« 灘高校合格者の半生 その六 | トップページ | 灘高校合格者の半生 その八 »

2009年10月10日 (土)

灘高校合格者の半生 その七

 市原 「どちらの大学を受験しましたか。」
 佐山 「私立の文系で、法律か経済かという感じでしたね。しかし、3年になってもやろうという気が起こりませんでした。受験への情熱が湧かないんですね。過去の経験がトラウマになっていたんです。それでもいくらかはやって入試に臨みました。しかし、絶対的に勉強の量が不足していたので、早稲田の政経は不合格。明治大学と青山学院大学は通りましたが、行きませんでした。」
 市原 「そうすると浪人生活に入ったのですね。」
 佐山 「はい。東京で勉強することにしました。ところが、また全然やる気にならず、8月までは遊んでしまったのです。夏は郷里に帰り、高校時代の友達と海へ行ったりして遊んでいました。やっとやる気になったのは、9月になってからです。高田馬場の早稲田ゼミナールという予備校に入って、まじめに授業を受けました。とにかく勉強するのは予備校のテキストだけです。結果的にはこれが功を奏しました。あれもこれもと手を出すのがまずいのです。予備校と心中するつもりがよろしい。文学史の栗山先生と英語の志賀先生が記憶に残っています。」
 市原 「順調に力がつきましたか。」
 佐山 「そうですね。予備校のテキストに絞ってやったことで、効率的に実力が向上しました。模擬試験の順位もどんどん上がって行きましたから、確信は持てましたね。だいたい上位10番ぐらいのところまで上がりました。上位の者は、名前が載るのですが、そこに灘高へ行かなかったら受けていたであろう県立高校出身の生徒が載っており、私も載っていましたから、あの二流高校の卒業生がいるのかと思ってるに違いない。負けないように頑張ろうと思いました。」
 市原 「いよいよ本番ですが、自信はありましたか。」
 佐山 「模試で合格確実圏に入っていたので自信はありました。初っ端は上智大学の法学部でした。問題の傾向は早稲田とは違います。比較的点数のとれる問題。こういう傾向は得意ではありません。記述式で、やや難問が多いのが早稲田の政経の入試です。早稲田の前に上智の発表がありましたが、不合格になってしまいました。落ち込むところですが、そこは過去の経験が力になっているのか、すぐに気持ちを入れ替えて、他校の受験の臨みました。明治大学の法学部と中央の法学部を連覇して、本命の早稲田に向かうことになりました。ちなみに日程の関係で、中央には入学金を支払いました。結局無駄になりましたが、仕方ありません。早稲田は政経と法学部を続けて受験。政経では、古典の試験で予備校の模試と同じ出典があり、問題は違ったもののクリア。これは早稲田ゼミナールに通った特典のようなものですね。他もまずまずで、発表に臨みました。合格。法学部は残念ながら不合格でしたが、政経が第一志望だったので問題なしです。」
 市原 「結果的には思い通りになったからよかったですね。」
 佐山 「とりあえず、という感じですね。確かに肩の荷は下りました。」

« 灘高校合格者の半生 その六 | トップページ | 灘高校合格者の半生 その八 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 灘高校合格者の半生 その六 | トップページ | 灘高校合格者の半生 その八 »