている。遠くは田辺から通っている生徒もいるそうだ。実績は抜群で、地元の和歌山大学は言うに及ばず、多くの国公立大学、関関同立、産近甲龍などの私大に多数合格者を出している。生徒の前年の成績から比較すると大きく伸長していて、なかには普通では到底届かない大学に合格している例もあり、その指導の質に驚くと同時に人間の成長の可能性まで感じさせてくれるのである。
 この塾にはユニークな文武両道クラスがある。野球部を中心としてクラブ活動を続けながら現役で国立大学を目指すクラスだ。今春の高校野球選抜大会に選ばれた向陽高校のエースもこのクラスの生徒で、毎日練習が終わってから授業に通ってくると言うから感心してしまう。個々人が努力するだけではなく、クラス全体で励ましあって前に進もうとしている姿が今の社会にない人のつながりを感じさせてくれて、清々しい印象を受けるのである。

 和歌山周辺で、ご子弟を予備校に通わせることを検討されているご父兄はぜひKGセミナーの門をたたいていただきたい。

 

どこで線を引くか 判断の憂鬱

 新しい制度が導入されると、そのことで人によって受ける恩恵に大小の差が生れるし、時には不利益を被ることがある。何かの手当を支給する場合に所得制限を設けることがあるが、6百万円が境か、8百万円か、1千万円か、政権の思惑が絡んで微妙な決定になる。6百万円未満に支給すると決まれば、6百万円の所得がある人には不満が残るであろう。この線引きに絶対的な根拠はない。その付近であればよかったのであって、きりの良い数字で決めたという他はないだろう。それにしても一部の階層には不満が残る。不満はマスコミなどで言い訳程度に報道されるが、国民から遠く離れた政治家にはリアルに届くことは少ない。したがって不利益を被る人の声は切実に理解されないのだ。

 企業でも何かを決めて実行しようとすると、線引きで困ることがある。そして、決めて運営する立場と社員との距離が近いためにリアクションを直に受け止めねばならない場面が生じるのである。そういう時には、推進する側は憂鬱な気分になってしまう。
 勤務先では冬場にウォームビズを実施している。22度に設定しているが、部署によって条件の違いがあって均一の気温にはならない。また同じ場所にあっても顔の位置と足の位置で温度差があったりする。また、これが重要なのだが、寒さに対する感覚・耐性に個人差がある。その部分は事前に一定の想定があって、膝かけなどで個々に対応してほしい旨通達を出していた。省エネの趣旨については社会の変化もあって理解は進んでいると思われるが、それでも寒さに弱い人には負担になっているようだ。なかには、特異な体質の人がいる可能性もある。
 このようにさまざまな条件の違い、個人差がある空間であっても(このような状況はどの会社にもあり、特殊なものではない。テナントビルなどでは自分でコントロールが不可能な場合もある)、基準を設けざるをえない。そのときに、どこに線を引くかはその組織の考え方次第だ。このケースで言えば、省エネという観点からはあえて厳しい基準も取り入れなければならないと思うが、弱者への配慮も忘れてはならないと思う。いろいろな声が聞こえてくるなかで、どう受けとめるべきか悩み、憂鬱になることも正直ある。仕方がないという割り切りは容易にできるものではない。

宋文洲氏のこと

 宋さんはビジネスの世界ではよく知られた人で、最近はテレビ出演もあるので知名度は上がってきていると思う。ソフトブレーン株式会社を創業して一部上場を果たし、今は取締役を退いてアドバイザーとして経営に関わっている。ちなみに、私が勤務先の営業管理部長だった時に、ソフトブレーン社に営業の日報システムを相談していたことがある。携帯電話を使って営業の行動管理、商談の進捗管理をしようという企てだったが、異動があったために成し遂げられず、頓挫した。
 さて宋さんは日本企業の営業のやり方に始まって経営のあり方にまで幅広く発言している。また場合によっては日本の政治や文化についても言及することがある。その内容は明瞭で、歯に衣着せず、言いたいことをズバッと言う印象が強い。知る範囲では、中国人はどう受け取られるかということを事前にあまり考えずに自己主張をするように思われる。そういう点が宋さんの持ち味として評価され受け入れられているのだと思う。
 宋さんの記事はネットのコラムで時々読んでいる。今週は「立派な企業理念は怪しい」というタイトルの記事があった。立派なことを言っていても、実際にはコンプライアンス上問題のある大企業も多く、こういう企業では経営者が思い付きや好みで理念を考えだすので社員にとっても甚だ迷惑だというのである。宋さんは、ビジネスと世直しとを混同してはいけないと主張する。企業がやるべきは、「まず国の法律や規制を守り、その範疇内で受け入れてもらえる製品やサービスを作り、正当な利益を受け取る」ことである。
 テレビのコマーシャルなどを見ていても、この企業は本気でこの理念に基づいて仕事をしようとしているのだろうかと疑いたくなる時がある。某大手家電小売業者のCMの時に特にそう思うのだが、それは予めその企業についてのネガティブな情報を得ているからに他ならない。恐らく、それを知らない消費者は繰り返し目にするたびに事実とは違うイメージを持つようになるのだろう。しかし、それにしても、店頭で社員の接客を受けてみれば、その理念が活かされているか分かるというものだ。本気の理念ならば、それを社員に理解させ、行動させるための教育・指導に余念がないはずだ。仮に、テレビCMで宣言して良い会社だと世間に思われているのだから恥ずかしくないように努力せよという論理ならば、それは脅迫に等しい。
 

