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2009年11月21日 (土)

観客の少なさが目立つ大相撲

 今、大相撲九州場所が開催されている。画像付きのニュースで見ると、観客が随分少ない。半分埋まっているかどうか怪しいぐらいだ。もともと、九州場所は客入りが悪いのだが、ますますひどくなっているようだ。他の場所は九州ほどではなく、満員御礼(基準が明確ではないが、文字通りの満員ではなくても出しているようだ。)の日も時々ある。しかし、人気がなお下降していることは否定できない事実だろう。
 大相撲協会の体質については、ブログで何度か触れてきた。人気低迷の大本の原因はそこにあると考えている。もちろん、社会の変化があって国民の興味・関心が多様化し、それによって相撲がその地位を低下させたことは背景としてあるに違いない。とはいえ、その変化をとらえて、適切な策を講じなかった協会に主体的な責任があるのである。国技だからといって因習に囚われていては、そのうち歌舞伎の様に過去の遺物と成り下がるだろう。
 戦後、国民の娯楽として、プロ野球、大相撲、映画が大きな位置を占めたと思う。このうち、プロ野球はテレビ中継の機会が減るなど一時ほどではないにしろ人気を保っている。映画はテレビの普及で産業として衰退してしまったが、企業や制作に携わる関係者の努力で娯楽の一分野を形成している。これに対し、大相撲は他のプロスポーツの隆盛によって有能な人材の取り込みが困難になりながらも、NHKの放送に守られ、一方で若貴のような人気力士を強引に育てたりなどして、なんとか持ちこたえてきた。しかし、昨今では上位陣は外国人力士の占めるところとなり(外国人を入れたこと自体は評価できるが)、日本人力士が脇役となってしまったことで、次第に国民の関心は薄らいでいる。また、麻薬の摂取の問題や部屋における暴力事件への対応が毅然としなかったことに対する不信も影響していると考えられる。競技として見た場合には非常に面白い要素があるので、このまま衰退するのは私としても残念である。

 相撲も結局、「人気」がなければ興業として成り立たない。野球やサッカーのようなチーム競技とは違って個人競技であることの不利がある。力士としての寿命が短く、廃業後の生活も開けているとは言い難い。そんななかで、実力があり、見栄えの良い人材をいかにして発掘するのか。よほど魅力がなければ古い慣習に縛られた世界に飛び込みはしないだろう。以前、部屋制度の廃止を意見として書いたが、格式に囚われていては変革は進まない。Tシャツを着て歩いただけで注意されるのではあまりに不自由である。歌舞伎みたいになると言ったが、歌舞伎役者は公演が終ればただの人に戻れるが、力士はいつも力士でいなければならない。横綱の品格への要求は、総理大臣への要求より厳しいかもしれない。

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