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2009年10月10日 (土)

灘高校合格者の半生 その四

 いよいよ入試の回です。合格は周囲にとっては青天の霹靂だったようですが、佐山さんにとってはどうだったのでしょうか。第4回目のインタビューです。

 市原 「入試に臨む気持ちはいかがでしたか。」
 佐山 「意外に気負った気持ちではありませんでした。やるだけのことはやったという感じかな。神戸には親戚がたくさん住んでいるので、おばさんの家に泊まり、そこから学校に向かいました。親父も神戸まで一緒に来てくれて、他の親戚にあいさつに行ったようですが、灘高に合格したら逆立ちして神戸の街を歩いてやると言われたそうです。確かに、そう言われても仕方のない状況ではあったでしょう。」
 市原 「当然、厳しい入試だったでしょうね。」
 佐山 「競争率は3~4倍だったでしょう。しかもできる人たちばかりで、大半が塾で十分に準備をしてきている。私なんか、選挙の泡沫候補みたいな存在です。科目の順番は忘れましたが、英語と数学がポイントになりました。英語では、発音記号を選ぶ問題が記憶に残っています。4択だったのですが、知らない単語もあって困りました。知らないのだから選びようがありません。そこで考えました。正解は似通った二つのペアのうちの一つに違いないと。そうやって絞り込めば、確率が4分の1から2分の1になります。あとは全くの山勘で選択する。結果を確認すると、ことごとく当たっていたのでした。次に数学です。一番の苦手科目ですが、最後の大問以外は全部できたと思っています。大問は捨てました。それ以外でも解き方が分からない問題がありましたが、一服するかと思って、トイレに行かしてもらいました。そうするとずいぶん気持が落ち着いて、たしか確率の問題だったと思うのですが、解けてしまったのです。」
 市原 「そういうことがあるんですね。でも、英語は別にしても数学はまぐれじゃないですね。」
 佐山 「まぐれではないにしても、普段だったら解けていないです。それが霧が晴れていくように答えが出てきたのです。奇跡に近い。先の英語の選択問題は運です。私は、必死に頑張ったことの延長線上にこの流れが来たのだと、今でも信じていますよ。」
 市原 「合格を知った時の感想は。」
 佐山 「試験が終わってからは、ボウリングに行ったりして遊んでました。発表はおばさんと一緒に見に行きました。番号を見つけた時には飛び上がりましたね。おばさんもそうでした。まさかと思っていたに違いありませんから。後で聞いたのですが、私の得点は400点満点で282点。合格最低点は278点だったそうです。そしてこの点数の付近にはたくさんの受験生が固まっていたようです。実力から言えば、私は250点ぐらいではなかったでしょうか。」
 市原 「すると30点ほどは実力以上のものが出たわけですね。でもそういうことは起こりえますね。」
 佐山 「現実に起きましたから。しかし問題のレベルが高いから、通常はフロックは起こりにくいと思います。都合良く理解すると、2カ月の猛勉強で成長途上にあった私の能力が、試験の場で実を着けたということです。努力なしに結果は出ませんから。」
 市原 「中学に戻ってきてからの反応は。」
 佐山 「それがあまり覚えていないんですよ。ある種、虚脱感に襲われたのではないでしょうか。あまりに頑張りすぎてしまったのです。」

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