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2009年10月31日 (土)

加藤周一から学んだこと

 私の愛読書の一つに、「日本人とは何か」という文庫本がある。他にも、平凡社ライブラリーの「加藤周一セレクション」や岩波新書の「羊の歌」などを読んでいるが、この本を繰り返し読むことで加藤氏から学んだことがたくさんある。
 そのうちの一つは、固定化した、いわゆる通説というものを鵜呑みにすることなく、自分の目で直に見て、自分の頭で考えて評価をくだすべきだということである。例えば、俵屋宗達と尾形光琳の作品について触れた部分がある。宗達と光琳は長い間並び称されてきた。(たしか、歴史の教科書にも並べて紹介されていた。)宗達の傑作は「風神・雷神」であり、光琳の傑作は「菖蒲図」である。しかし、「風神・雷神」のむき出しの腕は不細工で目ざわりであるのに対し、「菖蒲図」は比類を絶する正確なデッサンが基礎にあって水準が高い。この二つの屏風はまったく程度の違うものであるにもかかわらず、並び称するのは馬鹿馬鹿しいほどだと言うのである。
 一度習慣が生じると、閉じられた狭い世界では、誰もそれを疑うことがない。宗達の絵の評価に関して、氏の説が正しいかどうかは私にはわからない。しかし、宗達と光琳の絵が、教科書に並べて載っているだけで、この時代の二大傑作であると思い込んでいる自分は疑いえない。おそらく、絵にいくらか親しんでいる人でも見方には大差がないのではなかろうか。
 これは一つの例であるが、私たちが受けている情報には、この類の通説が多い。残念ながら、一つひとつについて吟味する時間もなければ見識もないが、それが正しい評価だという決めつけからは距離を置く必要があるだろう。

 加藤氏からは、こういうものの見方だけではなく、文章表現についても学んでいる。過去のブログを読み返していると、氏の言い回しによく似た部分を発見することがある。知らず知らずに真似しているのかもしれない。

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