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2010年2月13日 (土)

応急処置か是正処置か

 会社で業務上の不具合を解決するときの対応として、応急処置と是正処置の二つが考えられる。応急処置は当座の処置のことであり、これ以上被害を広げないための対応である。是正処置とは再発を防止するために、発生の原因となった要素を根本的に取り除くことである。現実には、応急処置はとられても、是正処置までは行きつかないことが多い。真の原因が明確になるまで、掘り下げることができないからである。
 仕事にかぎらず、社会的な問題にあっても同じことが言える。新聞の報道によると、多重債務者を出さないために、消費者金融の一消費者への貸し出しの総量規制をする貸金業法の改正が行われる。年収の3分の1以上を貸し出してはならないとするのである。この改正が実施されると、年収300万円以下の利用者のうち3分の2は追加で借り入れができなくなる。これは応急処置にあたる。しかも不十分な応急処置だ。確かに、一部には効果が表れるだろう。借金を返済するために借金を重ねるという行為に制限がかかるため、雪だるま式に膨らんでにっちもさっちもいかなくなる事態は回避できるかもしれない。利用目的がギャンブルや遊興に充てられているなら、そんな生活を見直すきっかけになるかもしれない。しかし、そうではなく、まともな生活の維持のために必要なお金だったとしたらどうだろうか。
 なぜ、お金を借りなければならないのか。そこを突き詰めないと是正処置にはならない。これが社会問題であり、追求すれば政治問題化する内容であるから、勢いラディカルな答えを求めることになるが、最終的にそうするかどうかは別にしても、曖昧にせず思考する必要がある。世の中にはいろいろな境遇の人がいる。加えて、セイフティーネットが万弱である社会でもない。肉親の死、失業、病気などなどの予期せぬ事態が起こりうる。貯えが十分あるとか、勤め先に依存できるなどの条件があればよいが、そうでなければ路頭に迷うことにもなろう。その時に、相談できる人がいれば幸運だが、それにしてもすぐにお金を貸そうと言えるだけ余裕のある人は多くはいるまい。お金がないというのは本当に辛いものだ。自分のことならまだしも子どものことなら借金してでも並みのことはしてやろうと思う。そんなことで消費者金融にすがる人もいるのではないだろうか。
 根本は、本当に困っている人・・・最低限の文化的な生活を維持できない人には、救済のネットワークを張ることだ。そのネットワークは法人も含めて国民全体が支えなければならない。そこに国民的な合意を得ることを政治の目標としてもらいたいものだ。私には、それが経済の活性化と相矛盾することとは思えない。社会から救済された人はそのことに感謝し、働ける人は一所懸命働いて恩返しすればよいのである。まさに贈与に対する返礼である。

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