2010年3月17日 (水)

靴の底の減り方から考えたこと

 交差点で信号待ちをしているときなどに、自分の前に立っている人の靴の底が目に入ることがある。特に意識していなくても、その形がいびつだったりすると思わず見つめてしまう。左側が特に減っていたり、その反対側だったり、あるいは右足は均等に練っていても左足の減り方に偏りがあったりする。こういう人は特別に例外というわけではなく、よく見かけるものである。
 人間の体は必ずしも左右にバランスが取れているのではなく、また動き方においてもアンバランスであることが多い。それは骨格の問題であったり、筋肉の強弱の問題であったりする。そういうアンバランスな状態で生活をしていると、自ずと重心がずれて負荷が一方に偏るようになるだろう。それが腰痛の原因になったりする。
 自然の世界に全くシンメトリーな形はない。不完全な形でばらついて存在している。確かに、完全に近ければ美しいし、完全に近ければ合理的な動きができる。しかし、普通の人間はアンバランスなのだ。見た目もそうだし、能力や性格においてもバランスの良い人間は滅多にいるものではない。なんらか不足があるのである。それでも、部分的にせよ、良い点、優れた点はある。それが組織にとって必要だったりするし、社会に役立ったりするのである。短所があまりにひどかったりすると良いところも相殺されてしまうが、そういう点は周りがしっかりしていれば次第に角が取れるようにして目立たなくなっていくものである。

巣鴨駅の利用者と株価の関係という記事

 ある証券会社の情報に、巣鴨駅の利用者と株価には強い相関関係があるとの記事があった。ちなみに相関係数は0.51だそうだ。
 面白い記事ではあるが、これが何の役に立つのか分からない。二つの数字に関係性があることは言えても、因果関係は言えない。巣鴨駅の利用者が増えれば株価が上がるとは言えないし、株価が上がれば巣鴨駅の利用者が増えるとも言えない。ただし、後者の場合は見方を変えると因果関係らしきものが見えてくる。株価ではなく、景気の変動と駅の利用者、言い換えれば電車の乗客数を並べてみると、経験的にも分かる事実に思い当たる。景気が良くなると電車が混雑することは経験的に知っていることだし、理論的にも説明が付く。そうすると時期のズレが若干あったとしても、株価と景気とが同じ動き方をするとすれば、株価と電車の乗客数との関係が見えてくる。
 さて記事では巣鴨駅を取り上げているのだが、その理由は他の駅に比べて相関が強いからだろう。どの駅にも同じ傾向があるならこういう記事にはならない。なぜ巣鴨駅か。そこは記事でも明確な説明はない。景気との関係で推測すれば、商業施設が近くに多くあるとか、景気の影響を受けやすい企業が集中しているとかの理由が考えられる。
 証券会社の記事だから、株価の動きを読むという狙いがあるに違いないが、このデータは月単位の粗いものであって、事後的にしか分析できないのである。目的から言えば、日々分析できなければ意味がない。毎日巣鴨駅を訪れて観察でもしろと言うのだろうか。

お葬式について 火葬が先か葬儀が先か

 葬儀が終ってから出棺して火葬場に持っていくのが普通だと思っていたが、地域によっては先に火葬してから葬儀に臨むやりかたになっている。山形の知人から地元ではそうなっていると聞いて、東北はそういう文化なのかと思ったが、実はそんな連続性はなく東北でもまちまち。関東にも見られれば、西日本にもあるようだ。先に焼いてしまうようになった理由は地域によって違うようである。漁師町では、行事の中心になる男たちが漁から帰るのを待つ必要があったので先に焼くことになったらしい。
 考えて見れば、私の父が亡くなったときも、会場が空いていなかったことに加えて真夏であったことから例外的に先に焼いた。そういうことがたまたま続いたりしたら例外でなくなり、普通になってしまうのかもしれない。どちらがいいのかは一概には言えないが、最後のお別れと称し、泣きながら御棺のなかに生花を並べる遺族の姿は見るに忍びないし、当事者であればそういう姿を人前でさらすのは辛い。先に焼いていれば、かなり落ち着いた気持ちで式に臨むことができるのである。
 葬式の形も変わってきている。基本的には規模が縮小され、費用も掛けなくなっている。経済的な余裕がなくなっている面もあるが、人と人のかかわり方が変わってきているし、死生観にも変化があるのだろう。葬儀屋さんも生き残るのが大変だろうが、日本の葬式には宗教的な意味を何ら持たない余分なものが多くありすぎるようである。

2010年3月14日 (日)

