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2009年9月27日 (日)

こどもの生活 私の小学生時代より

 最近のこどもは勉強しなくなったというが、昔の小学生もさほどしていたとは思われない。地方の農村のことであるから、当時の小学生を代表しているとは言い難いが、データなしに当て推量でいえば、平均して1日30分ぐらいの勉強時間ではなかったか。要するに、多くのこどもは宿題をやる程度のことだった。ちなみに私自身は、時期によっても違うが、1~2時間ぐらいと、多い方だったと思う。時期によって違うというのは、担任の先生によって学習意欲が違ってくるので、例えば3年4年と受け持ってくれたS先生はモチベーションを上げるのが上手く、よく勉強した時期にあたる。

 当時は、携帯電話がなく、テレビゲームもなく、パソコンもなかった。すると、勉強以外のたっぷりある時間を何に使っていたのだろうか。テレビはあった。確かにテレビは見たが、それでもこどもが興味を持つ番組は限られていたので延々と見ているわけではなかった。演芸番組や歌番組、ドラマも家族と一緒に見て楽しんだ。こどもだったからなお一層そう思ったのかもしれないが、今よりも大人受けする内容のものが多かった。コントでも政治社会を風刺する内容のものが見られたが、今はそういったものは滅多に見られない。
 昼間は友達と遊んでいた。遊び場はいくらでもあった。川で魚釣りができたし、海岸で野球ができた。この時間は延べ時間にしたら相当なものである。農作業の手伝いもした。私はぐうたらな性格だったのでサボって怒られたが、それでも田植えや稲刈りには駆り出された。他では、読書をした。親に買ってもらった本もあるし、図書館でも借りて読んだ。
 では、今のこどもとどう違うのだろうか。自分のこどもを材料にして見てみるが、世間一般とは多少違うかもしれない。まず、友達と遊ぶ時間が圧倒的に少ない。これは間違いない。テレビを見る時間には大きな差はないと思う。本は昔のこどもと比べると読まなくなっているだろう。テレビゲームをやっている時間が長い。外での遊びと読書が、この時間に置き換わっているのではないか。ゲームは、こどもの生活や行動を変えた大きな要素である。

 友達と遊ぶ時間が減ったことの影響は大きいと思う。同学年だけではなく、年上年下も交えて遊んでいたから、そこでのこどもなりの人間関係において学ぶところが大きかったのではないか。決して、楽しいことばかりではないが、新たに知ることも多かった。
 今はそれがない。濃密な人間関係がないまま上にあがっていく。人間の代わりに、ゲーム機やパソコンが対話の相手になってしまった。コミュニケーションも携帯メールが手段となり、文字という物体がその中身になってしまった。

 とにかく、大きく様変わりしたのは実態のようだ。これも社会の変化にあって避けられない問題かもしれないが、これでいいのかという問いは忘れてはならないだろう。

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