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2010年1月23日 (土)

文化が作り出した「悪魔」

 テレビで、悪魔に取り付かれた欧州の少女の話をしていた。もともと癲癇をもっていたのだが、あるときからそれが極度にひどくなり、薬では抑えきれなくなった。医者は、病気だと診断していたが、実は悪魔に取り付かれており、悪魔払いのできる神父を呼んで対処した。すると6人の悪魔が少女を通じて現れ、祈祷の結果追い払われたというのだ。そのなかにはアドルフ・ヒットラーが含まれていた。
 ビデオはあたかもそれが事実の様に描かれていたが、番組に出演していた人達は意外に冷静で、魔女を信じる因習がいかに危険かを指摘していた。異常な言動をとる人がいると、その人が口走った言葉が当人ではなく悪魔から発せられたものとして受け取られる。そしてそのなかに、近くに住む実在の人物がいると、それが悪魔だと思われ、ひどい場合には処刑されることになる。魔女狩りと呼ばれる集団行動を招くことになるのである。科学的知見の遅れがそういう事態を招くのだが、そういうことは徐々に克服されつつあるという見解だった。

 悪魔という観念は、キリスト教文化のなかで作り出されたものであって、その文化圏に住む人々に共有された幻想である。だからアジアに住む人達にはこの観念は共有されていない。そこにはまた、そこの文化に根差した迷信なり幻想なりが作り出されており、それはそれでまた克服されるべき因習として残っているものがある。こういうものについて研究したわけではないので深くは知らないが、テレビを見ていて不思議に思ったのは、悪魔として出てくるのが過去の人間であり、しかもすべてが同じ言語をしゃべる西欧人であり、しかもすべての人が歴史上名を知られた人物だったことだ。なぜ、そういう人だけが悪魔になるのか。いかにも人間が作り上げた話ではないか。客観的な、自然的な現象ではない。おそらく、狂った少女を起点として発生した集団催眠のような現象ではないだろうか。たしかに、そういう現象は起こりうるので、そういう意味において怖さを感じる。

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