成功事例発表会を聴いて

 この金曜日(2010年3月12日)に東京で行われた営業の成功事例発表会に参加させてもらった。事前にレジュメをもらっていたが、一部の例外を除きストーリーが分かりにくい。営業活動で時間がないこともあるが、営業の人達はまとめるのが上手ではない。本来はお客さんに提案書を出して自社の製品やサービスを売り込むことが仕事なのだから、伝わるように資料を作成することが必要なのだが、それができていないとすれば改善し、レベルを上げるべきである。
 目的は、成功した事例からその成功要因を抽出し、他の営業に水平展開することである。発表の場では展開できるほど手段やプロセスが標準化できていなくても、まずはポイントさえ押さえられたら営業の参考になるに違いない。そういう意味で、要所を押さえた発表は分かりやすく、評価も高かった。内容はさほど特別なことをやっているのではないが、これを実行することでこういう結果が出ました。ここで大事なことはこの点ですと都度示しており、理解がしやすい。ある意味、定石を示しているので斬新さはないのだが、その点では他の発表も同じであったから、理解のしやすさが評価の分かれ目になったのである。
 これに対し評価の低かった発表は、いくつかのデータを用意し、表にまとめているのだが、その目的が明確でない。だから返って見る側を混乱させてしまう。結局、データとは関係なく目標を示していたり、データとは関係なく原因を特定したり、データとは関係なく対策を決めることになっている。不要なデータは邪魔である。それよりかは、経験的な仮説の方がよっぽど有益であろう。何度かやってみて結果が出れば一般化してもよいのである。われわれは学問をしているのではないから、いい加減では困るが、緻密である必要はないのだ。
 特定の現象に対する原因が本当にこれで正しいかどうか。しばし考えれば答えは出るように思うが、外れた答えが出てしまう。例えば、新規のユーザー開拓が進まないのは、メンテナンスサービスが不十分だからだという報告があった。深読みすれば、メンテナンス業務に自信がないので後のことを考えてしまい新規開拓の足がでないという理屈が考えられる。それであれば、そのことを表に出して説明すべきである。そいうしないと原因と結果がつながらない。正しく表現できれば、メンテナンスサービスの体制を並行して確立させながら新規開拓を計画的に進めようという施策が出るかもしれない。
 新規開拓が進まないのは、営業活動が量的に、あるいは質的に不十分だからだ。もしくは、対象がそもそも間違っている可能性がある。水たまりに釣り糸を垂れても魚は釣れないのは当然の話である。まずは、開拓可能なユーザーをリストアップできなければならない。そのためには、こちらからディーラーに対してこれまでの経験に基づいた抽出条件を提示し、それに適合したユーザーを選別する作業に協力を要請しなくてはならない。もちろん、それ以前にこれから実践することの目的と相手側に生れるであろう利益について力強く訴えることが必要だ。すなわち動機付けである。これがあって次に具体的に仕事のステップを確認し実施する。このように論理的かつ計画的にことを運び、進捗管理をお互いにしっかりやって、計画通りに進まない場合はタイムリーに軌道修正してロスを最小限に抑えたい。なかなか理屈ではコントロールできない、人間同士の相性や呼吸と言った要素もあって難しいこともあるが、それはそれで別に配慮したり、鍛練したりすればよいではないか。できない理屈や要素を上げることで、なにか今までにない画期的な成功要因が生れるだろか。
 細かいことに拘泥せず、上手くいったことに注目して評価することも必要だ。目をつむることも場合によっては上司の判断として必要だが、せっかく発表会をしているのだから普段得られないアドバイスを受けることは有益であり、謙虚に聞いて次回への反省にしてもらいたい。論理的につながらない営業施策は、結局成果が少ない。一時的な結果は出ても、それは広範には波及しえないものであることを知るべきだ。

早稲田大学のキャンパスを訪れる

 久々に東京で友人と会い、かつての思い出の地を巡るミニツアーを企画した。まずは、高田馬場のビッグボックス前で待ち合わせ。ここは待ち合わせ場所として有名な地点であり、学生時代にとある女子大の学生と合コンをすることになったはよいが、すっぽかされた経験のある所だ。そこからかつてサークルの学習会を開いていた喫茶ルノアールへ。30年前とあまり雰囲気は変わらない。そこで友人2名の近況を聞く。仕事はなかなか大変そうである。ルノアールは途中でお茶が出てくる。今回は2杯目も出た。これは、学生のころは早く帰れと言うサインであるという見方で一致していた。しかし実際のところはルノアールに聞いたわけではないので分からない。
 続いてお昼の時間になったが、当時よく食べに行った「たぢみ」という中華料理屋はまだあるだろうかということになり、西武新宿線上石神井駅へと向かう。駅周辺の感じはあまり変わらない。道路が狭く、路線バスが窮屈そうに走っている。「たぢみ」のある場所に、料理店の建物がない。30年近くも経つとさすがに廃業したかと思っていると、小さなビルの1階の室内に赤いのれんが見えた。そこには小さめの字で、「たぢみ」とあった。また近くに張り紙があって、少しの間休ませていただきますと書いてある。この「少し」という表現に皆で笑った。それというのも、昔もそういうおおよそな感じがあったからである。店の主人は釣り好きで、店内には大きなあじや鯛の魚拓が貼り付けられていた。中華料理屋なのか釣りの店なのか判然としないほど、釣りの雰囲気があったのだ。そのイメージがあったから笑いにつながった。あの大将が健在かどうかは分からないのだが。
 閉まっていたので、仕方なしに近くの居酒屋チェーンで昼の定食を食べる。それから、昔よく食べに行った、というよりは飲みに行った「小麦」というお好み屋がまだあることを確認した。ここは昼は営業していないので次回立ち寄ることにした。友人の一人が用事で去ることになり、とりあえず高田馬場に引き返す。そこからは2人で行動。歩いて早稲田大学のキャンパスに向かう。一番驚くのは、早稲田通りの両側に高層ビルが立ち並んでいること。昔はこんな高いビルがなかった。おそらく建築に規制がかかっていたからだろう。それから食べ物屋の数が増えた。しかも名の知れたチェーン店が多くなっている。この間に外食産業の構造変化が進んだことを物語っている。
 早稲田の周辺はまだ昔の雰囲気を残していた。食べ物屋では、牛飯の「三品」、喫茶「エデン」、定食の「まりも」、そばの「金城庵」と「浅野屋」などがあり懐かしい。あいにく春休みなので、三品、エデン、まりもは閉まっていた。また、定食屋の「ボンマルシェ」はまだ看板が残っていたが、店じまいをしたらしい。さてキャンパスのなかであるが、建物は新しく建て変わっているものもあるが、配置に大きな変化はない。学生はちらほらいて、スーツ姿が目立つ。就活中なのであろう。在学中にサークルの部室があり、入り浸っていた1号館の地下は、今は部室が強制的に撤去され、研究室や資料室として使われている。サークルも部員が途絶え、なくなってしまった。さびしい限りである。
 それから大隈会館へ向かい、庭園を見ようと思ったが、講義が行われない時期は閉まっているようだ。そろそろすることもなくなったので東西線の早稲田駅へ向かうが、「おふくろ食堂」や「ゼミ・ミーティングルームきむら」はなくなっている。おふくろ食堂は学生時代にアルバイトをさせてもらい、大変お世話になった。十数年前に廃業して、どこかに越してしまった。途中に「キッチンオトボケ」がまだ営業していた。東西線に乗り、高田馬場へ。向かったのは「清龍」という居酒屋である。ここはとにかく安い。4時が開店で、早々に入ったがすぐに混んできた。酒は清酒業者直営なので安いのは分かるが、食べるものも普通の居酒屋チェーンよりうんと安くて味もそん色ない。特にモツの煮込みは昔と同じで美味かった。
 そこで飲みながら話していると、阿佐ヶ谷の焼き鳥「大将」のことが気になった。夫婦で切り盛りしている店で、焼き鳥がおいしく、二次会でお世話になった。学生だから騒ぎまくり、あげくの果ては座敷で寝てしまう始末で、手がかかる割には儲からない客であり、迷惑をかけた。しかし、その場所には大将はなかった。当時から、店は夜が遅いので体にはこたえると言っていたので今まで続いているはずはなかった。おそらく、業態を変え、別の場所で食堂でも営んでいるのではなかろうか。とにかく、ご健在でいることを祈る。
 さて、お腹が空いたので、阿佐ヶ谷のラーメン屋にK君と入り食事。そして東京駅までK君の見送りを受けて今日の予定は終了した。このような一日も結構充実してよいものだと思った。この次は鎌倉あたりに行こうと、途中で帰ったA君も含めて約束した。暑くなる前に行ってみたいと思う。日程の合う、出張の機会をうかがいたい。

