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2009年11月 8日 (日)

遺棄された死体の発見

 行方不明になっていた女子大生が死体となって発見された。大学に入って半年余りで人生を断たれ、娘の成長を見守っていたご両親はさぞかし無念であろう。ご冥福を祈るとともに、犯人が早く逮捕されることを願う。

 さて、殺人事件で、遺体が事件の発生現場から遠く離れて発見される事例が多くある。山中もあれば、河川、海岸もある。報道を聞いて思うのは、犯人の思惑に反して(意図的に発見させるという場合もないとは言えないが。)意外に早く見つかってしまうものだということだ。しかし、これを今データで示すことはできない。殺人事件に関するデータベースがあれば容易に分かるだろう。先に犯人が特定された場合を除き(この場合は、拘束して詰問すれば死体の在りかが分かる。)、死体を遺棄した場合に犯行から平均して何日後に発見されているかがはっきりする。
 前もって私の言いたいことを明かしておくと、「人間の行動範囲というものは非常に限られていて、こういう事件でさえ、あるいはこういう事件だからこそ、範囲が限定されてしまう」ということだ。過去に行ったことがなく、しかも人が足を踏み入れない場所に向かうことはなかなか難しい。行き当たりばったりでは捜査情報をまき散らすようなものだし、事前に調査して遺棄場所に見当をつけることも、よほど計画的に行われた犯行でない限り考えにくい。
 死体の運搬はもっぱら自動車によるだろう。死体はわれわれが普通運ぶ荷物に比べて大きくて重たい。したがって、運ぶ手段には車が選ばれる。また、集合住宅から運び出す場合などはあまりに目立ちすぎるので、いくつかに切断する必要がある。ここからは私の全くの想像だが、車を流して女性を漁っていた男(複数も考えられる)の目にとまり、強引に車中に引っ張り込まれ、騒ぎ出したところ手に負えなくなった男が鈍器で殴打して黙らせたという展開ではないか。当地に住んで半年余りで、生活もしっかりしていたということなので、恨みをかうこともなく、金銭トラブルもなかったと推測する。
 男は、死体の処分に困り、いくつかに切断したうえで、それを車のトランクに詰め、過去に走った山道を行く。そして最後の林道の終点に行きつく。当然深夜だから灯りはなく、物音ひとつしない。さらに山林を分け入って進む気力もなく、そこから崖下に投げ捨てたのではなかろうか。そして、数日後(翌日?)には近くの住民の発見するところとなったのである。

 人間は、冒険家でない限り、人が足を踏み入れていない場所には行かないし、行けない。人は、過去に人が歩いた道を進む。山林のなかにも道がある。少なくとも歩いた痕跡がある。そこをたどるしかないのだ。そして、その道から遠くない地点に遺棄する。そうすると土地の人間であればいつもと違った形跡に敏感に反応するだろうから、発見されてしまうのである。早く見つかれば、被害者が特定できる。最近発生した事件と関係づけて捜査が急速に進むのである。
 悪いことをしてもすぐにばれる。人間は、いいことも悪いことも、いろいろなことを考えることができる。しかし、実際の行動は非常に限られたパターンに限られてしまう。それは、身体をもった一つの個体であるからでもあり、物理的にも精神的にも他者との関係の範囲でしか活動できないからでもある。

 重ねて、ご冥福を祈る。

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