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2009年9月21日 (月)

北島三郎 女シリーズの名曲

 北島三郎には数多くのヒット曲があるが、私が好きなのは「女(ひと)シリーズ」と言われる、星野哲郎作詞・島津伸男作曲の一連の作品である。北島には「なみだ船」や「風雪ながれ旅」のような男っぽい、威勢のいい歌が多く、それはそれで彼の持ち味が出ていて素晴らしいが、私は「女シリーズ」の情感あふれる歌声がその対極にあって面白く、好きである。
 なかでも、「函館の女(1965年)」 「博多の女(1967年)」 「加賀の女(1969年)」をベスト3としてあげたい。どれも女を地方まで追っていく、悲恋の物語である。シリーズものとして同じパターンの設定にしている。このうち「博多の女」は、他と違ってスローなテンポで、しんみり聞かせる歌である。こういう歌に共感するのは、やはり男ならではのもので、勝手に思い込んで追いかけて行ってしまう身勝手さがあるのかもしれない。とは言っても、女の方も、まんざらでもない素振りを見せているわけで、今でいうストーカーではない。

 概して、演歌になるのは女にしても男にしても捨てられた方であって、前面に「恨み」が出てしまうと流行歌としては聞きにくいところがあるから、内面に隠しつつも、やっぱり恨んでいるという微妙な表現にしているのだと思う。

 博多の女   星野哲郎作詞、島津伸男作曲

ひとの妻とも知らないで
おれは来たんだ博多の町へ
逢わなきゃよかった 逢わないで
夢に出てくる初恋の
君をしっかりだいていたかった

夜の那珂川肩よせて
ゆけばしくしく泣くさざ波よ
ゆるしてください ゆるしてと
わびる姿が いじらしく
おれはなんにも言えなかったのさ

それじゃゆくぜと 背を向けて
夜の中州に逃げてはみたが
まぶたをあわせりゃ浮かぶのさ
俺はやっぱり あの頃の
君をさがして 明日に生きるのさ 

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