リストラの進行 どの企業も大変な状況だ 

 昨日、大学時代の友人2名と東京で会い、近況を聞くことができた。一人は某運輸関連の大企業の子会社に勤務しており、もう一人はいわゆる独立行政法人の職員として勤めている。勤務先の性格は大きく異にしているが、それぞれに取り巻く環境に厳しさがあって悩みは大きいようであった。そこで得た情報と私の感想とについて今回は触れてみたい。

 友人K君は、某運輸関連大企業傘下の、従業員700名ほどのソフトウェアを開発する子会社に勤務している。仕事は人事の責任者である。親会社は、誰もが知っている大企業であるが、近年は内外の同業他社との競合が激しく、また別の運輸手段の発達も加わって業績が落ち込んでいる。それが原因で、子会社には時に理不尽なリストラ要求が下りてくるらしい。例えば、新規採用はするなという要求は親会社の現状からすれば分からないではないが、ソフトウェア開発は人材を育てることに時間がかかり将来の人材不足は命取りになるので強行に主張して少数であるが採用の段取りをしたとのことだった。なお、派遣社員が多数いるのだが、一年で四分の一ずつ辞めていくので四年で入れ替わってしまう。そうするとノウハウの蓄積が望めないので結局肝心な部分は正社員に頼らざるをえないとのことであった。また、この人達の賃金は著しく低く、本社から出向してきている仕事のできない人達に比べると雲泥の差である。彼らは、派遣の人達に支えられて生活ができていることをどう感じているのだろうかと疑問を呈していた。加えて、親会社では早期退職の募集をしており、その退職金の上積みが驚くほど厚いらしいのだ。条件を教えてもらったが、確かにすごい。これだけ積まれたら辞めるよなというのが友人の見解であった。今期は大出血があっても、来期は何としても黒字にするのが本社の方針らしい。

 さて、もう一人の友人A君は某独立行政法人に勤務し、事務方として働いている。この法人は科学技術の研究機関で、研究者を大勢抱えている。研究者も事務職も一年ごとの契約なので、身分は非常に不安定であるとこぼしていた。政権が変わり、事業仕分けが国民に見える形で進められて、この法人への風当たりもきつくなっているらしい。ただし、友人はそれも仕方ないだろうと受け止めており、甘くはないことは知りつつも、次の職も視野に入れているようだった。この職場の労働条件は厳しく、とにかく夜が遅い。24時間動いていると言ってもよいぐらいだ。研究者は若い人が多く、独身者も多い。だから体が持っているとの意見だった。また、研究者は皆頭はよいが、コミュニケーションできない人が多く、食堂でもほとんど会話がなく、自分はつまらない冗談でも言って場を和ませようとしているが、効き目がないと嘆いていた。最近の若い人については先に紹介したK君も言っていたが、ストレスに対する耐性が急に落ちてきており、言葉には気を使うとのことだった。下手に叱ることができないということなのだ。また、700名の従業員のうち100名ほどが何らかの精神的不安を抱えているらしく、メンタルヘルスの重要性を訴えていた。

