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2010年1月 4日 (月)

箱根駅伝テレビ観戦

 正月と言えば箱根駅伝というぐらいに無くてはならないものになっている。お墓参りや初詣は元日に済ませ、2日と3日はこたつに足を突っ込み、時々うたた寝をしながらテレビ中継に見入る。往復200km以上も走るので中継時間は長く、正直言って復路は飽きが来る。テレビはつけたままにして、こたつを抜け出し他のことをしながらたまに順位の確認をするという観方に変わってくるのだ。
 ところで、今回は東洋大学の2連覇で幕を閉じた。新聞等で解説されているとおりで、5区の柏原の快走が断然輝いており、それが東洋の勝利の決め手になっている。彼は区間を77分で走っている。テレビの記録を見ていると、84分程度が平均的な記録だから7分も早く走る。4区までトップだった明治の選手が87分かかったから逆転するのは当然である。この結果を受けて、5区の成績があまりに勝敗を左右しすぎるという議論が起こっているようだ。4区までいくら差を広げても、5区に力のある選手が配置されるとあっさり逆転をされてしまうというのだ。結果はたしかにそうなっている。しかし、性急にルールを変えるのはいかがなものか。
 スポーツに限らず、競争はルールがあって初めて成り立つ。そして、ルールの組み方によって結果は変わってくる。よく一番強い格闘技はなにかという議論があるが、前提となるルールの違うものどうしを比較することはできない。中立的なルールなどありえないから、戦わせること自体が無意味だ。アリと猪木の試合は見るも無残な内容になった。ルールなしで戦わせれば、単なる「けんか」である。
 東洋大学が勝ったのは、柏原という秀逸なる走者がいたからに違いないが、彼のような選手はまれであり、たまたま出現しただけである。あまりに力の差があると文句を言いたくなる。高校時代の松阪と対戦した元高校球児が語っていたが、高速スライダーを投げられると全く手が出ず、こんな球を投げるのは反則ではないかと思ったそうだ。たしかにあの球は高校生では打てないし、プロでもほとんどの打者がついていけないだろう。だからと言って投げることを禁ずるわけにもいかない。ルール変更の理由は、そのような特殊で限定的なものではなく、もっと幅広く起こっている現象に対する対応でなければならない。
 勝手なことを言わせてもらえれば、区間の変更よりも、往路だけにしてしまえばどうだろうか。そのことを前提に区間を細かく区切ればよい。中継地点の確保が難しいという問題があると聞いているが、それよりも2日間も交通規制を敷く方が社会への影響が大きいように思われる。

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