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2010年2月 7日 (日)

入試は世相を映す

 ある塾を経営している先生のブログに、立命館大学への志願者数が大幅に減少したと書かれてあった。そこで、他の同クラスの私大を調べてみると、立命館ほどまではいかないが、それぞれ志願者は減っていた。
 報道を見ると、国公立大学の志願者数は増加したとのこと。私大との差が縮まったとはいえ、授業料は国公立が安い。より負担のない道を優先しているわけだ。国民の所得が減少するなかで、受験生とその親の考え方が変化している。先の先生の話によれば、自宅から通える大学が優先され、浪人もできるだけ避けようとする傾向が出ているらしい。振り返ってみれば自分の子どもの時もそうだった。東京の大学へ行けば仕送りのお金を捻出するのは困難で、京阪神の大学を希望していた。そしてできれば現役での合格を期待した。自分が東京の私大に一浪して入ったにも関わらずだ。幸いにも期待した通りに結果が出たのでよかった。
 志願者数の話に戻るが、5校ほどしか見ていないので、全般的傾向とは言えないかもしれないが、見たところ理系はそれほど減っていないようだし、文系でも学部で差があるようだ。最近できた馴染みのない学部は減らしている。これは、就職にやや不利だと言う判断が働くためだろうか。また、例えば法学部でも法律学科は減っていないのに、政治学科は減っていた。これも就職に役立たない、すなわち実用性に乏しい学問を扱うからだろうか。政治学科を出た私としても、政治学が仕事に直接役立たないことは認める。しかし、政治的なものの見方は経営の戦略を考える場合に使えることもあるのだ。
 話はとんだが、そのほか神学部の志願者が増えていた。これは時代の混沌を表しているのだろうか。最後に、人気の慶應大学を見てみると大きな変化はなかった。トップクラスの大学は無理をしてでも行く価値があると考えるからなのか、もともと慶應大学はゆとりのある家庭の子弟が受験する大学だからなのか。いずれにしても、二番手以降の大学は厳しいということだ。これは企業の生存競争にも当てはまる現実である。

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