 このようにいろいろな情報を得ることができ、勉強になった。私の勤務先と共通することもあるし、そうでないこともある。比較的経営が安定していて、人員整理という意味でのリストラはしない。しかし、業務の効率化は必須である。そのなかでも、若者の打たれ弱さは目立ってきているので、業務上の要求をどのように提示し、理解してもらい、実践してもらうかについては、十分に研究しなければならない。

ちょっと気になった発言をいくつか

 あまり大した問題ではないかもしれないが、テレビを見ていて気になる発言があった。こういうことはしばしばあるので、特別書きだす必要はないのだが、ブログのネタ不足を補うという趣旨なので、たまたまこの記事を引っ張ってしまった方には最初にお詫びいたします。
 まずは、「撮り鉄」の発言。ニュースで、夜間特急「能登」の最後の運行を報道していた。始発駅には「撮り鉄」と言われるカメラを抱えた鉄道ファンが大勢群がっている。テレビの関心は主に最近マナーが悪いと批判されているその人達にあるらしく、インタビューも何本か放映された。そのなかに、若い男性の発言で、「能登にお疲れさまと言ってやりたい。」というものがあった。他愛もない言葉なので、これが悪いというつもりはないが、心底お疲れさまと言いたい人は他にあるのだと思ってしまった。列車の運転手、車掌がいて、そして最も思い入れのあるひとは列車の整備に関わった人達である。本当は、その人達にマイクを向けるべきではないだろうか。安全に運航するために陰で支える人達を表に出して、社会の成り立ちを視聴者に伝えることも報道の仕事ではないかと考えるのである。自分がいつも点検し、調整してきた列車は、保全を仕事にする人達にとっては子どもの様な存在かもしれない。

 二つ目。民主党が打ち出している高校の授業料の無償化とこども手当の支給に就いて委員会が行われ、最後は強行採決に見える終結となった。この時に、自民党の委員から反対意見が述べられたのだが、その趣旨は「強行採決が図られようとしているが、そのやり方は過去の自民党と同じである。政策もその進め方も今までとは変えると訴えておきながら、何も変わっていない。自民党は変えることができなかったので、ここまで凋落してしまったが、民主党も同じ運命をたどりたいか。」というものだ。主張については、一部言い当てている部分もあり、すべて否定はしないが、民主党としては自民党には言われたくないという気持ちがあるだろう。決して民主党を弁護するわけではないが、主張の論拠としてはあまり感心しなかったのである。

2010年難関国立大入試結果分析

 今年度の国立大学の前期試験の発表が終わり、例年のごとく一部週刊誌によって高校別の合格実績が発表されている。私は受験評論家でもないし、受験の仕事にも全く関係していないが、興味だけはあるので独断と偏見で結果を評価してみたい。なお、大阪在住なので関東など他地域の高校に関する情報はほとんど持たない。関西の高校に対するコメントに終始するだろうことは事前に断っておきたい。

 まず、例年のことではあるが、驚嘆に値するのは、灘高校の内容の濃さである。東京大学理科Ⅲ類への合格者数が21名、京都大学医学部医学科への合格者数が23名。合わせて44名いることである。ちなみに、大阪大学の医学部へも13名合格している。できる生徒がすべて医学部を受験するわけではないが、特に理Ⅲへは全国でもトップクラスの成績の者が集中すると思われるので、ここでの結果がその高校の学力の象徴すると言ってよい。灘に続くのは、東京の女子高である桜蔭の8名で、以下ラ・サール6名、開成5名と続く。これを見ると女子の秀才が桜蔭に集まっていることがよく分かる。京都大学の医学部の内訳をみると、灘以下は東大寺学園の15名、甲陽学園の9名、四天王寺の5名と続く。これは関西における中高一貫私学の評価と一致する。一番できる子は灘へ。灘には少し届かない子と、できるが通学の便などを考慮した子どもは東大寺へ。灘には少し不安のある子は甲陽へという流れがある。学校の教育指導のノウハウもあるが、この領域に関しては地頭レベルでの差がストレートに反映していると考えられる。

 まずは灘のすごさに触れたが、これからは東京大学と京都大学への合格者数を見ながらいくつかの私見を述べたい。東京大学では、開成が154名と前年の落ち込みからやや持ち直した。2007年と2008年が良すぎたのだと言えるだろう。以下、灘97名、麻布82名と続く。卒業生の人数から考えると、やはり灘の数字が際立っている。ほぼ2人に1人が東大に進むことになる。これは灘出身の知人から聞いた話であるが、おそろしくできる伝説的な生徒がどの学年にもいるという。数学オリンピック、物理オリンピックで金メダルを取ってくるのは珍しい出来事ではない。学校が知らないうちに申し込んで、学校もメダルの獲得を知らなかったという話があるらしく、それが珍しいことでなくなっている事実を物語っている。知人は、こういうやつにはどう頑張っても勝てはしないと言っていた。また、麻布出身の先輩がいるが、この人は麻布では成績が上位だったわけではないが、私の知る範囲では特に頭の切れる部類に属する。ジョークの間や質も含めて非常に回転の速い人だった。麻布と灘は生徒の質や校風において似通った学校である。
 その他の高校では東京、神奈川の私学が続いている。ここの情報はほとんど持たない。それ以外で注目されるのは、例年の現象であるが愛知県の公立の強さである。岡崎、旭丘、一宮、時習館などである。愛知には有力な私学は東海高校しかない。これは公立高校での進学指導が充実しているからである。ある意味、保守的な基盤が強く、旧来の体制をかたくなに守っていると解釈できる。なかでも岡崎高校の実績は抜群で、三河の秀才が集う学校になっている。
 ラ・サールは長期的に見て、低落傾向にある。雑誌でも触れられていたが、かつては九州一円や本州からも秀才が集まり、寮生活をしながら東大を目指すという高校だったが、各地に有力な私学が登場したために魅力が失われたのだろう。中学校からの寮生活は親としては心配だし、飛行機で行き来するのも煩雑である。逆に、独立心が養われてよいという見方も可能ではあるが。

