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2009年11月29日 (日)

追い詰められた日本

  週刊東洋経済の11月21日号で、ユニクロの柳井正会長兼社長がインタビューに答えている。主に成功の要因について書かれており、単に価格を下げただけではなくて、カジュアルの市場を広げたことやヒートテックによって新しい市場を作り出したことが大きいと語っている。
 ところで、ここで取り上げたいのはそういうことではなくて、インタビュー中に柳井氏が口にした「いよいよ日本も追い詰められてきた。」という言葉である。こういう歴史認識が日本有数の成長企業の経営者から出たということは、経済の最先端で戦っている人ならではの発言とも受け取れるし、そういう位置にある人でさえもここまでの認識は持ちづらいという受け取り方もできる。いずれにしても、日本が国際社会のなかで経済的に劣勢に立たされ(それは政治的にも切り札を失うことになるのだが)、このまま手を打てなければ挽回不能な位置まで低落するであろう分かれ目に来ているという認識があり、正しいと思うのである。
 高度成長期を経て80年代に日本経済は最高潮に達し、国民は少なくとも経済においては、ナンバーワンは言いすぎにしても一流国になったと思った。下流・下層の人々は革命期を除いていつの時代も冷ややかであるから、この時も中流以上の国民がそう思ったのだが、それも長続きせず株のバブルと不動産のバブルがはじけ、巨大な負の遺産を生み出してしまったのだ。国民は個人的にも大きな痛手を被った。資産を大きく目減りさせたし、多額の負債を遠く将来まで背負うことになった。すでにこの時、転落の道を歩み始めたのであるが、まだまだ日本の経済には潜在力があっていくらでも取り返しがきくという宣伝にのって危機感を抱かなかったのではないか。ただ、個人的に失敗したという悔恨の念は抱いたに違いないが。それは、国家のレベルまで広がらなかった。
 その後、財政出動によって欠損部分の埋め合わせが行われ、痛みの緩和が行われた。どんよりとした空気のなかで、希望は失いつつも、なんとかなるだろうという消極的な楽観論が流れた。一時的に、一部産業で一部企業が驚異的な成長を遂げたが、それは海外でのバブル経済に依存したものであった。そして、かつての日本で起こったのと同じようにそのバブルははじけ、再び日本企業は一気に業績を悪化させた。今や希望は中国の成長であり、環境バブルの到来である。しかし、日本国家の足元を見ると、膨大な累積赤字の問題があり、最早限界点に近づいている。

 この状況をどうやって突破するか。先送りする、あるいはそもそも見ないようにする風潮が強かったが、そろそろ考えなくてはならないと国民が思い始めているように思う。その現れが政権選択である。新政権に期待するところは大きいが、やや人気取りの目先の政策に偏っているのではと心配する。支持を持続して参院選で勝利し、一気に一党支配体制に持っていこうとする意図が見え隠れする。私は、財政赤字の問題は、その解消が非常に困難であると思うが、少なくともその原因を作った人には担える課題ではないと思う。具体的な道筋を示せるほどには私も勉強していないので、そのことだけは言っておきたい。

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