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2009年12月23日 (水)

ボディビルは美の追求

 ボディビルは筋肉美の追求である。だから筋肉を付けなければ話にならないが、単純にたくさんあればいいというものではない。美しく見せるためには、部分部分の形が重要だし、全体のバランスも必要である。付けくわえると、コンテストになれば大きく見せると同時に美しく見せるためのポージング技術が要求される。
 「美しさ」ということになると、客観的な基準を求めるのは難しい。かなり好みの問題が出てくる。他の競技でも、「美」が基準にあるものがあるが、例えばフィギュアスケートにしてもジャンプ、ステップ、スピンなどの技術が採点され得点のベースになるので、主観の入り込む幅は思ったほど大きくないだろう。ボディビルは体を使って何かをするのではなく、体そのものが評価の対象になる。そう考えると、それはミス・インターナショナルなどの美人コンテストと同じではないかと思ってしまうが、さすがにそれは違う。女性の美しさは多面的にとらえられるが、ボディビルにおける美の場合は筋肉を身に付けた肉体と言う、限定的な範疇に留まる。
 話がややこしくなったが、ボディビルは美人コンテストほどではないが、スポーツのなかでは最も主観的な評価に頼らざるをえない部類に属する競技だと言えるだろう。そのことを前提にして、私のボディビルダーに対する評価を述べたい。

 これまでブログに書いてきたように、日本人で過去の優れたビルダーを上げると、須藤孝三氏と末光健一氏になる。細かいことは以前書いたのでやめておく。海外では、シュワルツェネッガーとフランク・ゼーンの名前を上げていた。シュワルツェネッガーは体が大きく、しかも非常にプロポーションがよいので、かなりの量の筋肉を付けても重たい感じがしなかった。ポージングはあまりにも下手くそだったが、肉体そのものの美しさには文句の付けようがなかった。加えて国家的なヒーローになったという事実が加わって、彼の評価を伝説的なものにした。
 フランク・ゼーンは私好みのビルダーだ。バランスがよく、ポージングに秀でていた。最高峰のミスター・オリンピアを3連覇したのだから多くの人から認められる存在であったわけだが、シュワルツェネッガーが退いた後の世代交代期に当たったことも幸運だったと思う。過去のチャンピオンから目ぼしいところを拾い上げると、セルジオ・オリバー → シュワルツェネッガー → リー・ヘイニー → ドリアン・イェーツ → ロニー・コールマン → ジェイ・カトラー と続く。誰をとっても迫力満点である。そのなかに入ると、たしかにフランク・ゼーンは迫力では負けている。それでもトップになれたのは、他者とは違う「美」の要素を持っているからに違いない。その要素は、先に上げた須藤孝三氏に共通するものであると私は考えている。
 さて、その後のビルダーで「美しさ」に秀でた選手としては、そう多くはないのだが二人上げたい。ショーン・レイとフレックス・ウィラーである。ショーンはオリンピアで最高2位。フレックスも2位である。ショーンは2度ドリアンにタイトルを阻まれ、フレックスもまた2度ロニー・コールマンに阻まれている。考えてみれば、よく似た境遇にあるのだ。二人とも素晴らしくバランスが良く、不必要にでかくない。ショーンは背中が好きである。フレックスは丸みのある筋肉が好きだ。特に肩の丸みは圧巻である。かれらの壁となった二人、ドリアンとロニーはどちらもかれらよりでかいが、美しくはない。私の好きなタイプではないだけに、余計にかれらに同情的になる。1位と2位では雲泥の差なのだ。あれだけ連勝したのだから1回ぐらい譲ってもよかったのにと思ってしまう。とはいえ、それは審査員の決めること。それまでの実績に囚われて評価してしまったということではなかろうか。ゼロベースで審査し、その場の印象を大事にする必要があるのではないか。

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