 京都大学に目を転じると、記事のネタになるのは、洛南高校の合格者数一位転落であろう。西大和学園を1名下回り、19年連続首位の座から転落した。学校関係者にとっては残念な結果であろう。とはいえ、これは年度の変動のなかであらわれる現象なので19年もトップだったことが不思議なほどである。近年の傾向を見ると、洛南・西大和学園・甲陽学院・東大寺学園の4校が拮抗してきており、ビッグ4と呼んでいいのではないかと思う。ここには、東大寺と甲陽が東大最重視から関西難関校重視へとシフトしている傾向が見てとれる。学歴社会の変容と経済情勢の変化が原因として上げられるだろう。なお、かつて洛南と首位を競っていた洛星高校が実績を落としている。理由は違うが、現象としてはラ・サールと同じように見える。また、大阪の星光学院にも似た傾向が見られる。この三校を貫く共通点は、キリスト教の教団が経営していることにある。たまたまかもしれないが、キリスト教における人材育成の考え方と何が何でも難関大学へ入れるという考え方がマッチしないのではないかと勝手に解釈する。

 最後に、息子の関係で京都の洛南高校の結果には注目しているが、今年はいろいろな面で昨年からの後退があった。東大合格者は29名から14名へ、京大合格者は105名から83名へ、大阪大学合格者は52名から21名へと大幅に減少している。また中身について見てみると、東大理Ⅲは6名から1名へ、京大医学部医学科は11名から3名へと減少し、最優秀層が大きく減ったことを意味している。端的に言えば、去年の学年に優秀な生徒が集まっており、ことしは例年通りであったのである。それほど学年によって差が出るということなのだ。それは、学年担当の力量の差もさることながら、入試の日程や科目等の変更によって志願する子どもの流れが変わることを物語っている。少子化によって地頭の良い子を集めることが年々困難になるなかで、各校とも知恵を絞らなければならなくなっているのだ。難関校の合格者を競うことを社会的に評価してみると、もっと他のことに資源を投下すべきとの見解が生れるが、各校の経営的視点から見ると、合格者数という結果は企業で言う決算書の最終利益に相当する数字かもしれない。

2010年3月 7日 (日)

日本売りする日本人

 ある書店で雑誌売り場の周辺を歩いていると、「日本売り」という言葉が目に入った。その時に、日本を売っているのは日本人自身ではないかという思いを抱いた。
 今の日本人は将来に対してかなり悲観的である。経済の状況がかなりひどくて、他の先進国との比較でも悪い部類に属しており、いつ浮上するのか予断を許さない。また政治的にも、民主党に政権が移り、国民には一時期待を抱かせたが、それにも陰りが見え始めた。定年が近くなっている年代にとっては年金の支給を中心にして老後への不安がおさまらないし、働き盛りの年代にとっては住宅と教育への出費が過重で先の展望を抱く余裕がなく、若者はまともな職業に就くこと自体に困難さがあって生活の基盤をつくり結婚・出産まで進む展望が抱けない状況にある。これが客観的な状況であるが、それにしても、だからと言って希望を失っていては進む道を主体的に選択することができない。もちろん、個々人にできることといえば、人生の指針をしっかり持ち、状況をよく知り、自ら学び、かつ教え、仕事で力を発揮することぐらいだ。いや、これだけのことをやるのは大変だ。まずは、気持ちを明るく持つぐらいのことから始めなければならない。
 政治経済の先行きが頼りないことが大きい。日本には日本の強みや良さがあるのだが、それが見えないのは、そこの議論が足りないからではなかろうか。そこを明確にして、官も民も資源を集中すればよいのだ。国民にもその道で生きていこうという機運が生れたら、いくらか霧も晴れるに違いない。それは景気がどうすれば上向くかという短期的なものではなく、もっと長期的なテーマである。
 海外の株に投資したり、外貨で資産を持ったりする人もおり、それはそれで自由ではあるが、自分のことだけを考えるのではなく、日本の将来に投資する必要があると思う。なにはともあれ、政治家さんに頑張ってもらいたい。

