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2009年12月20日 (日)

黒沢明と北野武の対談を聞いて

 学生時代には映画好きの連中がいて、そういう連中が三人ほど集まると映画談議になる。ことに、飲むと議論は盛り上がり、たまたまその場に居合わせたりするとその輪からはじき出されることになる。私は映画は観ないではないがよく観る方ではなかったので、黙って聞いている、あるいは聞くふりをしているしかなかったのだが、彼らの議論が好き嫌いのレベルであったのか体系だった評論になっていたのかは知るすべがなかった。
 私は素人だから、評論の流儀については知らないが、要はその作品を通じて何が言いたいのか、そしてそれが上手く表現できているかを評価することなのだろう。その場合は、出来上がった作品に対して素の自分を向かわせるのが良いに違いない。監督は誰で、どんな取り方をする人で、スタッフにはどういう人がいて、撮影最中のエピソードはこれこれでなどというエピソードは返って先入観を作ってしまって面白くない。映画評論で飯を食っている人なら作品の周辺にある情報を持たねばならないだろうが、素人は、たまたま観た映画に心を打たれたという経験が大切なのである。これはたくさん観れば観るだけ、その量に比例して増えるものではあるまい。たくさん観れば、なんらかの基準に従ってランク付けが可能になるに違いないが、それは一般人として生きていく上で何の足しにもなるまい。
 

 YouTubeで、何年の収録か分からないが、黒沢監督と北野監督(監督と呼んでいいのかどうか)の対談を見た。ソナチネを撮ったあとで、座頭市を撮る前の時代である。黒沢さんは北野武に気を使ってか、あまり難しい話は持ち出さず、もっぱら撮影の苦労話だとか失敗談を語っていた。それがちょうど武独特のジョークと絡まって非常に面白い。例えば、これは他の監督の話としても聞いたことがあるが、娘役の女優に泣いてくれと頼んでもなかなか泣けない。困ってしまって、助監督に説教させたらボロボロ泣きだしたということだ。感情を盛り上げて泣くよりも、叱られた方がたやすく泣けるということだ。
 そんな内容で、面白いがためになるような話はほとんどなかった。それでも、映画にはスタッフの顔つきが出るという話、すなわち撮影途中でいろんなもめごとがあるとそれが映像に出てしまうという黒沢さんの話。それから、北野武の、時間をかけて苦労してやっと仕上げたシーンでも観衆は何も反応を示さないことがあってがっかりするという意味の発言には、作り手と娯楽で観に来る観客(なかには暇つぶし程度の目的の人もある)とのギャップを言い現わしていて面白い。

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