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2010年2月13日 (土)

今はありえない歌

 わたしも年をとったのだろうか、昔の歌を聴いては懐かしいという思いに満たされる。いい歌はたくさんあるが、そのなかでもこういう歌は絶対に今の世からは出てこないだろうという歌が二曲ある。三橋美智也の「夕焼けとんび」と春日八郎の「山の吊橋」である。
 いずれも、じつにゆっくり時間が流れている。こんな、のどかでゆったりした歌は現代からは生まれえないものである。作詞は別々の人だが、曲は同じ吉田矢健治さんである。吉田さんの持つテンポだったのかもしれないが、詞の中身がゆったりしているから、自ずと曲もそうなるのであろう。
 夕焼けとんびを聴くと故郷を思い出す。海岸がすぐそばなのでとんびはカラスよりも馴染みの鳥だ。ピーヒョロという鳴き声が懐かしい。
 山の吊橋は春日八郎の歌の中でも一番好きな歌だ。特に一番の詞が良い。せがれをなくした鉄砲うちが犬を話し相手にしているところが、なぜだか分らないがジンとくる。おそらく戦争で息子を亡くしたという設定だろう。この時代ならば、皆そう受け取ることが前提になっている。二番は恋人が都会に就職してしまった娘が描かれている。これも時代の象徴的な出来事。戦後から高度成長期へとちょうど移り変わる時代であることが分かる。三番はどう解釈してよいのか分からない。おまけみたいなものか。

   山の吊橋

 横井 弘 作詞
 吉田矢健治 作曲

山の吊橋ゃ どなたが通る
せがれなくした 鉄砲うちが
話相手の 犬つれて
熊の親父を みやげにすると
鉄砲ひとなで して通る
ホレ ユーラユラ

山の吊橋ゃ どなたが通る
遠い都へ はなれた人を
そっとしのぴに 村むすめ
谷の瀬音が 心にしむか
涙ひとふき して通る
ホレ ユーラユラ

山の吊橋ゃ どなたが通る
酒が切れたか 背中を丸め
呑んペェ炭やき いそぎ足
月をたよりに 枯葉のように
くしゃみつづけて して通る
ホレ ユーラユラ

   夕焼けとんび

 矢野 亮 作詞
 吉田矢健治 作曲

夕焼け空が まっかっか
とんびがぐるりと 輪をかいた
ホーイノホイ
そこから東京が 見えるかい
見えたらここまで 降りて来な
火傷をせぬうち
早ッコヨ ホーイホイ

上りの汽車が ピーポッポ
とんびもつられて 笛吹いた
ホーイノホイ
兄ちゃんはどうして いるんだい
ちょっぴり教えて くんないか
油揚一丁 進上ヨ ホーイホイ

一番星が チーカチカ
とんびはいじ悪 知らぬ顔
ホーイホイ
祭りにゃ かならず帰るって
おいらをだまして 置いてった
兄ちゃも お前も
馬鹿っちょヨ ホーイホイ

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