主張の恣意性と客観性

 先日新聞を読んでいたら、ある学者の記事が目にとまった。見出しに、「政府の保護が厚い産業ほど成長率が低い」とある。時間がなかったので中身まで見なかったのだが、会社まで歩いている途中で、あれは本当だろうか、逆に成長が難しい産業に政府が保護を与えているのではなかろうかと考えた。おそらく、一方だけが正しいという議論ではなくて、どちらも言えるがどちらかが主であり、他方が従である関係にあるはずだ。私の推測では(あくまで荒っぽい推測である。私は研究者ではないからデータを持たない。)始まりは、成長は難しいが国民生活に必要な、あるいは他の理由で保護が必要だという判断で予算が付いたのであろう。そして、それが長く続くことにより、成長の機会が失われていった可能性が考えられる。
 中身を読んでいないので軽々には判断できないが、その学者の主張は、政府は経済への介入を極力抑え、産業界の自助努力に任せるべきだという、かつて小泉首相が主張した政策内容に近いのだと思う。学問というものは、客観的なデータに基づき真理を探究するのであるが、学び始めたばかりの学生ならいざ知らず、何年も何十年も研究している者ならすでに一定の結論を得ているだろうし、一々構築した理論の体系をリセットして白紙で研究を繰り返していたのでは死ぬまでに研究を終えることができない。したがって、建て前としては仮説を立てて進めるわけだが、それは次第に信念に近いものになってしまい、信念を補強するためのデータを収集し、ひとつの論理を組み立てていくことになる。
 とはいえ、あまりに恣意的であれば、それは政策とは呼べても、学問とは呼べない。データは一定の基準によって抽出され、条件を明示し、不利なデータを意図的に排除することを禁じなければならない。また、別の見方が可能であることも併記すべき場合があるだろう。主張にはいろいろな立場があってよいし、実際にいろいろある。政治的なものであれば、保守的な内容から革新的な内容まで千差万別だ。しかし、良質のものとそうでないものとの間の違いが重要で、質の悪いものは見るに堪えないというか、読むに堪えない。
 いずれにしても、研究者は短絡を避けるべきだし、読む側も短絡的な読みを避けるべきである。

2010年3月 6日 (土)

ブログの弊害?

 ある本にブログの弊害なるものについて書かれてあった。ブログを書くことによって、その人間の考え方や行動が規制を受けてしまうと言うのだ。
 たとえば、日記なら他人の目を気にせずに好きなことが書けるのだが、ブログだと不特定多数の目を気にして、場合によっては攻撃を想定しながら防衛的に書くことになる。ブログを書くという行為は自由を制限された行為だと言うのだ。これには一理ある。自分に限ってみても、すべてではないが、一部の記事には自己規制が働いていることは事実だ。かつて、中川昭一議員の死と自民党の敗北を関係づけた記事を書いたときに、不愉快だとのコメントをいただいた。私としては、中川氏が自分の失態によって自らを追い込んだ面もあるが、自民党が大敗北を喫するような情勢を招かなければ落選は免れたかもしれないのであって、そうなっていれば彼は死なずに済んだかもしれず、彼に同情的な見解を示そうと思っていた。それは伝わらず、不謹慎だと捉えられてしまった。政治のことが分からない人間は公然とブログなど書くものではないとまで書いてあった。しかし、政治が分かる人間がどれほどいるものか。また、政治の分からぬ者が政治を語ってはいけない法もない。確かに、書くからには反論や攻撃も覚悟して書くべきであると私も思う。とはいえ、このような内容のコメントにはあえて反論の意欲も湧かなかったのである。しかし、それ以降は特定の政治家を取り上げることは控えるようになってしまった。
 話を元に戻すが、弊害の二つ目は、生活の中で常にブログのネタを探すことになるので、ブログで書けそうな行動をあえてとるようになるという主張だ。それが原因で、すべてこじんまりとまとまった行為になってしまう。これについては、こと自分に限っては当てはまらない。基本的に日々の身の回りのことを書いたり、自分の行動についても書いたりはしないからだ。主には、見たり聞いたりしたことへの自分の考え、評価を書いている。また、社会現象を自分なりにとらえ、繰り返しまとめなおすことで、少しずつ進化させているつもりだ。だから、ブログのために生きているのではなく、生きた結果をブログに書くのである。ブログを書くことで変わったことと言えば、あえて意見や評価を言葉にしようと意識するようになったことである。それは私にとって、大いにプラスになっている。
 

勝間和代さんのこと 

 私は勝間和代のファンではないが、才能豊かな女性であることは間違いなかろう。三人のこどもを出産しても仕事を続け、今日の活躍に至っていることは、いわば専業ビジネスパーソンの私から見れば驚異的なことである。
 勝間さんは、おんな大前研一と呼ばれているらしい。その経歴と発言内容、出版物の多さなどから同類と判断されるのだろう。大前健一は勝ち組を目指す男性社会人に人気があり、勝間和代は同じく勝ち組を目指す女性に圧倒的な支持を得ている。ちなみに、勝間さんの熱烈なファンをカツマーと呼ぶらしい。私の周りにはカツマーらしき女性は見当たらないが。逆に勝間和代が嫌いだと発言した人は数名知っている。好き嫌いがはっきりしているようで、それは個性がはっきりしている証拠である。勝間さんにとっては、嫌いな人が相当数いたにしても、他方で強力に支持してくれる人が数十万~百万人規模でいてくれたら戦術の成功と評価するのだと思う。
 最近の著書に、「自分をデフレ化しない方法」がある。まだ読んでいないが、発売早々よく売れているようだ。タイトルの付け方は絶品だ。自分の社会的価値を落としたくない人にとっては無視できないタイトルだ。しかし、悪くとれば、読まなきゃ落ちるぞと脅迫しているようにも思える。そこが狙い目であろう。
 香山リカさんが、勝間和代を目指してはいけないと言っている。誰もが勝間和代と同じように生きられるわけはなく、幻想を振りまくことで、読者・ファンに余計なプレッシャーをかけてしまう作用も果たしている。香山さんの主張に賛同する部分もあるが、文字通りのカツマーはごく少数で、支持者の大半は参考にできればいい程度の緩い支持であろう。本気で勝間和代になろうとは思っていないはずだ。
 これからもこの活躍が続くかどうかは分からないが、気になる存在ではある。

