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2010年1月23日 (土)

本人を超える

 「カバー」と言って、流行歌を、ヒットした歌手とは別の歌い手がシングルで売り出したり、アルバムに入れることがある。たまに元の曲に並ぶぐらいに売れることもあるが、大抵はアルバムのなかでじっくりと聴かれることになる。
 上手い歌手にかかると元の歌手より上手に歌ってしまう場合がある。曲の善し悪しは、上手さだけでは決まらないが、本人を上回る作品になる例が時々見られる。たとえば、上手い歌手の代表例として森昌子を取り上げてみると、彼女もこれまでのヒット曲をコンサートで歌ったり、アルバムに入れたりしている。曲の範囲は演歌、歌謡曲、フォークソング、唱歌など非常に幅広い。そしてそれぞれを巧みに歌いこなしている。最近聴いた曲では、西島三重子の「池上線」が元歌を超えている。たしかに、元歌もヒット曲だからできはいいのだが、池上線は森昌子の繊細な歌声が曲によく合っているし、歌唱そのもののレベルが高い。
 逆に、いくら上手くても本人には及ばない場合がある。森昌子の歌う美空ひばりは文句の付けようがないほど素晴らしいが、美空を超えることはできない。美空が大きすぎるからだ。それは上手さだけではない、存在感の大きさだろう。美空が、森の上手さに一目を置いていたという事実があるにしても、その関係は崩しようがないのである。他では、大川栄策の「さざんかの宿」は、森昌子よりも本人の歌が勝っている。大川が上手いということもあるが、歌詞が女の立場で書かれているものの、かなり艶めかしい内容なので、女性が歌うと生々しく聞こえるのだ。だから男性がつやっぽく歌うことで、ちょうどよい具合に聴けるのである。

 森昌子は「歌真似」でも怖いほどの才能を発揮した。歌が上手いということは大きな武器である。たとえ真似の部分が目立たなくても、歌の部分で聴かせてしまうからである。

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コメント

はじめてコメントさせていただきます。
美空ひばりは、晩年にかけて、楽曲の良さで良いイメージで推移成得したが、森昌子は、楽曲に恵まれす、その希有な天才的能力を商業的には発揮できなかったといえる。当時の日本は業界内でプロデューサー的発想がまだ未熟だったことも要因としてあろう。再デビューしてさらにがんばってはいるが、もっとボイトレすれば、その持前の美声をかなり復帰させることが期待できる。ただ、加齢を加味すれば今後はゆったりした「愛は流れる」などの曲調が合っていると思う。またニュートラルで癖のない伸びのある声は、由紀さおりみたいに唱歌・童謡でがんばっても商業的には良いのでと感じる。いずれにしても昭和から現在までで、日本の歌のうまい歌手を上げるとすれば、私的には、美空ひばりと森昌子だと思う。

 コメントありがとうございます。ブログで森昌子さんの記事を書くとアクセス数が急増します。人気が衰えないんですね。ちなみに、私は森昌子と同い年です。中三トリオと一緒に育った感じがあります。
 「池上線」はいいですね。もともと西島三重子の歌も好きだったのですが、森昌子の歌はそれ以上ですよ。演歌もいいけれど、こういう歌も声が合っているのかな。「22歳の別れ」も最高ですよ。

昌子ちゃんの「池上線」、いいですね
目をつぶって聞いています。
遠い青春時代、こんな経験をしてみたかった70Mです。

コメントありがとうございます。またアドバイスありがとうございます。合点がいきました。なぜ、あそこまで自分の歌にできるんだろうかと疑問にすら思っていたのですが、文字通り自分の歌だったのなら、納得です。人の歌だったら、歌っていていくらか控えめな感じが入りますよね。数を歌っていないから、そういう印象を与えるのかもしれません。

ちょっと一言…なみだの桟橋は森昌子さんがオリジナルで、松原のぶえさんは昌子さんが引退された後に譲り受けられたものですよ。

本当に昌子さんが歌う池上線はとってもいいです。
今コンサートでも歌われています。
新たな息吹を与えられたという感じです。

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