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2009年11月15日 (日)

組織における人間の成長

 昨日、人間の成長の条件について書き始めたが、まだまとめきれていない。まずは、序論というべきである。

 私の関心は、「組織における人間(組織構成員)の成長」の問題である。これは単純に科学的、学問的な興味に由来するものではない。会社組織を発展に導くために日々要求されている課題への答えを導くための目的意識的関心である。
 昨日書いたように、勤め先に何年間かの期間をかけて大きく成長した社員がいる。彼はある工業高校の出身であるが、なぜ入社後十数年たってから著しい成長を遂げることができたのかを解明したいのである。その成長のプロセスを明らかにすることにより、成長の条件とメカニズムについて一般化してみたい。それが今後人材を育てるという企業にとって最も重要度の高い課題への一つの処方箋を提供すると考えるからである。とは言っても、非常に限られた事例(2~3名)のなかで普遍的な対策を導き出すことは容易ではない。しかし、学術論文を書くことが目的ではないので、おそらくこれに違いないだろう程度の判断で、それを実践してみればよいのである。そのことの弊害はあまり考えられない。

 仮にN君と呼ぼう。N君の周りには上司がいるし、同僚もいる。彼らとの関係において、どのような影響を受けたのか。業務上の指導を受けているが、それは以前からあった。しかし質的な変化があったはずだ。会社全体で、指導のやり方を変えるべく改革に取り組んでいるからだ。だが、すべての部署で同じ成果が生れているのではないし、N君の部署でも皆変わりはしなかった。直接的には彼の上司の役割であり、特に身近にいる同僚社員の役割が大きいのではないかと考えている。少し結論を暗示しておくと、経営や上司の方針に対してネガティヴな反応を示さないという特徴がある。これとは正反対の特徴を示す部署もあるので、その点は際立って見える。しかし、ここで大事なのは、そういうポジティヴな姿勢がなぜ生れたのか、その原因である。
 次に、N君自身の問題である。変化が生れるまでの十数年の期間は全く目立たない存在だった。また大きな期待は掛けられていなかった。きっかけは、全社的に進められている風土改革運動だった。社員同士のコミュニケーションを強化し、相互理解の促進と信頼関係の構築、そして一歩前に進んで、自ら考え判断し行動できる社員への成長を提唱してきた。そういう一連の運動があり、そのなかでN君自身の変化が生れたのである。仮説としてあるのは、彼自身の内部に、刺激を与えれば芽を出すべき、何らかの「種」があったという考えである。それは物質でないだろう。また知識でもない。はっきり分からないが、何か情報に反応する枠組みの様なものかもしれない。あるいは発想の枠組み(未来へのイメージを形成する仕方)の様なものを内在させていたのではないかという着想である。

 漠然としているけれども、要は本人に成長する力がもともと備わっていて、それを周囲が上手く刺激してやったので大きく変わっていたという仮説なのだ。

 ひとつ、会社の自慢になってしまうが、社員全員に差別なく成長の機会を用意してきたことが、N君の成長を保障したのである。現場の労働者は決まった通りに物を作っていればいいという姿勢では、N君の成長の種は芽を出さなかったに違いない。人間は(特に若者は)希望がなければ生きられない。希望は機会(いくらかでも)が保障されなければ持つことができない。機会はないことはないが、あまりに偏在している。それが、今日の日本の大問題である。

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