ゆったりしているのに速い

 パソコンで名人のギター演奏を見ていて思ったのだが、ゆっくり弾いているように見えても曲の進行は早い。名人と言われる人に共通した傾向ではないだろうか。
 ゆっくり見えるのは、動きに無駄がないということだろうか。無駄があれば動きが煩雑で、せわしなく目に映る。名人に無駄な動きがないことは自明の理である。もっとも合理的な動きを追求した結果が、技術や芸の完成であるから。この考え方に間違いはないように思う。
 スポーツは専門ではないので、素人考えだが、例えば野球で考えれば超一流のバッターにはゆったり感があるように思う。構えがゆったりしていることはもちろんのこと、スイングもゆったりしているように見える。以前に何かの雑誌で読んだが、イチローのスイングスピードは松井と差がないらしい。しかし、実際テレビで観ている限りでは、力まずゆっくりと振っているように見える。理屈で考えれば、ミートするポイントまでは最短距離でバットを持っていくのが合理的である。ならば慌てて振りだす必要はない。いったん捉えてから、大きくフォロースルーを加えればよいのである。そういう動きが、全体としてゆったりした印象を与えるのではないだろうか。もうひとつ、今まで見てきて経験的に分かっていることは、名人は体の軸がぶれないことに特長がある。どんな運動にでも言えるし、舞踊にも共通している。軸の安定は、エネルギーのロスを最小化する。それが最高の記録につながるのだ。また、それは動きの美しさを生みだす。
 名人の動きを見ていると、まるでスローモーションを見ているように感じることがある。中学生の時に柔道の演習で有段者に背負い投げを食らったことがあるが、長い時間宙に浮いていた感覚が残っている。

お金はどこに移動するか

 土曜日に新聞を読んでいると毎週、家電量販店の広告が掲載されている。前面に出ているのはまずテレビで(今や薄型と言う必要もない)、それからパソコンとデジカメである。テレビは安くなったうえにエコポイントが付いている。インチ1万円と言われた時代からすれば著しい値下がりである。パソコンもデジカメも同様である。
 商品の価格がどんどん下がっている。今は特にその傾向が激しいが、工業製品の場合には一般的に言える傾向である。需要が増大してたくさん売れるようになると競争が激しくなり、売価が下がっていく。メーカーの方から見ると、たくさん生産することによって原価が下がっていくので一定範囲の値下がりは吸収可能である。しかしながら、グローバル化によって情報の流れや企業活動のスピードが増すと、新しい製品の普及スピードが驚くほど速くなり、「儲かる」期間が短縮されるのである。経済の構造がこのように変わってくると、新規事業への参入の時期が決定的な意味を持つ。早く投資した資金を回収してしまうと、そこからが儲けの時期なのだ。そこで儲けて、また次の製品での競争に入っていくわけだ。
 こうやって考えてみると、利益を上げることが容易ではなくなっていることが分かる。需要があれば資本は回転していくが、内需が細っている現状は企業の行動が萎縮させ、思い切った投資を抑制する。そうなると、需要の大きな海外市場を目指して資金を移動させる行動をとる。国外から利益を吸い上げるのである。これによって一部の企業は劣化した業績を補てんする。その一部は限られた範囲で労働者に還流するだろうが、大半の層には恩恵はない。また、サービス業へと移動してしまった労働者には全く影響はない。日本では、バブル経済の崩壊があり、そこに失政が追い打ちをかけ、グローバル経済が押し寄せた結果、浮上の機会を逸したのである。他の先進国に比べても、より厳しい状況にあると言っていいだろう。
 とはいえ、他の国も長い目で見れば同じような結末を迎えるに違いない。成長は無限に続くのではない。停滞し始めると、他国の労働者の成果を吸い上げるか(空間的解決)、自国の労働者に借金をさせて需要を創るか(未来の労働の先食いという意味で時間的解決)の方策に流れることになる。しかし、初めに述べたようにそれも多くの利潤を生まなくなるので、どこにお金が向かうのかというと、言わずと知れた「投機」である。少しでも儲かる金融(派生)商品があれば、一瞬のうちに移動する。これはグローバル化が、制度的にかつシステム的に可能にした。加えて、化石燃料などの鉱物資源や農産物の商品市場にお金があつまる。これ自体がまた金融派生商品に組み込まれているのだが、資金が集中することによって変動はあっても長期的には相場は上昇を続ける。そして経済のかく乱要素として君臨するのである。
 工業生産のスピードは上がっても、農業のスピードには変わりがない。収穫までは決まった時間が必要なのだ。また、鉱物は埋蔵量において有限なものである。これらの有限性が、さらに資金を呼び込むことになる。工業が社会を飛躍的に発展させる力になったのだが、それが魅力を失っているのである。ポストインダストリアル社会と言われるのは、そういう現象を指している。これからの時代は、情報社会だとか、知識社会だとか、知財社会だとか、人が価値を生む社会だとか言われる。どの表現が適切か分からないのだが、よく考えてみると、情報システムを握った者、知的財産を独占した者が力を持つだろうし、他方では資源を支配する者の発言力が圧倒的に強くなる時代がやってくるのは間違いない。
 しかし、一部の人間や国家によってコントロールされた世界は、著しくバランスを欠いた社会になることは必至で、民主的な制度やシステムで対抗することによって多数の利益を守らなければならない。

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