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2010年2月27日 (土)

地球温暖化について

 冬になっても昔より寒さを感じなくなった。地球が暖かくなったからだと言うと、同じことの反復で説明にはなっていない。気象現象の変化はあとに置き、自らの感覚の変化を検討してみると様々な要素が見えてくる。
 「昔」と言うと、それはこどものころの記憶を指している。私は、温暖な地域に生れているが、住居は築何十年と言う古い木造住宅であった。暖房器具と言えば火鉢であり、着るものの保温性もよくなかった。加えて言えば、食生活も豊かではなかった。そういうわけで、部屋の中でも寒く、しもやけやあかぎれができた。冬のあさには氷が張るのが普通だった。それに比べると、今は気密性の良いマンション暮らしで、温かい服装をし、カロリー豊富な食事をしている。昔のように寒さを感じないのも、このような条件下に暮らしていることが大きい。確かに、気象データを見ると、各地で平均気温が上昇傾向を示しており、寒く感じなくなったのは文化的な条件等によるものだけではないことは事実だが、このような条件に影響されていることも合わせて考えなければならない。

 さて、データから見る限り、地球温暖化現象を否定することができない。ただし、大気中の二酸化炭素の増加と温暖化の関係という点でみると、その強さについては様々な見解があるようで、よくわからない。温暖化の要因であることは、かなりの確かさで言えるらしいが、因果関係の説明が難しいのだ。温暖化には他にもいろいろな要因があるようで、地球には寒冷期と温暖期との比較的長い周期があってそれが影響しているという話や、公転の軌道の変化や太陽の活動の変化なども聞いたことがある。それぞれの真偽は分からないが、いくつかの要素が複合的に関係していることは常識的な見方である。そのなかでの二酸化炭素の影響の程度の問題である。
 私は、発表されている二酸化炭素が持つ影響力の大きさに関する確かさから考えると、その削減に取り組むことが危急の課題であることを認める。キーワードは「低炭素社会」である。焦点を絞って考えると、大事なのは、化石燃料の消費の抑制ではないかと考える。代わるエネルギー源を研究・開発しながらも、有限な化石燃料を大事に使うことが望まれる。単に二酸化炭素の大気中への放出を防ぐというのであれば、二酸化炭素を回収して地中に埋め込むなどの技術を持てばよいのであるが、それだけでは資源の有限性の問題は解決しない。
 この考え方が、今急激に経済発展している国家への制約となり、政治問題化することは避けられないが、それにしても、そのような国家的、政治的利害を超えたところに問題が所在していることも事実で、調整の道を模索することが避けられない国際的課題となっている。

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