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2009年11月28日 (土)

お墨付き 益川さんの「私の履歴書」より

 日本経済新聞の「私の履歴書」にノーベル物理学賞を受賞した増川さんが書いている。「CP対称性の破れ」という考え方については皆目分からないが、クォークが6種類あると仮定すると説明が可能になるらしい。
 ここでは理論の中身については触れない。(いや、触れられない。)読んでいて面白いのは、学問の世界の様子である。湯川秀樹さんもノーベル賞を受賞したその道の権威であるが、理論には弱点があったらしい。その弱みを突かれると大そう機嫌が悪かったらしい。益川さんは南部陽一郎さんと一緒に受賞したが、南部先生は湯川先生よりも上だと公言して憚らなかったらしい。小林・益川理論は南部さんにお墨付きをもらうことにより、広く学界で認められるようになったとも書かれている。
 以前に、優秀な人間が頭角を現すためには、必ず近くに彼の才能や業績を評価できるもう一人の優秀な人間が存在するという意見を書いたことがある。益川さんは、南部さんがいなかったらこれほど評価されなかったか、もしくは評価されるのが遅れたに違いない。スポーツや芸術ならば人の目に触れる機会は多くあるが、学問の成果はその世界の人以外には知るところとならないので、特に評価者の存在が大きい。理論の中身はもちろんのことだが、あの人の言うことなら・・・というわけだ。学問の世界も人の世界であって、いかに実力者の口添えが有効かという事例である。
 益川さんは一本気な性格のようで、出世を狙って権威に近づく人ではないが、業績というものは一人の力で残せるものではない。運悪く、彼の才能を認める人間がいなくて不遇に終わり、後世になって評価される天才もいる。あまりに前を走ってしまうと、後続の視界から消えてしまうのであろう。

 まわりに埋もれてくすぶっている才能はないだろうか。学問の成果なら時間が経っても使えるが、年をとってから発揮できないような才能は今見つけてやらないと手遅れなのである。「惜しかった」と悔やんでも後の祭りである。

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