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2009年9月 5日 (土)

因果連関による説明の付け方

 今年も予測できない自然現象によって災害が何件か発生した。特に8月には、台風が影響した集中豪雨によって多数の死者が出て、ニュースでも大きく取り上げられている。
 その取り上げ方であるが、経過を追って、時間当たりの降水量や増水の状況、避難の仕方などを取材に基づいて報道している。それはいいとして、最後はキャスターが締めくくるわけであるが、このような「異常気象」を地球温暖化による現象として関係付けようとする向きがある。これについて、かなりこじ付けというか、無理を感じるのである。まず、「異常」気象というが、この異常とは人間にとっての異常であり、自然現象としては一定の頻度の範囲で発生していることである。台風が発生したり、台風の影響で前線が活発化して豪雨を生んだりするのは例年経験することであり、思い起こせば私が中学生のころに近所でも大雨による土砂崩れで死亡事故が発生している。そういう長い歴史のなかで繰り返している自然現象に対して、ダイレクトに温暖化との因果関係を見ようとするのは無理があるのではないか。
 確かに、温暖化の影響はもはや否定できないだろう。それは異常気象よりも、日々の気候の変化として、たとえば野菜などの植物の生育に影響している。こういったじりじりと迫りくる環境の変化にこそ危機が存在していると言えよう。「異常」なことをセンセーショナルに取り上げるよりも、日常に見られる変化を追いかけて、それを大衆に知らせるほうが、低炭素社会へと誘う力になるのではないだろうか。
 ところで、書いていて思ったが、豪雨の被害には社会的な原因も隠れている気がする。確かに気象の予報精度は上がり、それを知らせる媒体も進歩しているが、地域住民の高齢化は急速に進んで地域の荒廃が進んでいる。山林の手入れが行き届かず、保安の状況が悪化している。そういう背景があって豪雨に対する抵抗力が失われていると考えられないだろうか。
 こうしてみると、いろいろな角度からの解析が必要になることが分かる。単純に一本の因果関係を見るだけでは不十分である。これはあらゆる現象について言えることである。

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